彼女は何を望む
□姉ちゃん
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「よし!そこだ」
『っ負けるかぁ!』
「っしゃあ!またオレの勝ち!」
『ああ!また負けたー!』
姉ちゃんはコントローラーを手放し後ろにバタンと倒れる。
オレはキルア。絶賛姉ちゃんとゲーム中だ。
『やっぱキル強いなぁ』
「姉ちゃんだって十分強いじゃん」
『え?そうかな』
姉ちゃんの悔しがっていた顔がころっと嬉しそうな顔に変わる。切り替え早。
「つーかさ姉ちゃん、一番弱いキャラ使ってんじゃん。もっと強いの使えよ」
そう。姉ちゃんはこのゲームキャラの中でも最弱とよばれるものを使っていた。攻撃、体力、防御力、全てにおいて他キャラより劣っているこのキャラ。正直、誰が使っても負けると思う。
姉ちゃんは他のキャラ使えば圧倒的に強いし…。これじゃあなんだかオレがハンデつけられてるみたいで気にくわない。
『っちっちっち、分かってないなぁキルア君は』
指を立て振ってくる姉ちゃん。ちょっとうざい。
『弱いキャラが強いキャラに勝てもしないのに挑んでいくのが面白いんじゃん』
「うわ、性格悪っ」
思わずそう言ってしまったのも無理ない。姉ちゃんを見ると口を膨らまし見るからに怒っていた。
『はい、今の傷ついた!傷ついたよキルア君。お姉ちゃんは傷ついた!よって今日の昼食はキルアの奢り!』
「はぁ!?なんでだよ!ってか奢りって…!」
奢りもなにも、家に居るんだから執事たちが作ってくれるのに。…何考えてんだ?
訝しげに見ているとその意図が伝わったのか姉ちゃんはにっこり笑った。
『どっか食べに行こう?』
その一言でオレの頬は明らかに上がった。
『ここでいい?』
「いいって、払うのオレじゃん」
『じゃあここがいい』
「だと思った」
姉ちゃんが止まったのはどこにでもありそうなごく一般的な食堂。オレとしても高級レストランじゃなくて良かった。
扉を開けるとベルが鳴る。
やってきた店員に姉ちゃんは指を二本立て応える。そして店員に連れられる。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
席は一番奥だった。
『さーて、何食べようか。はい、キルア』
メニューをオレに渡す姉ちゃん。それを受け取り中身に目を通す。
…パスタにするか、ハンバーグにするか…いや、チキンもいいな…
…?
なんて思っていると姉ちゃんからの視線を感じる。
「なに?」
『いーや、楽しそうでなによりだと思って』
「楽しそう…?」
窓の反射で自分の顔を見ると、確かに楽しそうだった。指摘されるとなんか恥ずかしい。さっと真顔に戻す。
『っはは、そんなに急に戻さなくても…。キルアももう11なんだからママもそんなに神経質にならなくてもいいのに』
「………」
姉ちゃんは少し怒った様に言う。それが嬉しかった。こんな風に外に連れ出してくれるのは姉ちゃんだけだ。オレの思いに反対しないのは姉ちゃんだけだ。
『…はぁ、キルもいっそのこと家出しちゃえば良いよ。私だったら耐えられないもの』
「じゃあ姉ちゃんは家出したの?」
『うん』
当たり前のように頷く姉ちゃんに驚く。姉ちゃんが家出したことがあるなんて初めて聞いた。…いや、まぁ。姉ちゃんの居場所が解らないことなんて日常茶飯事だけど。
『決まった?』
「あ、うん」
『すいませーん!』
姉ちゃんは店員を呼ぶ。そして注文するとオレに振る。オレは結局ハンバーグにした。
そして去っていった店員を見送ると姉ちゃんは話し出す。
『あれは5才の頃だったかな』
「5才!?」
『うん。?どうかした?』
「い、いや……」
5才って!いくらなんでも幼いだろ!と思いつつも飲み込む。
『プリンがね食べたかったんだよ』
「は?プリン?」
『うん。街にね美味しいプリン屋さんが出来たって言うのを聞いて、居てもたっても居られなくなった』
「……まさか、それで家出?」
『うん』
「マジで?」
『マジマジ』
…自分の姉が恐ろしい。確かに姉ちゃんが食べ物好きなのは知ってるけど、そんなに小さい頃から食に執着してたとは…。
「…つーか、頼めば買ってきてくれたんじゃねーの?」
最もな疑問を言ってみる。むしろ、そのプリン屋を買い占めることだって出来るだろう。
『そうなんだけどさ。その頃食べ過ぎで1s太ったのがママにバレて、断食喰らってたんだ』
「断食って!5才なのに?」
『5才なのに。ほんと酷いよね!だからさ、ミルキが生まれて自由に食べてるの見たら腹が立ったよ!まぁお菓子分けてくれるって言うから怒らないであげたけど』
完全にお菓子に釣られてるじゃんそれ。
……はぁ。てっきり姉ちゃんもこの生活が嫌で家出したのかと思ったのに。
_プルルル
着信音。オレは家に置いてきたから姉ちゃんのだ。
携帯を取り出すのを見て一瞬強ばる。もしかしたら家からの電話かもしれない。
『大丈夫、家じゃないよ』
その言葉に安堵する。
でも、家からじゃなかったら誰だろう。…当たり前と言えば当たり前だけど、オレは姉ちゃんの周りの人間を知らない。
『もしもしー……あー、うん、切るね』
出た瞬間切ろうとする姉ちゃん。なんだろう、嫌いな相手だったのか?
