▼トレジャー
□崩壊が始まるまでの物語。
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眉を悩ましげに顰めては漸く話の趣旨を説明する気になったのか、笑顔は崩さず、尚且つ真面目な面持ちに変わった。
「俺たちが名前言っていけばいいんじゃないんですか?」
「あ?」
「先生が自己紹介したんだからさ、俺たちだって自己紹介、してみたいじゃないですか」
なあ、みんなもそう思うだろ?と後ろを振り返って賛同を求めた。こいつは根っからのムードメーカーらしい。
途端、教室内がざわめきはじめた。女子も男子も、周りの人間と会話をしだす。自らが無意識に放っていた喋ったらチョーク投げ飛ばすぞオーラ――前の学校でそう呼ばれた――の効果で静寂を護っていた教室が、一気に花を咲かせたように見えた。
「じゃあ、自己ショしたい人手ぇ挙げて!!」
勝手に仕切っていくイェーガーの提案に教室内の生徒ほぼ全員の手が天井を仰いだ。…いや、全員だったかもしれない。
「先生、満場一致ですけど、どうですか?」
またもやその笑顔を向けられた。しかし先程までの鬱陶しさは見当たらず、窓から入り込む日差しでキラキラと光る碧い瞳が。綺麗だと、そう思った。
「……解った。お前の案を、採用する」
これで受け入れなかったらそれこそ俺の方が空気の読めない人間になってしまう。
悔しいが、イェーガーの提案を了承した。
小さくガッツポーズをかますイェーガーが無駄に子供に見えて。キラキラ、キラキラ、輝いていて。
俺はガキの頃、こんな些細なことで喜んでいただろうかと無意識に自分の昔と重ねてしまう。少し、羨ましかった。
まだまだ小さなことで一喜一憂できるこの子供たちの成長を、新しいこの学校で、このクラスで見ていくことができる。それは少なくとも俺にとっての喜びだった筈だ。
満面の笑みを浮かべるイェーガーに今度は自分が視線を注いでいたことに、隣のクラスからの謎の大爆笑で漸く気がついてハッと我に返った。
「じゃあ…出席番号順にしていけ。時間がないから手短にな。一番は……」
「俺です」
出席番号一番、エレン・イェーガー。
俺が最初に覚えた生徒の名前だった。