彼女は何を望む
□姉さん
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真っ暗な屋敷の中で音がする。
_シャリ シャリ という何かを囓るかのような。
その音に導かれるように辿っていくとやがて広い部屋に出る。
相変わらず明かりはついていないが、月明かりが差し込んだからか部屋が少し明るくなった。
それによって彼女の姿も写し出された。
_シャリ と真っ赤な林檎を囓る彼女。
その肌は白く、真っ暗闇では髪の銀色と区別が付きづらい。
「姉さん」
オレが声をかけるとくるりと振り返りこちらを見る。宝石のような青い瞳がオレを見つめる。
「迎えに来た」
『うん』
「帰らないの?」
『ううん帰る。イルミ、迎えに来て』
迎えに来て。そう言う姉さんは一歩もそこから動く気配がない。椅子の上で膝を抱え、一定間隔で林檎を囓る。
…仕方ないなぁ
こういう姉さんの行動は初めてではない。
オレは姉さんに近付き、そして姉さんの膝を下から抱え上体を引き寄せる。
そのときにある違和感を感じる。
足元が濡れていた。いや足元というよりかはここら一体が水浸しになっていた。
「これ、何?」
『今日はビリビリさせてみました』
姉さんはオレに抱えられた状態のままポケットからスタンガンを取り出す。
…なるほど。
椅子のすぐ横には倒れている数体の死体。その下も水浸しだった。
『数が多いと面倒だからね』
多分姉さんは床に水を撒き、その上にターゲットを誘導してこのスタンガンで電流を流し一気に片付けたのだろう。
なんでわざわざ面倒なことを…姉さんならこれくらいの人数一瞬で仕留められるのに…
と考えて考えるのをすぐに止めた。
きっと姉さんのただの興味心だろう。姉さんはそういう人だ。
姉さんを抱えたまま屋敷の中を歩いていく。姉さんがオレの腕から降りる気配はない。
『あ……』
姉さんが小さく声を出したのを聞き見る。
姉さんは自分の手を見つめていた。そしてどこか物足りなさそうな顔。これを見てオレは察する。
「林檎ならもう無いよ」
『やっぱりそうだよね、いくら見てもないからさぁ…イルから見ても無いんだから本当に無いのか…』
_しょうがない
姉さんはそう呟き目を瞑る。
すると姉さんの左掌にオーラが集まり何かの形を作っていく。
『うん、出来た』
姉さんが目を開けると掌には先程と同じ林檎が乗っていた。
そしてまたシャリ、と音を立てて囓る姉さん。その顔は満足げだった。
「ほんとに姉さんって林檎好きだね」
『だって美味しいからね』
「念で作ったのってうまいの?」
『食べてみる?』
そう言い姉さんは林檎をオレの口元に近づける。
『多分、イルなら食べれると思うよ』
「多分?」
『この林檎、毒入りみたいだから』
姉さんはまた林檎を囓る。
『こないだ、試しにそこら辺にいた猫にあげてみたんだけど死んじゃった。あれは悪いことしちゃったな…』
思い出しているのか少しだけ姉さんの目が細くなる。
『どうやら昔に食べた毒入りの林檎をずっとイメージして作ってたみたいで…ほら、私たちは毒入りでも平気だから気づかなくってさ』
林檎はもう半分くらいになっている。
『という訳で、食べる?』
半分になった林檎が再び口元に寄せられる。オレは少し考えて食べることにした。
_シャリ
音と共に瑞々しい甘い果汁が口に広がる。想像していたよりも"それ"は本物の林檎そのものだった。しかし毒の味はしない。恐らく味の無いタイプのものなんだろう。
『どう?』
「うん、美味しいよ」
『そう。それはよかった』
姉さんは嬉しそうに微笑み再び林檎を齧り出す。
「姉さん、着いたよ」
今回の姉さんの仕事はパドキア内だったため徒歩で自宅のククルーマウンテンまで着いた。
『ん、じゃあ降りる』
「別にこのままでもいいのに」
『長女たるもの可愛い弟たちにこんな姿は見せられないのさ』
「こないだ普通にキルの前でオレにおぶられてたのに?」
『それとこれは別!』
姉さんはオレの腕から抜け出すと地上に立って伸びをする。林檎はもう無かった。食べたのか、オーラに戻したのかは解らない。
『ここまで運んできてくれたお礼に私が扉を開けよう!』
姉さんは扉に手をつく。
「そういえば姉さんって今いくつまで開くの?」
オレが尋ねるとニヤリと笑う姉さん。何となく答えが解った。
『ふふ』
姉さんが力をいれると扉が重い音を立てながら開く。
『さーて、いくつかな』
開いた扉は7……全ての扉。
『さ、なかに入ってイルミ。閉めちゃうよ?』
…あの細い腕にどれだけの力があるんだろう。
『先ずはパパに報告しなくちゃ』
オレの姉さん。
双子の姉さん。
強くて綺麗な"メルイ"姉さん。
ゾルディック家が愛してやまない一人娘。