碧は染まった

□甘い香り
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『うん。おめでとう。とりあえず無事なようでよかったよ』
〈ありがとうございます。ところで、師匠は今どこに?〉
『えっと……山…かな』
〈山?〉

まさか同じ場所にいる、とは言えない。

イルミに連れていかれて暫く過ごした後、私はククルーマウンテンに来ていた。目的はいつもの執事さんたちの相手、というのともう一つ。イルミにキルアの様子を伝えることだった。…というか、それを条件にイルミの元から離れてきた次第だった。

…イルミはどうにも私を縛りたがる節があるからな。それだけ大切にされているのはありがたいが、イルミの元にいてはクラピカと連絡が取れなかった。ゾルディック家の飛行船で何回か着信があっても出れなかった。

キルアはハンター試験の最終試験で失格になり、そのままゾルディック家に帰ってきている。…普通に失格したのならば心配ごとはないが、キルアの失格はイルミの強制的なものだった。キルアの意思ではなかった。

イルミがしたこととはいえキルアのことは気になっているみたいなので、不満そうだったが納得してくれた。…勿論、私としてもキルアの様子は見ておきたかった。

『仕事でね。終わったらどこかで落ち合おうか。合格祝いも含めてね』
〈…ありがとうございます。でもすみません。直ぐには難しくて…〉
『ああ、大丈夫だよ。私はこの仕事が終わったら暫く予定ないから、時間が空いたら連絡してくれると嬉しい』
〈はい〉

相変わらず真面目に返事をするクラピカの声が心なしか嬉しそうになったのを感じて頬を緩める。

クラピカが絶賛ククルーマウンテンで修行中なのは知っている。クラピカは試験中キルアと接触する時間が多かった。その為最終試験でのキルアを案じてここまで来たのだろう。同じく、試験中共に行動していたゴンという少年とレオリオという青年も一緒だ。

しかし、キルアと話すにも連れ戻すにもゾルディック家が素直に彼らを通す筈はない。彼らは試しの門を開けるためにゼブロさんの指導で特訓中である……と聞いている。

私なら彼らとキルアを会わせることは可能だろう。だが、それにはクラピカに私がゾルディック家と関わりがあることを話さなければならない。……もうクラピカは私の保護下にいるわけではないので聞かれたら話すつもりだが、自分から明かすには隠してきた時間が長かった。

………あの頃のクラピカに"殺しの仕事をしている"、とは言えなかったからな。クラピカにはハンター協会が出してる仕事を受けている、と説明していた。……それも嘘ではないのだが、仕事の九割はゾルディック家なので言い訳にはならないだろう。

『それじゃあまた』
〈はい。…くれぐれも体には気をつけて〉
『分かってるよ』

クラピカの心配に苦笑いして通話を切る。

『………はぁ』

やはり愛する者に嘘なんてつくもんじゃない、と思う。もう護る必要はないのだから、これはただの隠し事だ。むしろキルアからバレて全てをさらけ出した方が余程楽なのだろう。…そうはしないけれど。

周囲に人がいないことを確認して試しの門を押す。音で気づかれてクラピカと会うわけにはいかないので1の扉だけを開けた。それでも多少は響いてしまうが。

のそのそと寄ってきたミケに応えてから道を進む。…ゼブロさんのいる使用人の館はこっち。

会うわけにはいかない。が、愛弟子がこんなにも近くにいるのに見ない選択肢はない。クラピカが信用した仲間にも興味がある。

特にゴンとは試験中多く話したからな。マナとしてだが。彼は普通の子供ではない。思考力も身体能力もかつての少年たちに近しいものがある。キルアとはいい友達になれるだろう。

館の周辺では筋トレに励む三人の姿が早速見えた。レオリオは大きな石を持ち上げているようでその表情は熾烈だ。そのすぐ近くでクラピカが木を使って懸垂をしていた。ゴンは二人とは少し離れた位置で腕立てをしている。…最終試験であたった男に折られた筈の腕は完治しているようだった。治るほどの時間は経っていない筈だけど…治癒能力が高いのだろう。

三人に見つからないように館のドアをノックする。

「…!ノア様」
『こんにちはゼブロさん』
「いらしてたとは、お迎えできずすみません」
『早く来たのは私ですから。それと、少し声を抑えていただけると…』

言いながら彼らの方角を見る。それだけで察してくれたらしい。

「!、彼らはノア様のお知り合いでしたか」
『えーっと…まぁ、そんな感じでして…。ただ、ここにいることは内緒にしていただけると助かります』

正確にはクラピカの知り合いで、後の二人は違う姿の時の知り合いだがそれを説明する必要はないので苦笑いをする。

『本館に行く前に様子を見ておこうと思って寄ったんです』

ここで立ち話もあれなのでゼブロさんが中へ入れてくれる。中に入れば使用人のシークアントさんも居て驚きで声を大きくしたので焦った。…外には聞こえなかったようで安心する。シークアントさんはこれから門番の仕事にでるらしく、そのまま出ていった。

ゼブロさんにお茶を薦められたが長居する気はないので申し訳ないが断る。

「3人とも凄いですよ。彼らが来て2週間は経ちましたがレオリオくんは既に1の扉を開けています。ゴンくんもクラピカくんも着実に力をつけてますから……来週には3人とも門をクリア出来るかと」

ゼブロさんはどこか嬉しそうに語る。こういったことはなかなかないのだろう。大抵はゾルディック家に入った者はもれなくミケのご飯か、どちらにせよ息絶える。客人として出入りするのも私くらいだ。

『皆、成長が早いですからね』
「ええ全くもってその通りです。私はもう衰える一方ですから」

若者の成長はいつみても気持ちがいいものだ。年々尊く感じる。私も大分生きてるからな。

3人のことを中心にゼブロさんと話に花を咲かせる。キルアについても多少は聞くことができた。…帰って来たときは血を纏って憔悴していた、と。血だらけなのは最終試験からそのままだったからだろうが、憔悴か。…イルミはあのときオーラを放っていた。そのせいで精神が削れているのだろう。

『…そろそろいきますね』
「ええ。またいつでもいらして下さい」

「ゼブロさん!」

_開かれた扉にゼブロは振り向く。そこにはゴンが立っていた。恐らく試しの門に挑戦したいのだろう、とゼブロは察した。

「…あれ?今そこに誰かいなかった?」
「おや。どうしてそう思うんです」

お茶はゼブロのものしかテーブルになく、なにか物を残している訳でもない。

「なんとなく気配がしたんだけど……気のせいだったのかな」
「さっきまでシークアントが居たのでそれでしょう」

ゴンは疑問を覚えながらゼブロの元に足を動かす。瞬間、ゴンの鼻に甘い香りが吹き込んだ。けれどそれは一瞬で香りは扉の向こうに去っていく。_バタン、と扉が閉まる。

「…?」
「さ、それよりゴンくん。どうしたんですか」

ゴンは扉を不思議そうに眺めてからゼブロに向き直る。

『…ふぅ…危ない危ない』

扉の向こうではノアが人知れず笑っていた。

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