彼女は何を望む
□仕事
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いつも通り暇だからゲームしてたら、背後で部屋の扉が開く音がする。
執事はまず勝手に入ってこないだろうから……家族の誰か。
ゲームを中断し、振り替える。そこにいた人物に少しほっとした。
「なんだ、姉ちゃんか」
『なんだとは失礼な』
「何しにきたの」
『仕事』
「……………」
その言葉に顔が歪むのが自分でも分かった。
『うわ、あからさまな嫌悪感』
「…………やりたくない」
『と言われてもね』
姉ちゃんは仕事の内容が入っているであろう封筒を一旦机に置き、オレに近づいてくる。
目の前まで来て、少し悩んでからオレの隣に座る。
『うーん。私もパパから頼まれてるからどうしようもないんだよね』
「…………」
もし、仕事を伝えにきたのが姉ちゃんじゃなかったらオレは素直に"いつも通り"受けていただろう。
何故なら、姉ちゃん以外はオレの気持ちを理解してくれないから。逆に、姉ちゃんならきっとどうにかしてくれる。
『やっぱり殺しは嫌いか』
「………姉ちゃんは」
言うか迷ったけど、思いきって聞いてみる。
「殺しが好きなの」
『好きじゃないよ』
オレが心の中で色々考える前に、あっさりと姉ちゃんは答えた。それも、オレの望んだ答え。思わずぱっと姉の顔を見上げる。
『でも、ここはゾルディック家。殺しが家業だ』
「…分かってる」
『郷に入れば郷に従えだよ』
また、ジャポンのことわざというやつだろう。姉ちゃんはよく、ジャポンの言葉を使う。いまいち意味がわからない。
「ごう?」
『私たちの場合"業"とも言えるけど』
ごうとごう?一体何が違うんだよ。
『……まぁ、簡単に言えば"ここ"に居る以上どうしようもないってこと!』
説明がめんどくさくなったのが分かった。それから、姉ちゃんがオレに被さってくる。ついこないだの"ゆうわく"の事件を思い出し、反射的に抵抗しようとするが次の姉ちゃんの言葉にそれは阻まれる。
『逃げたい?』
「っ……」
返す言葉が出てこなかった。それはあまりにもオレの心に深く沈んでいく。
逃げたい、逃げたい。
小さい頃から何回も繰り返し思ったこと。願ったこと。叶わなかったこと。
…殺しなんてしたくない。ただ、オレは普通に過ごしたい。…友達が欲しい。一緒に遊びたい。
『なら、その通りにすればいいよ。漫画の主人公みたいに!』
「…オレ、に…」
出来るのだろうか。確かに、ただ抜け出すくらいなら問題ない。でも、親父と…兄貴が許してくれるとは思えない。勝てるとも…思えない。
「…………」
『…魔法の言葉を教えようか!』
「………………なに、急に」
いきなり声を張り上げいつものふざけた態度に戻った姉。対してオレはまだ感情を引きずったままだ。
つーか、ほんとにいきなりなんだ。さっきまで姉ちゃんも珍しく真剣だったのに。
と思っていたら肩をがしっと捕まれ姉ちゃんの顔が近づけられる。
…オレと同じ青い瞳が見つめる。その顔にはおふざけは一つも入ってなかった。
『もう、仕方ないなぁキルア君は。出血大サービスだよ?』
顔は真剣なままで声だけがいつもの姉ちゃんだった。その違和感に鼓動が速くなる。一体、姉ちゃんは何がしたい?オレに何をする気だ…?
『一週間後』
「え」
『誰にも言ってはいけないよ』
にっこりと笑った姉ちゃんはオレから離れる。
『とりあえず、この仕事はちゃんと行こうね!資料に目を通しておくように!』
「!ちょっとまっ!」
姉ちゃんは扉を閉めた。
静かな空間が戻る。オレの頭には一つの言葉。
「……一週間、後?」
これが魔法の言葉?ファンタジーの欠片もない言葉。
…一週間後に何かあるのか?オレが喜ぶような、何か…。
……相変わらず姉ちゃんの言うことはよく分からない。でも、姉ちゃんはオレの味方だ。それだけは確かだった。
扉を出て、自分の頬が上がるのが分かった。
『…でも焦ってはいけないよ』
そう自分に言い聞かせる。口許を手で隠し、手を下ろす。
既にいつもの顔だった。