シリウス
□恋なんかしてる場合か
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→[登場人物]
── 1 ──
平穏な高校生活を送っていたのに。
あの朝、あいつに出会うまでは。
2学期始まってしばらくの、曇天の朝。
天気の悪い日は体がだるい。気圧が低いのか。血圧も低いのか。
今朝は電車も遅れたし混んでいる。遅れたから混むのか。当たり前か。
そんなことを考えながら降り立ったホームのベンチに、だらしなく足を投げ出して座っていた制服の男子高校生。
うちの制服だ、と思ったとき、そいつと目が合った。
音がしそうなくらいの鋭い一瞥。
と、破顔一笑、俺に手を振った。
「西川──」
三年になってから同じクラスの仲原広規だ。
「はよ、仲原」
「俺の名前知っとったんや」
「そら知ってるわ」
仲原は、茶髪でチャラくて顔が良くて、一言で言って、目立つから。
そうだ。仲原が俺の名前を知っていることのほうが驚きだ。
「西川と初めて喋ったわ…」
ふっふと低く笑う。ちょっと背筋にざわっとくる声だ。
「で、なにやってんの」
「ん―…ちょっと休憩…」
「気分悪いとか?」
「心配してくれんねや。嬉しいな」
別に心配はしてない。社交辞令だ。
けれど仲原は笑って、顎と視線をちょっと動かして、隣に座れと示す。
まあええけど。まだ遅刻するような時間とちゃうし。
腰を下ろして隣を見遣れば、目を閉じて仰向いた横顔が、確かにきれいなんだろうと思う。
「気分な―…てか、痴漢におうた」
なんだそんなことか。
と、仲原はいきなり俺の手首を掴んで、自分の尻に押しつけて撫でさせた。
「こんな感じでケツ触られて」
からかってる笑いかただ。
「ほんで?」
「手の甲つねったった。おもいっきり」
「なるほど」
「何が“なるほど”なん?」
俺の顔を面白そうに覗きこむ。だいたい切れ長の二重瞼なんて、反則やろ。
「次はそうする」
「痴漢にあうんか?」
目を輝かせて。
「なんで嬉しそうやねん」
「やっぱりなー、美人やしおとなしそうやし」
おとなしそうはともかく、美人て。
「俺でも触りたなるわ」
変なやつ。
「どうでもええけど、そろそろ行かへんと」
「ダイジョブ。俺、いっつも次の次の次くらいの電車」
「なにがダイジョブやねん。毎日ギリギリやないか」
「俺が毎日ギリギリやって知ってんねんや。嬉しいわ」
仲原は、立ち上がりかけながらよろけて俺の肩につかまり、至近距離で笑って、「メガネ、じゃま」と。
何がだ。変なやつ。
そんなふうに俺たちは出会った。
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