碧は染まった

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…誰かの気配を感じた。

瞼を持ち上げると、手が私の頬に向かって伸びていた。

「…マチ、?」

ぼやけた視界に映る桃色に尋ねると、手がピクリと動きを止めた。

「…起きたんだ」

マチは手を戻すと近くの椅子に腰かける。
その頃には視界はクリアになっていた。

「もう、起きて大丈夫なの?」

体を起こすとマチが問いかける。…ここは…どこかの部屋の一室のようだった。

「…どれくらい寝てた」
「だいたい2日くらいだね」
「……そうなんだ」

それくらいしか経っていないのか。

部屋を見渡す。…ここにはマチしか居ないようだった。

「他のみんなは」
「フィンクスとフェイタンは競売を見に行ってて、二人が戻ってから本拠地に戻るつもり。…あたしはノアが起きるまでここにいるつもりだったんだけど…」

マチが私を見て少しだけ驚く。同時に、垂れ下がってきた髪を手で掬う。…そうか、あのまま寝てしまったから解除できてなかったのか。いつもの金髪に理解した。

マチは驚いてはいるが、すぐに聞いてはこない。…つまり、知っている。

『…やっぱり、パクノダは記憶を見せたんだね』

フィンクスが私をノアと呼んだ時点で確定していた。パクノダが撃った弾は記憶だった。その記憶の中には私から読んだ"クラピカの能力"も含まれていたんだろう。だから、パクノダは…。

「うん。…だからあたし達は全部知ってる」

全部、というのがどこまでなのかはわからない。だけど、パクノダのことだから…私の考えは全て伝わってしまったんだろう。

……。

私はベッドから地面に足をつける。裸足だったため側においてあった靴を履く。

「どこに行くの」
『着信が凄いから、会いに行ってくる』

携帯の着信画面を見せる。…キルアからの着信がいくつか入っている。あれきりノアには会ってないからな…。心配させているかもしれないし、その逆かもしれない。クラピカから私のことは聞いているだろうから。

「そう…あたし達はアジトにいるから。離れる前には寄って」
『……うん。わかった』

私はマチに頷いて部屋を出る。




「…………嘘つき」

部屋にはマチの呟きが反響して消えていった。












ヨークシンシティ周辺には荒野がある。先日、人質を交換した場所もそうだった。
草はほとんど生えていない切り立った大地。

円を広げていけば………すぐに、見つかった。

その場所にしゃがんで、地面に手を添える。

『………』


…思い出が、言葉が、脳を揺らす。


懺悔、後悔、そうではない。ただ…ウボォーは、パクは、もうここにはいない。…いないのだ。心残りがあるとすればウボォーギンの最後の言葉…それを聞くことはできないな。


…………



………

…………暫く座って、立ち上がる。

その瞬間を待っていたかのように気配を感じた。…振り返らずともわかる。ウボォーギンを探すとき、円に引っ掛かっていた。

『ヒソカ』

振り返ればヒソカは笑みを浮かべる。…ヒソカと会うときいつもこんな感じだな、とふと気がついた。

「こんなところまで一体なんの用だい?」
『ここに…ウボォーギンが眠っているんだ。だから、会いに来た』

ヒソカは私の答えに虚をつかれたような顔をする。そう答えるとは思ってなかったらしい。

「てっきり落ち込んでると思ったけど」
『…落ち込んではいるよ。この未来が見えたなら、何をしても阻止したさ。やっぱり、占いは当てにならないね』

ヒソカは笑みを押さえる。ノアはやけに微笑んでいた。痛々しいその笑みは"壊れてしまったのか"とも思えるものだった。

『そういえば、連絡くれたのに返せなくてごめんね』

私がノブナガを殴った夜、ヒソカからメールがきていた。"手伝おうか?"と書かれた言葉に、何も返すことができなかった。…ヒソカはたまに、とても鋭い。

「ボクもそれなりに忙しかったから、かまわないよ」
『クロロと戦おうとしてたんだもんね』
「クラピカから聞いたのかい?」
『うん。マナとして、だけどね』

当然ではあるけど、クラピカからの連絡はない。ただ、マナの携帯にもないとなると…少し心配になる。……精神的に大きく疲弊しているはずだ。倒れたりしていないといいけど…。

『…それで、ヒソカこそどうしてここに?』

思考に陥りそうになって意識を戻す。

ヒソカは私がマチの元を離れてからずっと後を着けてきていた。…私がウボォーギンの側で座っているときも、ずっと。

「ノアはこれからどうするんだい?」

どうする。そう聞かれて少し、考える。…答えはもう出ている。ただ、キルアたちのところに行くか行かないか…それだけ迷っていた。

…考えて、答える。

『キルアから呼ばれていて…会ってからヨークシンを離れるよ』

会うことにした。…やっぱり連絡をくれたのに会わないわけにはいかない。

「そのあとは?」
『除念師を捜す。クロロの鎖を解かないといけないから』

除念師は他人にかけられた念を解いたり、除去することができる念能力を持った者。ただ、稀少な能力のためその分見つけることは難しい。…というのがゼノさんから昔習ったことだ。

