碧に染まって

□欠陥品
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「ノアっ!」

私を見ると扉から一直線に走ってくるマチとパクノダ。

マチに関しては毎日の恒例行事だが、パクノダもとは珍しい。

疑問に思いながらも腕をいつもより広げ、その衝撃に備える。

『?』

しかし、衝撃は来なかった。というのも、二人が私の目の前で止まったからだ。

二人は顔を伏せたままでこちらを見ない。そのお陰で二人の感情が読み取れない。
二人は今怒っているのか、笑っているのか、泣いているのか…。

『…マチ?パク?どうしたの?』

探る意味でも目線を彼女らに合わせ、なるべく優しく声をかけ頭を撫でる。

撫でた瞬間、二人の体がびくりと跳ねたのが分かった。

「…ノア…」
『ん?』
「…ノアっ」
『…そんなに呼ばなくとも私はここだよ?』
「っ!!」

その言葉が引き金だったのか、二人は私に勢い良く抱きついた。備えていなかったために少しふらつくがなんとか抑える。

『!…………よーしよし』

二人は泣いていた。私に顔を押し付けすがるように私の服を掴んでいた。

驚きながらも安心させる為に撫でた背中からは震えが伝わってくる。

…まるで怖いものでも見たような感じだな。

『…二人ともどうしたの、急に驚いたよ』
「……」

横の男子二人に関しては間抜けにも口を開けている。

『それに、君たちも』

ゆっくりとした足取りで来た残りの二人、フィンクスとフランクリンに声をかける。

今は女の子二人に何があったかを聞ける状態じゃない。なら残りの二人に聞くしかない。二人は一応冷静さを欠いている訳ではなさそうだし。

『一体何があった?』

聞くが、二人は答えない。…言えない、言いたくない…そんな風にも取れた。
喧嘩したのか、とも思ったがそうではない感じだ。外で何かあったのか?

『…言いたくない程の事があったのならそれを無理に強制するのは好きじゃない。けれど…だとしたら君たちがここに来た理由はなに?君たちは私に何か求めてここに来た…違うかな』
「っごめ、ごめんなさ」
『あ、いや怒った訳じゃなくて…』
「クロロ、が…」
『え?』

震える声でパクノダが吐いた言葉は"クロロ"。
少年?…少年は今ここには居ないな。加えてフェイタンも居ない。

「っ、ごめんなさい」
『…パクノダ。私は何も怒っていないし怒らないよ。だから、落ち着いて。ゆっくりでいい』

続きは気になるが捲し立てる訳にもいかない。背中を撫で、頭を撫で落ち着かせる。


段々と呼吸が落ち着いてきたな。

「…クロロが…」
『うん』

「クロロが…フェイが…連れていかれちゃった…っ」

言うとパクノダはまた泣き出してしまう。つられてマチも泣き出した。

『…………』

…少年とフェイタンが連れていかれた?

パクノダの言葉を確かめようとフィンクスとフランクリンを見ると二人とも一段と顔を歪めていた。…どうやら本当らしい。

『連れていかれたって…誰に?』
「…こないだの奴らだ」

こないだの奴ら。

フィンクスの言葉を聞いて直ぐに答えは見つかった。ドクンと心臓が跳ねた気がした。

「いきなり現れて、クロロ掴んで、それ見てフェイが飛びかかって、二人とも」
『……そう』

フィンクスがたどたどしく話してくれる。見ればフィンクスとフランクリンの肩は震えていた。

こないだの奴らは子供たちを拐おうと教会に来た奴ら。そいつらがまた子供たちを狙った。

…間接を外すのだけでは足りなかったか。足首だけでなく腕も折るべきだった。いや、人道なんて保ってないで殺すべきだったのか。

「クロロがノアに言うなって…でも、オレらどこに逃げればいいのかも分かんなくて…だから」

…夢はこれの予兆だったのか。

「っごめんなさい…あの男からまた嫌な感じがして、怖くて、また何もできなくてっ」

ギリ、と奥歯を噛んだ。

『…君たちはちゃんと私に伝えてくれた。それに、怖いと言うのは罪じゃない。謝ることではないよ』

こないだの奴ら、なのだからまたあの超能力のようなものを使ったのだろう。

あれはこの子たちにとっては動けなくなるほどの恐怖。そんな中で教会まで動いて私に伝えてくれた。


なのに私はどうだ?

『…』

私は立ち上がる。

「…ノア…?」
『助けに行ってくる』
「!!っで、でも!!」
「!ノアはここから出ちゃダメって!クロロが!!」

子供たちが私の前に立ちふさがり、パクとマチは私の服を引っ張る。

『でも、少年とフェイタンをこのままにはして置けない』
「だ、だけど…」
「!そもそも、ノアは出られねーんだろ!?」

フィンクスが叫ぶように言う。それは私に同意を求めていた。
いつもならそれに応える。でも、もうそうも言ってられない。

『出られるよ』
「……え」

彼らは驚く。その間に私は扉へと向かう。

「!で、でられるって…え、」
『そのままの意味だよ。私はこの教会から出る事が出来る…出ようと思えば、ね』

今までは出たいと思ったことは一度もなかった。
そもそも出る必要もなく、少年も私が外に出ることを拒否していたからもそうだが…"戻れなくなる"、と感じた感覚が焼き付いて離れなかったからだ。

