碧は染まった

□天空闘技場 後半
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〈144番・150番の方。Aのリングへどうぞ〉

『私だ。いってくるね』
「150番のやつ可哀想だな」
『そういう言葉はにこにこしながら言わないんだよ』

まったく…。
キルアの笑みに私は呆れる。…これでも結構緊張してるんだけどな。

早い時間に来たのだが既に会場は人で溢れていた。初戦の会場は中心に縦横4つずつ計16ものリングがあり、リングにはアルファベットがふられている。…Aは端だ。リング上では様々な選手が戦っていた。体格、年齢、様々であるがやはり女性は少ない……というか私を入れてこの会場に選手は3人…か。一人もいない訳ではないのでむしろ多いのかもしれない。

ここでは女性は目立つ。リングに向かう途中で奇異の視線を受ける。150番を羨むような声も聞こえた。…キルアと真逆の声に少し笑ってしまった。

「笑ってるなんて姉ちゃん余裕だな」

見上げれは男がリングの上から私を見下ろしていた。…Aのリング。つまり私の対戦相手か。

『150番、は貴方ですか』
「俺も舐められたもんだぜ。だがまぁ、俺が相手でよかったな。軽い怪我で抑えてやるよ」

男はニヤニヤと笑う。……分かりやすく舐められてるな。ここまでくると反抗心は湧かない。

私はリングに上がる。…男は20代後半…といったところ。若いな。その体は筋肉質で日々鍛え上げられていることが分かる。念は…使えないな。

とりあえずヒソカクラスの選手ではなさそうだ。問題なければ勝てる相手。……よかった。勿論、気は抜かないがひとまず初戦敗退はなさそうだ。

となると考えるのはどうやって勝つか、だ。私はただでさえ纏をしている。キルアのように解除が出来ればいいのだが、意識的に解除をするのは難しい。それならまだ絶の方が楽。無闇に拳を受ければ男の手は骨が折れるだろう。私が拳を振るってもそれは同じ。折れるだけならいい…これは仕事ではない。……初戦で死人は避けたい。キルアも見ているのに。知らない相手に手加減は神経をつかうな。

「ここ一階のリングは入場者のレベルを判断します。制限時間は3分。その時間で自らの力を発揮してください」

審判が説明する。…なるほど、私はまだ選手でもないらしい。これは初戦と言いつつも天空闘技場への参加資格を見る選考。

…攻撃を避けて自ら場外へダイブさせようと思っていたがそれではあまり力を発揮したとはいえない。

場外へ投げ飛ばす。…手刀?いや、

「それでは、始め!!」

審判が開始を宣言する。男はジリジリと距離をつめてくる。このリングは先日のヒソカ対カストロの闘技場よりもあきらかに狭い。直ぐに腕を伸ばせば触れる距離になった。

「姉ちゃん。どうだ?終わったらお茶でもしに行こうぜ」
『…それは難しいかと』

例え男が勝っても彼の運命は決まっている。私に負けるか、ヒソカに殺されるかの2択。……私の相手に選ばれた時点でどんまいである。

「そう、かてーこと言うなよォ!」

予備動作は少ない。最低限の動きから成された拳は私の耳すれすれを通っていった。…ジャブだ。ボクシングでも習っているのかもしれない。

「どうした?速くて動けなかっただ_」

私は男と同じように右手を握り体を捻って耳すれすれを打った。…男は一瞬なにが起こったのか、呆けて、理解して距離を取った。懸命な判断である。

男の表情は余裕から一変。焦りと戸惑いで汗をかいていた。

『ここは天空闘技場だ。参加する人は貴方のように格闘技を習っていたり、並々ならぬ鍛練を積んでいたり…つまり腕に自信があるということ。相手の力量が計れないなら、どんな相手でもそうやって警戒するべきだと私は思うよ』

力を見せる方法はたくさんある。

床を殴ってへこめばそれだけ力を持っているということだし、男を一瞬で伸せば分かりやすい。

けれど、それは結局"150番の男"という物差しでしかない。

男が有利と見られている状況で勝てば驚きを得るかもしれないが"あの女やるなぁ…"止まりなのである。

…個室が貰えるのは100階から。キルアの話だとこの選考で実力ごとに次の階層は飛び級する。キルアとゴンは一気に50階まであがった。私もそこまでは確実に上がりたい。できれば80階。

選考後は一勝すれば10階あがり、負ければ10階下がるというように10階単位で変動する。…80階まで上がれば2勝するだけで100階に行ける。ダメージがなければ1日に2試合することができる。つまり明日には100階にあがれる。

男に恨みはないが、

「っ…くそ…!!まぐれだ!!」

男が繰り出した拳は今度はちゃんと私の顔に向かっていた。その拳を手で包むように受ける。勢いは完全には殺さず、利用して男の体勢を崩す。拳を包んだまま男の背後に回り、捻って床に伏せさせる。

「………っ……な…」
『戦闘では冷静さをかくのが一番いけない。怒りを抱いても頭の半分は怒りを殺さなければならない。戦場で銃を乱射する者ほど格好の的はない』

私は男の頭の後ろに指をつける。

『_バン。背後から撃たれて終わり』

ビク、と男が跳ねた。…これくらいでいいだろう。

私は男の腕を解放するが、男が立ち上がることはなかった。…青ざめた顔に戦う意思はない。

力は見えない方が恐ろしい。
能ある鷹は爪を隠す、の原理である。

「………」

審判が伏せる男へと駆け寄る。…何か言葉を交わしてから私の元へと来た。

「150番の戦意喪失により君の勝ちだ。君は…100階に行きなさい」

審判の言葉に周囲の観客がざわつく。いきなり100階へ飛んだからだろう。審判は小型の端末を操作し、出てきた紙を私へと差し出す。

『ありがとうございます。早めに個室が欲しかったのでありがたいです』
「いや……個人的な見解では君はもっと……いや私語は慎もう。頑張ってくれ。君の活躍に期待している」

ありがとうございます、ともう一度お礼を言って私は紙を受け取ってリングを降りた。



「…彼女、あれは150階クラスはかたいだろう」

審判の元に別の審判が近づく。二人の視線の先には銀髪の少年……200階クラスのキルアに笑顔で話す144番の女性。

「…ヴァルキリー」
戦乙女(ヴァルキリー)?…ああ、確かにあんだけ綺麗で強いもんな。いい名前じゃないのか」
「そうじゃない」

審判は否定する。…見ていただけでも額に汗が滲んだ。拳を握っていた。戦場を駆ける女性、なんてそんなものではない。

「…ヴァルキリーは戦場で人の生死を定める使者」
「ああ…なるほど」

天空闘技場のスタッフに半ば引きずられるような形でリングから降ろされる150番の男。顔は青ざめ目は焦点が定まらない。…恐怖に対峙した人間の反応だ。

「"戦死者を選ぶもの(ヴァルキリー)"か…いいんじゃねーの?」

男は彼女に撃たれた。生きているのは彼女の手に銃が握られていなかったから。

「…ノア。さすがにあれはオレでも可哀想だと思う」
『そ、そんな本気の顔で言わないでよ。…早く100階まであがるにはここである程度飛び級した方がいいと思って…まさか一気に100階までいけるとは思ってなかったよ?』

そう言ってもキルアは私をじと目で見るだけだった。焦って弁解するも余計に墓穴を掘るだけになる。

『あれが一番効率的だと…』

知らぬうちに二つ名ができたことなど知るよしもなかった。

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