すると携帯からは何かを叫んでいる声がする。
『あーもう分かったよ!切らないから!でも、その話は後で!今は……デート中だから!』
オレを見てニヤリと笑う姉ちゃん。
しかしそれによって更に相手の声が大きくなった。オレにまで聞こえてくる。
『うるさい!変な妄想はよしてくれないかな、聞いてるこっちが気持ち悪い。あーもう、愛する弟と食事中なだけだって!だから、その素敵なランチを邪魔するな!』
そのまま切ってしまう姉ちゃん。店内は白けていた。よく見ると、料理を運んできていた人まで固まっていた。全て姉ちゃんのせいである。
だが、姉ちゃんは気にしない。
『?ご飯置かないの?』
「っ!す、すみません!!」
店員は焦って料理を置き、逃げるように去っていった。…可哀想に。
それをきっかけに周りの客もそれぞれに話出し、店内の雰囲気は戻った。
「…さっきの相手って誰?」
少し控えめに聞く。あんまり仲が良さそうにも感じなかったからだ。
大盛りのパスタを食べる姉ちゃんはしれっと答える。
『んー、友達?のような人』
「!…と、友達?」
『そう。と言ってもそれ程仲が良いという訳ではないんだけど……ハンター試験受けたときに知り合ってさ、こういうの何て言うのかな。腐れ縁?』
オレは衝撃を受けていた。
だって…殺し屋に友達は要らない…そうやって言われてきたから。姉ちゃんもそう言われてると思ってたから。
それに、ハンター試験って…難関と言われてる…
『……色々と衝撃を受けているようだけど、食べないと冷めちゃうよ?』
「あ!う、うん!」
姉ちゃんは既に半分くらい食べ終わっていた。
「…ね、姉ちゃんってハンターだったんだ」
『うん。あ、ほらこれ』
姉ちゃんが見せるのはカード。WとXが重なったようなマーク。
『ハンターライセンス』
「っ!これがあれば、一生遊んで暮らせるくらいの価値があるあの!?」
『うん。私はあんまり使わないけどね』
そう言いハンターライセンスを仕舞い、また食事に戻る姉ちゃん。
「姉ちゃんってハンターになりたかったの?」
『いや?あー、仕事で必要っていうのもあったけど前々から面白そうだとは思ってたから』
「で!面白かった!?」
オレもハンター試験には興味があった。
ハンター試験といえば、何万人と受けても受かるのは一握り。合格者が出ない年もある。いつか受けてみたいとも思っていた。
『面白かったよ?さっきの電話の相手とも会えたし。ま、私は楽勝だったけどね』
胸を張り自慢する姉ちゃん。姉ちゃんの強さは十分知ってる。いくら難関と呼ばれていても姉ちゃんには関係なかったようだ。
「!いいなぁ、オレも受けようかな」
言ったところで反対されるんだろうけど…。
『いいね、それ!受けなよキルアも。私みたいに友達も見つかるかもしれないよ?ハンター試験受けにくるんだからそれなりに強いだろうし』
でも、そんな思いを打ち消してくれるのが姉ちゃんだ。
姉ちゃんは友達は要らないなんて言わない。外に出ることを拒んだりしない。むしろ、全部肯定して促してくれる。
『キルはもっとやりたいことをやりなよ。私のようにね』
笑う姉ちゃん。それからデザートを注文していた。
オレの姉ちゃん。
唯一気持ちを分かってくれる、強くて優しい姉ちゃん。
オレとよく似た見た目のメルイ姉ちゃん。
オレの大好きな人。