碧に染まって

□これは夢
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目を開けると目の前に飛び込んできたのは光。

しかしそれは、二日酔いの朝に容赦なく目を刺してくるものではなく、むしろポカポカと暖かい光。

そして赤や黄色、青、緑なんかのきらびやかなステンドグラス。

まるでここは天国か。とでも言ってしまいそうな光景。

だがまぁこれは夢である。

何故分かるのかと尋ねられたのなら"何となく"と答える他ない。

だって実際私はつい先程ベッドに入って意識が朦朧として眠りに入った筈なのだ。なのに景色が違うとするならば寝ている間に誘拐されたか、殺されたか、私の頭がパーになったか夢しかあり得ない。

前半の三つは私の独断と偏見により強制的に排除するので、残った夢が正解となる。

別に夢の中で"これが夢"だと気づくことは初めてではないし、今回もそんな類いだろう。

『………うん、体に異常はなし』

髪が白金色でなんだか神父のような格好をしているが、手をグーパーグーパーして正常に動くので問題ない。
まぁ、夢の中だし、髪とか格好とか違うのは最早当たり前というやつだ。

とりあえず体を起こして周りを観察。

左には茶色い箱?があった。あ、いや違うな。これ祭壇だ。
立って全体を眺めて気づく。十字架が描かれているのと、後ろにある女性の像からして間違いない。
となるとここは教会?

後ろを振り返ると見渡すかぎりの椅子。それから一定の間隔でそびえる柱にはシンプルながらも上品な装飾。
しかし、おかしなことにその柱の間間には本棚が置かれていた。

明らかにこの神聖な教会とはアンバランスな木の本棚。本棚には本がびっしりとつまっている。
元々あったこの教会に誰かが設置した。そんな感じだ。

ん?

ふと、見つけた本。

その本はまるで、さっきまで誰かが読んでいたかのような状態で椅子の上に放置されている。

『…………』

視線を近くの柱に移す。すると不自然な影が。
…どうやら誰かが隠れているらしい。影からして子供だろう。
…いや、うん。隠れるにももっとうまい方法があるはずだろ。

『ねぇ、君』
「っ!」

声をかけると明らかに震えた影。

『完璧に隠れるならさ、自分の体だけじゃなくて影も隠さなきゃ』

私が言うとゆっくりと影が柱へと隠れ見えなくなる。なんとも素直。

『まぁ、君がそこにいるのがバレてるから今さら遅いけど』

私はゆっくりと近づく。気張りもせず緊張もしないで、ただそこに落ちた石を拾いに行く感覚で近づく。

だからこそ油断していた。

『っうお!!』
「!!」

急に飛び出してきたかと思ったら視界に映る銀色。それはキラキラと光を反射していてなんとも綺麗…。なんて思ってる場合じゃない。

『あ…っぶな!!いきなりなにするの君!』

明らかな、どうみても紛れもないそのナイフは、私が手首を掴んだことにより止まった。
危ない危ない。この子完全に殺しに来てやがる。

ナイフの切っ先は私の喉元を向いていた。

『何々、これがここでの挨拶なの?凄く物騒なんだけど、こんにちさようならーってなるよ、全然いい気持ちにならないよ、てかふざけるなよどんな思考してるんだ私は』

ここは夢なのだから私を殺そうとする挨拶も、私の脳が作り出したもの。
…ヤバイな、私の頭がパーになった論がじわじわ上がってきた。

「…お前はだれだ」

幼い声色で大人びた口調を喋られても恐怖は微塵も沸いてこない。ましてや黒髪プラスキューティクルな顔立ち。この少年、将来絶対美形になるわ。

『誰だって聞くならまず自分が名乗るものだよ。これ私の中の常識、さぁ少年の名前は?』

折角だ。記念すべき夢の住人一号である少年の名前を聞いておきたい。まぁ聞いたところで意味があるかと聞かれたら確実に無いが。

「……クロロ」
『ほー、ほう、クロロね』

なんだかケロロ軍曹にでも出てきそうな名前だ。
クロロ少年は自分の名前を言うと、次はお前の番だ的な目線で見上げてくる。

『私は…』

と言いかけて止まる。ここで本来の名前、つまるところ日本名を言ってしまうのもいいがそれじゃあ何だか面白くない。ここは夢の中なのだ。

『ノア。私はノア』

ノア…うん、私の名前はこれにしよう。これがいい。

「ノア……」

私の名前を反復するクロロ少年。
それから私の首へと向けていたナイフを仕舞う。
というかクロロ少年は一体いくつなんだろう?見た目的に4才5才くらいにしか見えない。そんな幼子がいっちょ前にナイフなんぞ持って…けしからん。危ないじゃないか。

『で、少年は本を読んでたの?』

先程見つけた読みかけの本に視線を向ける。ここにはクロロ少年しか居ないみたいだからまず間違いないだろう。

「うん。でもまだそんなに読めない」
『そりゃそうだ。君一体いくつ?』
「?分からないけど」
『いや、そんな当たり前に……ってそれが当たり前であっても可笑しくはないか』

あまりにもリアルな会話に一瞬夢であることが吹っ飛んでいた。

『まぁ、いいや。多分4才とか5才くらいだよ身長その他からして』

私はその本に軽く目を通す。
うわ、何この文字。象形文字から1引いたみたいな感じだ。

…なんて

『へぇ…"失われし秘宝"ねぇ』
「!!ハンター語がよめるの?」
『ハンター語?なるほど、この文字はそういう名前なんだ。うん、そうだね。読めてるってことは読めるんだろうね』

これが読めてしまうんだから驚きだ。むしろどこをどうみたら"失われし秘宝"なんて読めたのか自分でも分からん。わからないのに、何故か分かる。

「ノア」
『ん?なんだい』

はっきりとした声で私の名前が呼ばれる。いきなり呼び捨てか…まぁいいけど。

「文字、教えて」

幼児とは思えない強い意志のこもった瞳で見つめられる。教えて、というより教えろ、の方がニュアンスてきにあってる気がする。

『あー…それは構わないけど…私もそんなに得意じゃないよ。それでもいい?』

クロロ少年はどこか嬉しそうに頷く。なんだ、ちゃんと子供の顔も出来るじゃないか。

『まずは五十音表だな』

てっとり早く馴れるならそれがいい。表さえあれば勝手に見ながら読んで、そのうち覚えるだろう。

『紙、紙、ってそう簡単に転がってないか』

辺りは埃ひとつないほど綺麗な光景。手頃な紙が転がってる訳がない。

「紙があればいいの?」
『うん、あとペンとか?』
「分かった」

そう言いクロロ少年は走って教会を出ていく。なんだなんだ?家から持ってくるつもりなのだろうか。

家?そーいや外はどうなってんだ?

教会の窓から外を見る。が、何にも見えない。光の補正みたいになっていて真っ白だ。

それならドアから出てみよう、と足を動かしドアノブに手をかける。

『…………』

私はそこで手を下ろした。
何故か開けてはいけない気がした。開けたら戻れない気がした。
多分この夢の範囲はこの教会。
そこから出ることは出来ないと、勝手に理解できた。

『なら、戻ってくるまで適当な本でも読んでるか』

近くの本棚から本を一冊取りだし、私が最初に寝ていた祭壇の前に座る。

『"理性と知性"……うわ、つまんなそーな本だな』

なんとも真面目そうな本を手にとってしまったらしい。まぁ、仕方ない。ただの時間潰しなのだから。

私はページを捲る。

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