Abbey Road

□Lovely Failure Of Molly
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ブラック邸の食堂に、見慣れない食事が用意されていた。
全員が顔をしかめた後、視線をモリーへと移す。

「さぁ、座って。今晩は日本食にしてみたわ!いい本が見つかったのよ」

彼女はボロボロの本を片手に掲げ、得意そうに微笑んでいた。
どこの古本屋で見つけたのか、表紙には『簡単な日本食レシピ〜これであなたもジャパニーズ〜』と題が打たれている。
私は再び料理を見下ろし、モリーがインチキな本に引っ掛かった事を悟った。
目の前に置かれた手料理たちは、日本食というよりは中華に近い気がする。
ドロリとした餡のかけられたチキンの揚げ物に、油をかけたような野菜たち、それから正体のわからない茶色のプルンとした惣菜が所せましと並べられていた。
唯一はっきりとわかるのは白米だけで、けれどもよく見ればそれはタイ米のようだった。

「いつも同じような料理じゃつまらないし、ルーシーの故郷を感じながら食べるのも素敵でしょう?」

私はなんと言えばいいのかわからず、ただ曖昧に頷いた。
この間私が"日本食が恋しくなった"時の話をしてしまったから、彼女が気を使ってくれたのがわかる。
正解を言うことが正しいのかさんざん迷い、私は結局何も言わないことに決めた。

「ありがとう、モリー。とっても…懐かしい」

私の言葉にモリーは満足げに頷き、全員に着席を促した。
見たこともない料理に誰も手をつけようとしないので、私は仕方なく箸を伸ばす。
餡の固まりきったチキンは不思議な味がして、私は笑顔を引きつらせる。
パサパサのタイ米は箸からポロポロとこぼれて、口の中でモサモサしていた。

「これ、なんだよ?」

ロンがプルプルした惣菜を突ついて、私に問い掛けてきた。
その正体を一番知りたかったのは間違いなく自分だったので、曖昧に答えを濁す。

「あら、ラクダのコブよ!この本に書いてあったわ。日本じゃよく食べるんでしょう?」

モリーの言葉に私は咳き込み、食べかかったラクダのコブを皿に戻した。
それはニューヨークによくあるチャイニーズフードのメニューで、日本ではラクダなんて絶対に食べない。
第一ラクダなんて日本には生息していないのだから、スーパーにだってある訳がないのだ。

「え…えぇ、えぇ…本当にポピュラーな食材だわ」

プルプルと震えるコブを見ながら、私はこれを食べないで済む方法はないかとあれこれ考えた。
モリーの優しさは本当に嬉しかったが、今ばかりはそれが恐ろしい。

「なんていうか…全部、油っぽいなぁ…」

ロンの辟易とした感想が、全てを物語っていた。
モリーは普段、こんな風に食材を無駄にしたりはしない。
彼女の料理はとても美味しく、失敗したところなんて見たことがなかった。
けれども今夜の夕食に限っては、全てが失敗と言えなくもない。
全てはあの胡散臭い古本のせいだろうと、私だけが察していた。
たぶん他のみんなは、日本人は油を何より好むと、そう思ったに違いない。

「日本じゃこんなのを食べてるの?いつも?」

ハリーの驚愕した視線が、今は何より辛かった。
できるものなら言ってしまいたい。
日本人は油まみれなんかじゃないんだよと。

「あー…そうなの…うん、毎日こんな感じかな」

信じられないと何人かが首を振り、目の前の料理たちをもて余す。
いつもはモリーの料理を誉めるリーマスやアーサーでさえ、何も言おうとはしなかった。
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