碧は染まった

□それだけでいい
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団長からいわれたものが保管されている部屋はロックがかかっていた。それも鍵や番号ではなく指紋。壊せるような扉でもない。

ここに来るまでにあらかた片付けた中にはそれらしい人物はいなかった。…逃げた?逃げられる場所は限られている。

もしこれで居なかったらシズクが吸い込んだ中だろうから…面倒なことになる。

そう思いながら家主の部屋に入るとそこには目的のやつが居た。床に倒れていた。ピクリとも動く気配がない。…死んでる。争った様子も血もない。

『……マチ?』
「!」

驚いて警戒しながら見ると部屋の角の机から見慣れた金色が覗いていた。…ノア…?

『なんだマチだったんだ。警戒して損したよ』

ノアは机から体を出すとあたしに寄ってくる。…通りで争った様子も血もない。

「ノア、どうしてここに?」
『私はお仕事だよ。ターゲットはこの男だからもう終わったけどね。マチは?』

お仕事、というのは殺しの依頼。ノアはあたしたちと別れた後、ゾルディック家に捕まっていた時期があった。当時一緒に暮らしていたという子供を人質に取られ、ノアはゾルディック家の仕事を手伝うしかなかった、と言っていた。

…あたしだったら死んでもノアの手は汚させない。ノアはその人質だった子供について頑なに教えてくれないけど、もし見つけたらどうしてやろうか…とよく考える。

そしてそれは自由になった今でも続いている。ただ、もう人質はいない。ノアがゾルディック家と関わるのはあくまで自主的だった。

「団長に頼まれて瑠璃の瞳っていう宝石を盗りにきたんだけど、部屋に鍵がかかってて」
『そうだったの。…うーん、鍵らしきものは見かけてないけど』
「鍵ならこいつの指だから大丈夫」
『なるほど。指紋か』

ノアは納得したように頷く。……団長はノアを蜘蛛にはいれない。前にそれでウボォーギン辺りが抗議をしてたっけ。あたしはノアを入れないのは賛成だけど。

ノアは強いけど、あたしたちとは違う。それに蜘蛛は団長と十二本の脚で出来ている。…ノアはその一本に収まる類いじゃない。そもそも盗みも殺しもノアには似合わない。

『じゃあ早速行こうか』
「ちょっと、ノア!あたしが持つから」
『いいからいいから』

ノアが家主の死体を担ぎ上げたのを見てあわてて抗議するけれど、ノアは笑ってかわしてしまう。……こうなったら無理にでも奪えないのは知っている。

諦めて一階の例の場所まで案内する。

「?マチ、その人だれ」

そういえばシズクがいたんだった。シズクはノアとまだ会ったことがない。

「ノアだよ。たまに話にでるだろ」
「そうだっけ?聞いたことないけど」
「覚えてないならいい」

シズクの記憶力に難があるのは今更のこと。特に気にはとめない。

「ノア。この子はシズク。旅団の仲間なんだ」
『シズク…いい名前だね。私はノア。幻影旅団とは長い付き合いなんだ。マチとも友達だよ』
「な、」
「そうなんだ。よろしくノア」
『よろしく。シズク』

"友達"と言われたことに驚く。それから頬に熱が集まってくる。…ノアと、友達。…ノアはかつては母親のようなもので、優しい姉のようなもので尊敬する先生でもある。友達…というのはなにか違う。

そんな自分をよそにシズクとノアは仲良く挨拶していた。

『マチ?いつまで百面相してるの?』
「っしてない!」
『ふふ。ほんとにマチは可愛いなぁ』

ノアは既に死体の指を認証キーに当てていた。扉が開きシズクが中へ入っていっても動かなかったあたしにノアが声をかける。ノアはふにゃ、としたしまりのない顔を浮かべる。…ノアの方がよっぽど可愛い。自分の顔は今はとてもみせられないものになっている。………もう子供ではないのにノアといるとつい昔に戻ってしまうようだった。彼女の優しさに、温かさに導かれるように抱きついていたあの頃に。

気持ちを切り替えるように息を吐いて開いた扉に向かう。

『……いつでもタックルしていいんだよ?』
「…ノア。あたしだって怒るよ」
『そう?怒ったマチも可愛いよ』
「っ…だから」

からかっていると分かっているのにのってしまう。胸の中にどうしようもない感情が湧き出てくる。これはあたしたち全員がそうだった。

「これ絶対ノアに似合うと思う」

シズクの声がして振り向けば目的のものらしい瑠璃色の宝石を持っていた。シズクは宝石をノアに渡す。…確かに似合うけどこれは団長に渡さなくちゃいけない。

『ありがとう。でも、これはクロロに渡さないとね。それにこんなに大きな宝石はつけられないよ』

瑠璃の瞳は拳くらい大きい。はい、とノアから渡された宝石を受けとる。それなりに重量があった。確かに身につけるには大きく重すぎる。

『あ、この本』

ノアが近くの棚を見て声をあげた。ノアは団長と同じで本が好きだ。ここは宝物庫だし、何か珍しい本でもあったのかもしれない。

「なにかいいのあった?」
『うん。ある本の複製版なんだけど大体出回ってるのはハンター語なんだ。でも、これは原文の言語で書かれてる』
「それって凄いの?」
『原文の言語ってことはより原本に近いってことなんだ。複製は色々あるけどその中でもより信頼が高いといえるね』
「ふーん」

ノアが軽く本を捲っているのを覗き込む。…みたこともない文字だった。それなのにノアの目は文を追っている。…読めるらしい。これに関してはシズクと全く同じ感想を抱いた。

「欲しいなら持っていけば」
『え。…うーん』

ノアの中で自制の葛藤が見えた。手元の本を見て、棚を見て、また手元を見ている。

『…これ、文化遺産だからな。私個人で持っていていいものか……でもここに残しておくのも』

こういうところはうちの団長とは大違いだ。なにも盗むかどうかで悩んでる訳じゃない。それ以前の悩みだった。…真面目というかなんというか。

「なら、これでいいだろ」

あたしはノアの手から本を奪う。ノアの目がぱちぱちしていた。

「宝石のついでだよ」

宝石と本を持って部屋を出る。…ノアが興味を持つくらいだ。それなりに価値があるものだろう。……そうでなくても、ノアが物を欲しがるのは珍しい。…ノアが望むなら叶えるのが当たり前。

『…マチ』
「なに」
『ありがとう』

呼ばれて振り替えるとノアは嬉しそうに微笑む。…それは本が欲しかったからだけじゃない。ノアの気持ちが伝わってきて、顔を背けた。

「…お礼なんていらない。こういうの団長も好きだろうし」
『うん。ありがとう』
「……いらないってば」

お礼なんていらない。…ノアが喜ぶならそれでいい。

『はいはい』

ノアが頭を撫でてくる。払おうにも両手は宝石と本で埋まっていて出来なかった。


 

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