碧は染まった
□つかの間の
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「ノアさんはこれからどうするの?」
ゴンに聞かれ私は口を開く。
『決めてはいないよ。今まで通りの生活に戻るだけかな』
「今まで通りって?」
キルアの疑問に私は言葉を選ぶ。
『仕事と本とささやかな睡眠』
「…それ楽しいのか?」
『捉え方次第かな』
どれもそこまで嫌いでもない。それに今は7月。大分ここで暇も潰せた。残り1ヶ月くらいはどうにでも過ごせる。
「ノアさんも来る?」
来る、というのはゴンの実家。ゴンはヒソカと戦うという目的を果たした今、キルアの提案でゴンの家に行くことになっていた。…ゴンの家があるのはハンター試験の時に聞いた話だとくじら島という場所。都市から離れた小さな島で船も1日に数回しか訪れない。後に調べたら一応観光スポットにはなっているらしい。
『興味はあるしお誘いは嬉しいけど遠慮するよ。次会ったときに話を聞かせて』
「…うん。分かった!」
私が混ざっては邪魔だろう。友達同士、二人の時間を多く過ごすのが一番いい。そこに大人はいらない。
『連絡先はキルアが知ってるから、ゆっくり過ごした後時間が空いたら連絡して。好きなもの奢ってあげる』
「いいの?」
「こいつ金だけはたくさんあるんだよ」
『だけは、ってところが気になるけど。君たちへの投資は惜しまないよ』
たかられると考えものだが二人はそういう性格ではないからな。
『念の修行もこまめにね。折角覚えたのだから鍛えておいて損はない』
「わかってる」
『なら良し。二人とも楽しんでおいで』
「ノアさん」
『?』
長く引き留めるのも悪いのでそろそろ、と思えばゴンに呼ばれた。
「ずっと言おうと思ってたんだけど、オレのことは"ゴン"でいいよ」
前半の言葉でなにかやらかしてしまったかと思えば予想外の言葉だった。
「たぶん、そっちの方がしっくりくる気がする」
『…そう。ならゴンと呼ばせてもらうよ。私のことも"ノア"でいい』
「うん。…またね、ノア!」
しっくりくる、か。私の心を見たわけではないだろうし……子供ゆえの感みたいなものだろうか。
何か納得したような顔のゴンに手を振る。キルアも何か聞きたそうではあったがひとまずゴンの後に続いていた。
「行きましたか」
二人が見えなくなってからウイングがこちらに歩いてくる。
『ええ。最後に話さなくてよかったんですか?』
「二人はもう私の元を卒業してますから」
『ズシは?』
「ゴン君の試合に感化されたのか宿で修行をしています」
…ズシも二人との出会いで大きく成長したんだろう。ズシが200階に上がる日も遠くはない。
「貴女のこと師範から聞きました」
『師範?』
師範であるウイングの師範…ってことは結構な大物ではないだろうか。
「昨日いらっしゃらなかったのは"あえて"かと思っていたんですが…どうやら違ったようだ」
一体何の話だ、と眉を寄せる。昨日行かなかったのは、前日だから変に邪魔しない方がいいかと思ったからだ。何か聞きたいことがあれば連絡がくるだろうし。
「私の教える心源流拳法の師範はネテロ先生です。キルア君やゴン君のことと一緒に貴女のことも聞きました」
私は目を見開く。…ウイングの師範はネテロ先生…アイザック=ネテロ。私の知るハンター協会会長で間違いないだろう。
「ネテロ先生の名前を出したとき二人も同じような顔をしましたね」
『…それは…まぁ。ネテロさんのことは嫌いではないんですが…苦い記憶もあるにはあるので』
ネテロさんはつかみどころのない性格をしている。時々いい加減にみえるが、そのわりにこうして心源流拳法の師範だったり、未知の大陸の開拓へ力をいれていたり……真面目なこともしっかりとしている。
どちらもネテロさんの性質。だから掴みづらい。…生きている年数もネテロさんの方が遥かに上だからな。ネテロさんにとっては私も子供のようなものだろう。…だからといって急に仕事を割り当ててくるのは勘弁して欲しい。
私にはゾルディック家の仕事が主にある。それをわかっている筈なのだが。………そもそも私には仕事を振ってヒソカには振ってないのからして明らかだ。…まぁ、ヒソカが真面目に仕事をするかは分からないが。…いいように使われている。
『…それで、ネテロさんはなんと?』
「……ざっとまとめると、師範のお気に入りだと」
『………嫌われるよりかはましだと思っておきます』
「気持ちは分かりますが……しかし、そこまで師範を言わしめる貴女は本当に凄い方だ」
…ネテロさんの話があったからかウイングの視線は以前とは変わっていた。警戒の色はほぼ薄まっている。
『誤解ですよ。私はただネテロさんに目をつけられているだけです。私はハンターライセンスはもっていますが、ハンターにはほど遠い。何か功績を残した試しなどない』
むしろ賞金首ハンターから狙われる立場。その辺もネテロさんは理解している。理解していて私を売らない。…会長という立場でいいのだろうか。
「貴女ならフロアマスターになれると思いますが」
降りるのはもったいない、とウイングは続ける。
『フロアマスターに興味はありませんよ』
それに…10勝したとして待ってるのは多分フロアマスターになったヒソカだ。ヒソカと戦うのは嬉しいし楽しいのだが、わざわざ天空闘技場である必要はない。
「そうですか、残念です。ズシも寂しがります」
『子供を引き合いに出すのは悪い大人ですよ』
この人ネテロさんから実際何を聞いたのか分からないが、明らかに私の扱いが慣れてきている。……そういえば誰かとこんなに話すのは久しぶりだ。基本、関わりのある人は固定されている。
『…離れてもここで会った事実が無くなるわけではない。用事があれば連絡して下さい。ネテロさんなら私の連絡先を知ってますから』
「わかりました。…、今すぐ離れるのでは?」
私の足が天空闘技場へ向かったことでウイングが疑問を浮かべる。
『降りる手続きはまだしてないので、終わったのち今日中には離れようかと』
「………ノアさん」
呼ばれて振り返る。ウイングは難しい顔をしていた。
「彼とはどういった知り合いですか?試合中、貴女と彼はただの対戦相手には見えなかった」
…手続きは嘘ではないんだがな。ウイングの目には私がヒソカに会いに行くように見えたらしい。
『ウイングさん』
私はウイングの前に立つ。
『私も疑問に思ったことはその場で聞くタイプだ。答えを得るためには力を惜しまない。けれどそれで必ず答えが得られるとは限らない』
ウイングが息を飲むのが分かる。喉がゆっくりと上下した。ウイングは誤解している。私はウイングと友好的ではありたいが、友達になりたい訳ではない。
「…すみません」
『いえ。聞いてはいけない、という訳ではない。ただ、貴方に答える理由もないでしょう』
私は微笑んで天空闘技場の中へと戻る。
「……この質問は地雷でしたか」
彼、ヒソカとの関係を聞いたとき彼女の雰囲気は変化した。それは宿で彼女のことを尋ねたときと異なる。…二人がいないとこうも威圧感を出してくるとは。
…ここにズシがいれば少しは変わったのかもしれないな。
師範、ネテロ先生曰く彼女はあるルールに従って行動している。それに背く行為は死んでも行わない。
人なら誰しも己のルールを持っているが、彼女のものは異質に思えた。…その1つが"子供"なのだろう。
そして"ヒソカ"も彼女のルールの中のひとつ。
「…本当はいくつなんですかね」
聞けば女性に年齢を聞くものではないと、諭されてしまいそうだ。
ウイングは軽く笑ってズシの待つ宿へと歩いた。