黒犬のワルツ
□黒犬のステップ#1
1ページ/5ページ
「心配しなくても一人でロンドンまで来れたのに」
9月1日、キングスクロス駅は大勢の人で賑わっていた。
人ごみの中カートを押しながら歩くのは容易なことではない。
しかもその隣を祖母が歩いてるのだから、気が気でなかった。
「ミルザを心配してここまで来たんじゃないよ、あたしはトムに会いたかったんだ」
70歳を超えたとは思えない軽快な足取りで歩きながら、祖母が笑った。
トムとは私のホグワーツでの大親友で、祖母は彼をひどく気に入っている。
「いつまでも元気なつもりかも知れないけど、おばあちゃんだってもう歳なんだからね」
諭すように私が言うと、祖母は心外だという顔をした。
「あんたの学校の校長先生だって、写真を見る限りずいぶん歳じゃないか」
ダンブルドアとおばあちゃんは違うんだってば。
心の中でそう呟いて、私は小さく溜め息を吐いた。
ダンブルドアは偉大な魔法使いだけれど、うちのおばあちゃんはただのおばあちゃんなのだ。
呪いを放つことも避けることも、怪我した時に癒すことすらできやしない。
だからこうして心配しているのに、本人は随分呑気なものだ。
「おや、噂をすれば」
祖母の弾んだ声に顔を上げると、前方で大手を振る人が見えた。
嬉しそうに全身でアピールしているあの姿は、親友のトムに違いない。
夏休みの間にまた身長が伸びたのだろう。
昔は私より小さかったのに、今の彼は私より頭3つ分は背が高い。
「マチルダさん、お元気そうで」
小走りでやってきたトムは満面の笑みで、祖母に右手を差出した。