碧に染まって
□二人ぼっち生活
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「おはよう、ノア」
『…あ…れ……?』
目を開ければ覚えのある暖かい光に覚えのある黒い物体。クロロ少年だ。
ということは……まだ覚めてはいないらしい。
『おはよ…私どれくらい寝てた?』
「丸一日だと思うよ」
『え、マジか』
この一瞬で一日経っていたらしい。そういえばこの教会にはカレンダーとか時計とか無いのかな。
「お腹は空いてる?」
クロロ少年に尋ねられ考える。お腹は…減ってはいない。でも食べられない訳じゃない。つまりは今がベストな感じ。
『食べた方がいいかな?』
「さぁ…別にむりしなくてもいいんじゃないかな」
『うーん…というか食べ物なんてあるの?』
「一応もってきた」
クロロ少年が取り出すのは何かの缶詰とパン。なんとも簡素なものだ。加えてあまり質の良いものには見えない。もしかしたらクロロ少年は貧しいのかもしれない。
『ありがとう、でも気持ちだけ頂くよ。それはクロロ少年が食べて』
ここはやんわりと断る。
『少年は一杯食べてすくすく大きく育たないとねぇ』
まだ育ち盛りな年齢では無いが、たくさん食べるに越したことはない。
「一杯食べれば大きくなれるの?」
疑問顔のクロロ少年。
『ただ、食べ過ぎは体に毒だけどね。ま、少年の場合まだ肥満になる歳じゃないから気にしなくて大丈夫』
「ひまん?」
『うん。体の脂肪が増えすぎて体に害を及ぼす状況だよ』
私が答えると納得したように頷く。
その顔はやっぱり可愛らしい。
『ふふ…』
「な、何?」
『いーや、少年は可愛いなぁって思って』
私はまだ成人してまもないが、どうもクロロ少年を見ると母性が刺激される気がする。だからかついつい構ってやりたくなる。
少年の頭を撫でると少し体がびくついた。
『撫でられるのは嫌い?』
不思議に思ってそう尋ねるとクロロ少年は私を見上げる。
「………わかんない。初めて撫でられたから」
今度は私が体をびくつかせる番だった。
クロロ少年の言葉に悲しみや皮肉の感情はない。ただ、本当に撫でられるのは初めてだと、そう言った。
……なるほど。
クロロ少年がどんな環境で育ったのか少しだけ察してしまった。
『じゃあ、どう?初めて撫でられた感想は』
「なんか、変な感じ」
『そっか……その感覚を大事にね』
これからたくさん撫でてやろうと思った。
________
それからそれぞれ本を読んで過ごした。時々クロロ少年が言葉の意味を聞きに来るのでそれに答える。
どうやら彼は知識欲旺盛なようで、知らないことは何がなんでも知りたいらしい。
それには私も関心だ。生憎と私は真面目な人間ではないので学校生活もタラタラだったが、知識は力になることは知ってる。
この調子なら、私の知識量を軽く上回る日も近いだろう。
そしてお昼。
今がお昼だと分かったのはクロロ少年の持っていた時計。どこかボロボロなそれは、長年使い古されたもののように思えた。子供の少年が持つような物には見えない。
『その時計はどうしたの?』
「北の地区にあったんだ」
クロロ少年はそれだけ言う。北の地区。それは完全にこの教会の外の話。やっぱり本当に外はあるらしい。
「ノアは食べないの?」
少年がパンをかじりながら聞いてくる。
『うん。やっぱりお腹が減ってないみたいなんだよ』
夢の中だからなのか一切お腹が減らない。いつもなら、なにもしなくともお昼になればお腹は鳴っていた。
「…一杯食べないと大きくなれないよ?」
ふとクロロ少年の放った言葉。それは先程私が言った言葉だ。
『っはは!私はもう十分大きいから大丈夫だよ』
習った知識を早速使っている姿がなんとも微笑ましく、可愛らしく、思わず声を出して笑う。
そんな私を見てクロロ少年は目を見開く。
『……っふ、その顔もなかなか…』
ああ、なんで子供はこんなに可愛いかな。何もやってないのに、見てるこっちが暖かくなる。私こんなに子供好きだったっけ?
「…おれ、なにか変なこと言った?」
『ううん!全然!』
「…じゃあ、何でそんなに笑う?」
『さぁ!それは私にも分からないよ。ただ、少年を見てるとなんだか微笑ましくてね』
言ってから、私いくつだよ…と思う。これじゃあまるで老人みたいだ。
『ところで、その缶詰めの中身って何?』
クロロ少年を弄るのはここまでにして、密かにずっと気になっていたことを尋ねる。
ラベルのついてないこの缶詰めは、シーチキン缶を三個縦に繋げた位の大きさ。一体何が入ってるのか気になってたのだ。
「たぶん肉」
『いやたぶんって…』
クロロ少年は缶切りを取りだし缶を開ける。その缶切りは時計とは違い綺麗な物だった。
「ノアは何に見える?」
『………確かに、肉、だね』
開いた缶詰めの中身には白に近いピンク色の物体が入っていた。どこかモモ肉に似ている。
『少し食べてみてもいい?』
聞くと少年は缶詰めとフォークを差し出してくる。あれ、フォークなんてあったのか。
受け取ったフォークでその薄ピンクの物体を刺し、口へ運ぶ。
『……鷄モモっぽいな』
味がないお陰で本来の肉の味が口に広がる。別に食べられない訳じゃない。しかし、舌の肥えた私から言わせれば"調理前の素材"を食べている気分。
「とりもも?」
『あー、鶏は分かる?』
「うん」
『その鶏の太ももの部分の肉だよ。たんぱく質豊富でお腹を膨らすにはもってこいってところかな』
あとたしか、他の部位に比べたら旨味も多かった筈だ。
「へぇ…これは"鷄もも"って言うんだ」
『多分だけどね。言っちゃえば肉なんてどの種類も触感が似てると言えば似てるし』
私は肉ソムリエではないので細かな違いまでは分からない。
「肉って他にもあるの?」
『うん。例えば鶏なら、羽の部分は手羽でしょう。で、胸はむね肉でヒレはササミ…』
別に家庭科が得意とか実家が肉屋とかではないが、こういう知識は昔よく調べた。そしてなにげに焼肉屋では役立っている。それをここで発揮することになるとは……。
15分ほどで鷄が終わったと思ったらこんどは豚の部位の話になり、結局牛まで話す。
最終的に一時間は肉の話をしていた。