扉に手を伸ばす前に後ろに振り向く。皆が不安げにこちらを見ていた。

「…ノア…」
『みんなはここで待っていて』
「!だ、ダメ!一緒に行く!」
『また、怖い思いをするよ』

言うと四人は顔を青ざめる。…きっと私が想像している以上の恐怖だろう。

本来ならば、ここにもやつらの仲間が来るかもしれないから、危険とはいえ連れていきたい所だ。
しかし、この様子では連れていったら彼らが壊れてしまう。

幸いなことにノブナガとウボォーギンは正常であるから、四人が恐怖に溺れることはないだろう。

「それでも!お、オレらも二人を助けにいきたい!」
『…気持ちは分かる。でも、辛そうな君たちを見る私も辛いんだ』

みんなはぐっと言葉を飲み込む。
何か言いたそうな顔をしていた。

「…ノアがいない方が怖いの」

呟くようにパクノダが言った。
周りの子供たちの体が跳ねた。

「あたしも!ノアと離れるなんていや!!あの男よりもノアと離れる方がずっといやだ!」

続いてマチが私にしがみついてきた。

『…別に一生の別れじゃないんだよ?ちゃんと二人を連れて帰ってくる』

二人は必ず助ける。そして、皆が私を望んでくれている以上。私もちゃんと帰るつもりだ。

「ダメ!!だってノアになにかあったら目覚めなくなっちゃう!!」

『え?』
「!っマチ!!」

パクノダが叫ぶとはっとするマチ。
目覚めなくなる?なんだそれは。

「あ……で、でもパク」
「!!少なくとも、オレらは平気だぜ!?行かせてくれよ!」

マチの言葉に被さるようにウボォーギンが叫ぶ。
…わざとなのか無意識なのか。とりあえず、それによってほっとしている皆の顔が所々で見えた。

「!お願い…ノア」
「…オレたちは確かにノアみたいに強くねぇ…でも、ここで待ってるなんて嫌だ…!」
「クロロとフェイが耐えてるのに、オレらだけ逃げるわけにいかねーだろ…!」
「ノア!!」
『………』

…困ったな。

私に向く真っ直ぐな瞳。その奥に恐怖があるはずなのに、それを感じさせない意志の強さ。
これは何を言っても変わらないな。

…弱ったな。

こういう目は好きだ。それゆえに裏切りたくない。

それに…まぁ…確かに、ここに皆だけで居させるのは不安だな。でも、だからといってわざわざ敵陣に皆をつれていくわけにも………。

『………あ……いやそうか』

一つ気づく。それは見落としていたこと。

そもそも、この教会はもう奴らに場所が知られているんだよな。
…なら、移動する必要がある。…ここにこの子たちを残すのは賢い判断じゃないな。

「…ノア?」
『分かった。皆も連れていくよ』
「「!!」」

驚く皆。そりゃあそうだろうな。いきなり許しが出たわけだし。

『ただ、無理に戦おうとは思わないで。こっちはクロロとフェイタンが人質としてとられているようなものだから。一番の目的は二人の奪還』
「それは分かってる!」
『それからウボォーギンは特に、怪我してるから無理しない』
「……ああ!」
『その間は気になるけど…とりあえず約束ね。ただ、自己防衛の為の攻撃はいいから。君たちの第一優先は自分の命、了解?』

深く頷く皆。

とは言いつつも…現場についたらまずは安全な場所に子供たちを待機させないとな……まぁ、安全な場所があればだが。

私はまだ外がどんな所かも知らない。

『………』

…さて、外を知りにいこうか。

私は扉にそっと手を触れる。

「………ノア…」

不安げなノブナガの顔。

『ん?』

私は首を傾げて振り向く。後ろの皆もどこか心配そうだった。

「…その、オレが開けようか…、」
『大丈夫だよ、ちゃんと自分で開けられるから』

それに、それならもっと前に少年と試した。
試すと扉をくぐることは出来た。しかし、出た先はこの教会。強制的に戻されたのだ。加えて、拒否反応のようなものもなかった。
だから結局、自分で開けなければならないという事なのだろう。

「っでも、!ノア…」

皆の視線は私の手に集まっていた。

私だってわかっている。見るからに自分の手が震えていることくらい。
きっと皆は私の拒否をなんとなく感じ取っているんだろう。

…まったく…出る前に不安にさせてどうするんだ私。

『これは武者震いさ』
「…むしゃぶるい?」
『そう。心が歓喜で震えているんだよ』

むしろ、そういうことにしてくれ。

でないと震える情けない自分を殺してしまいたくなる。

『…開けるよ』
「……うん」

皆の息をのむ音が聞こえた。

皆からしたら見慣れた扉を開けるといういつも通りなことだと思うが、私の雰囲気を感じ取っているらしい。顔は緊張していた。…子供は感受性が豊かなものだな。

よく、誰かと自分の悲しみを共有すれば背負うものは軽くなると言うけれど、まったくもってその通りだ。

証拠に、私の震えは止まっている。皆が代わりに緊張してくれているからだろうか。


_ギィ


扉の軋む音。間から差し込む光は私の見慣れた靄がかった白い光ではない。
…このまま、本当に出られるんだな。

そのまま押し続けると意外にも扉は軽い。そして簡単に開く。

……なんだこんなことならもっと前に試すべきだったな。

なんて思って初めての外を見渡そうと顔をあげた


『…っ!』

「「…!!」」


_ノア


皆の口がそう開かれた。しかし音は聞こえない。直ぐに目の前も真っ白になる。


…おいおい、嘘だろ。


片隅にあった"戻れなくなる"という言葉がくっきりと浮かび上がる。

…賭けではあった。

もしかしたら、戻れなくなるという意味が"ここに戻れなくなる"ということかもしれないとは思った。

ならこのまま私は元に戻るのか?ふざけるな。そんなの冗談じゃない。

むしろ、もう元の世界に戻らなくていい。私はここに馴染んでしまった。だから、戻るなんて止めてくれ。もうここは私にとって夢ではないのだから。

_─_

耳鳴りがする。段々と音が大きくなり、それから何かが見えてきた。

…見えてきた?いや、違うなこれは私の知ってる…

_
_
_


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