「なら旅団に戻るのかい?」

『…いや、旅団には戻らない』

ヒソカはピクリと反応する。

『というより、旅団とは…彼らとは暫く会わないつもりなんだ』

これは既に決めていたことだ。

…ヒソカに言ってもいいだろうか。もう旅団ではないから、大丈夫だと思うけど。

『彼らには内緒にしてね』

私が言うとヒソカは頷く。それを見て、口を開いた。

『彼らが、怒ってないのはわかるんだ。私の記憶を見たのなら、私がウボォーギンを殺していないことも、クラピカを手引きしていた訳でもないことも分かっただろうから。…戻っても今まで通り迎えてくれると、思う』

だけど、と私は続ける。

『それじゃあ、また…繰り返しだ』

ウボォーギンが、パクノダが…死んで、私は痛感した。

『私は彼らに甘えすぎている。"彼らなら大丈夫"だと勝手に託して、その結果…失った。これは信用じゃない、"甘え"だ。だから、ね』

私はヒソカを見る。

『強くなろうと思って。精神的にも、肉体的にも』

昔は確かに彼らを護ろうとした。護るためならなんでもしたし、する覚悟があった。…それがいつからか、私だけがすがっていた。

自分は死なないから、成長しないから、そう理由をつけて何もしなかった。……これじゃあ"前"と一緒だ。

変わらなければいけない。その第一歩として、強くなることにした。

「………」

…ヒソカは自分のオーラが高ぶるのを感じて押さえる。彼女は強い。常人以上のオーラ量、そして不死身の肉体。ただ、戦闘技術だけで言えばキルアより劣っている。本来、彼女のポテンシャルを考えれば被弾することのない相手にも被弾するのは、圧倒的な技術不足。と彼女の性格。

だからこそ、"彼女が本気で技術を身に付けたなら"と何度も考えた。きっと恐ろしい"怪物"になる。…それが今、実現しようとしている。……興奮しないわけがない。

『それで…修行をするから彼らには会えない、というのと…彼らと一緒にいたら自分が強くなることよりも彼らを優先してしまうから。…だから暫く離れることにしたんだ』

クロロやマチは私が強くなることをそこまで望んでいない。否定もしないと思うけど、私は"なにもしなくていい"と言うだろう。それだけ私の能力ではなく、私自身を好いてくれているのは嬉しい。…だから浸っていたくなる。でも、それじゃあいけない。

「あてはあるのかい?」

ヒソカに聞かれて考えていた内のひとつを答える。

『ゼノさんだと、ゼノさんも私も慣れてしまっているから別の人に頼もうと思って。とりあえずハンター協会の人で捜そうかなと思ってるよ。ハンターなら強い人がたくさん居るだろうし……受けてくれるかは捜してみないとなんとも言えないけどね』

キルアとゴンの師匠のウイングも考えてみたが、ズシの邪魔は出来ないし……なによりウイングは私の方がキルアの師匠に向いている、と言った。それでは意味がない。

でも、聞いてみるのはありかもしれない。知人を紹介してくれるかもしれない。

あとは……一応知り合いのメンチさんとか…
考えてふと、思いだす。

"ジン"

かつて一緒に雨宿りをした彼を思い出す。…彼は私が念能力者で、なおかつ凝ができるとこちらがやっていないのに分かった。…確実に私以上の実力者。念能力者である以上、ハンターである確率は高い。…ハンター協会で聞いてみよう。ファミリーネームは分からないから、全く別人と会う可能性もあるけど。それはそれだ。

『数人…思いあたる人もいるから、ヨークシンを離れたら当たってみるよ』
「ならボクはノアを行かせることはできないな」
『………うん?』

理解ができなくて見上げればヒソカは舌なめずりをしていた。…あれ、なんでヒソカこんなにオーラ出してるの。というかいつから。

『え、とヒソカ。その…私は戦闘に関しては殆どゼノさんから教わっていないし、新しく師範を見つけようかと思って』

ゼノさんと組み手は何度かしたことがあるが、どれも"暗殺対象"への対応だった。そもそも私には鎖があるため、"戦う"ということは殆ど必要なかった。

説明をしてもヒソカは全く動く気がない。…ヒソカに教えたのは失敗だっただろうか。ヒソカはむしろ私が強くなることを喜びそうなものなのに。

「ボクがいるじゃないか」
『え?』
「ボクほどの適任もいないと思うけど」

…それは、つまり。

『ヒソカが、師匠になってくれるの?』

ヒソカは正解、とばかりに笑みを浮かべる。

…それは考えになかった。……だけど、確かにヒソカほど強い人もなかなかいない。天空闘技場のフロアマスターになるほどの実力があり、念の扱いも私より遥かに優れている。

それに、ヒソカは他の皆とは違って私に本気で殺意を向ける。

『……考えてみたら…確かに、適任かもしれない』
「そうだろう?なら、決まりだ」

でも、なんでわざわざ…。

疑問に思っていればヒソカの腕が延びてきて背中に回る。

「…ボク以外の奴と毎日戦り合うなんて…ノアはボクにそいつを殺して欲しいのかい?」

…そっちが本音か。

呆れるが、ヒソカらしい言葉にほっとする。

『…それは困るね。だから、よろしくお願いするよ"師匠(せんせい)"』

そう言って体を離す。ヒソカは目を丸くしていた。それが少しおかしくて笑みが漏れる。…久しぶりに笑った気がした。


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