碧は染まった
□どうしたものか
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朝。
日射しは暑くもなく寒くもなく、丁度いいもの。風も穏やか。こんな日は旅立ちにはうってつけだ。
『忘れ物はなさそうだね』
「はい。さっき確認しました」
『ならよし』
確認していた姿を私も見ていたため大丈夫だろう。
「"師匠"、あの…」
言いかけて口を紡ぐクラピカの表情には少しの申し訳なさ。…私に気を使ってるのだろうか。気を使われる原因はいくつか思い付く。
「本当に、ありがとうございます。…私はまだ師匠になにも返せてないのに…」
『いいんだって。いつも言ってるけど、私にはそもそも君を育てる義務があったんだから。クラピカが気にやむことは何もない。……けれど、その気持ちはありがたく受けとっておくよ』
言ってからクラピカの頭をそっと撫でる。…初めて対峙した時と比べれば高さも大きさも随分と変わった。
クラピカは照れくさそうに不格好な笑みを浮かべる。やはりこの歳になると撫でられるのは抵抗があるらしい。けれどはね除けられないのはクラピカの優しさがあるから。
『それに、君との関係は今日で途切れる訳じゃない。…恩を返したいというのならこれから先いつだって出来るだろう』
「そう…ですね」
クラピカが心に折り合いを付けたのを見て静かに手を下ろした。
「無事、ハンター試験に合格したら連絡します」
『うん、待ってる。よっぽど変な試験内容じゃ無い限りは受かるから、自信を持ってね』
「……はい!」
クラピカの声にほっとする。…良かった。大分緊張感は抜けたらしい。
「…いってきます」
『いってらっしゃい』
クラピカにひらひらと手を振る。
そして_ガチャ、と扉が閉まった。
『…………』
気配が遠退いてから手を止める。表情を戻す。
『………………』
ついに、送り出してしまった。
こんなにも良い日であるが、私の内心は穏やかではない。
クラピカがハンター試験を受けたいと言い出したのはそれなりに前のこと。
私自身予想はしていたため大して驚きはしなかった。
クラピカの目的は同胞を殺めた者の"捕獲"、それから緋の眼の回収。その為には情報がいるがどちらも簡単には手に入らない。殆どが規制されていた。だが、ハンターならば関係ない。この世界でハンターは優遇されている。
だから問題の種はそこではない。
『………』
私はおもむろに携帯を取り出しその"種"を見る。
_今年もノアはこないのかい?_とかかれた文面。
こないのか、というのは"試験官として"だろう。
以前私は3回程ハンター試験の試験官をしたことがある。全て本来の試験官の代役だった。試験官として呼ばれるハンターは"シングル"や"トリプル"といった、功績を讃える星を送られたハンターが多い。だからか、多忙である。その為、急にこれなくなった者の代役としてネテロ会長に頼まれた。そして、一度があれば二度もある。気づけば三度あった。
_うん。私ではないよ。_と返信した。
_それは残念。_
……所々ハートマークで彩られていた。
『………』
ヒソカからである。
どうやらヒソカも今年ハンター試験を受けるらしい。…昨年受験したハンター試験でヒソカが問題を起こしたのは承知していたためもしや、とは思っていた。
それから別のメールを開く。
_今年ってノア?_と先程も見たような文。
こちらも私が今年のハンター試験の試験官か問うものだろう。
_違うよ_と返した。
_なんだ。ノアならキルア落としてもらおうと思ったのに_と返ってきた。
……こちらに関しては二つある。まずイルミも受験するらしい。そしてどういうわけかキルアも。
キルアが家出をしたことは知っているが、まさかハンター試験を受けるとは思っていなかった。それも元々イルミが受けようとしていた矢先に。…イルミはライセンスは取りつつ、キルアを連れ戻したがっている。
『…………』
……不安にならない訳がない。
ハンター試験を受験する者は何百人といる。そう考えればたったの何百人分の四。…お互いが干渉し合う可能性は極めて低い。
だが四人は優秀だ。まず順当に行けばハンター試験に合格するだろう。……四人が何事もなく受かるのが理想的だ。
だが、"何事もなく"なんてほんの一握りの可能性だ。
試験で落ちてしまうのは仕方ない。
…肝はヒソカだ。
ハンター試験は例外が無い限りは数日かかる。その数日の間…ヒソカが我慢できるとは思えない。勝手に殺戮ショーを開始する可能性は十二分にあった。……実際去年はそのお陰でヒソカは落ちたのだし。
ヒソカがその気になれば数百人なんて訳無い。流石にイルミはやらないだろう。キルアにも手は出さない筈だ。イルミがいるからな。…そうなると不安なのはクラピカ。
クラピカは弱くない。ただ、ヒソカを相手にするには早すぎる。条件も悪い。
『…………はぁ…』
…考えれば考えるほど不安になってきた。
私も一緒にハンター試験を受けられれば良かったのだが……生憎とライセンスは持っている。
試験官としてならどうにか出来るかもしれない。だが二人に返したように今年は呼ばれていない。
………どうしたものか。
…本来なら手を出さないのが良いんだろう。こうして同じ年に受験することになったのは誰が決めたわけでもない。偶然だ。
……………だが、黙って待つには心臓に悪い。それに手を出す手段が無いわけでもない。
『………お節介なんだろうな』
そう自重気味に笑いながらも私の心は決まっていた。