碧に染まって
□愛しい人
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眠ってしまった彼女にそっと毛布を掛ける。
「!すごくきれいな布!」
「この教会にあったんだ」
マチの言葉に応える。
普段見るゴミ山には絶対に無いであろう綺麗な布。
この毛布はこの教会の奥の部屋にあった。その部屋の扉は祭壇の両端にある。ノアにはそれが見えていないようだった。だからこの布も彼女にはオレが持ってきたと説明してある。
「…こうして見るとノアって本当に綺麗ね…」
外の月の光がステンドグラスから差し込みノアを色鮮やかに照らす。元々綺麗な彼女が更に神秘的に見えた。
「あの像みたいだよね!」
「確かに…そうね」
マチが祭壇の後ろにある女神像を指差す。そしてマチの言葉にパクノダが同意する。
その女神像は確かにノアに似ていた。神父の格好はしていないが輪郭、瞳、髪の長さ…一つ一つが彼女と一致していた。オレも最初に会ったときは女神が実際に現れたのかと思った。
けれど、ノア自身は気づいていないらしい。そもそも自分の姿自体解っていないだろう。…今度鏡を見つけてこようかな。
「クロロ、今何時?」
「もう少しで10時」
「!もう、戻らないと。少し遊びすぎちゃったわね…」
パクノダが驚いたように言う。ここから配給場所へは少し時間が掛かるな…。
「二人は先に帰ってて」
「え!?でも…」
「オレなら間に合うから。皆にもそう伝えてくれ」
「…ええ、分かったわ」
パクノダはマチを連れてこの教会を去る。パクノダは比較的年長者だからか、なんとなくオレの意図を察してくれたらしい。
「……」
いつもの静寂が教会を包み込む。この空気がオレは好きだ。ノアと二人きりなこの雰囲気が。
本当は、マチやパクノダにノアの事を知られるのは避けたかった。というか、オレ以外の誰かがノアを知ること自体が嫌だった。
マチが最近オレの行動を観察しているのには気づいていた。マチは勘が良い上頑固だから、一度決めたらなかなか折れない。それを分かっていたから、半年間は隠し通せたが、そろそろ限界なんだろうと思った。
でも結局、ノアはマチとパクノダに会って嬉しそうだったから良かったのかもしれない。ノアが嬉しそうだとオレも嬉しい。オレにとってノアは全てなのだから。
『………』
「…」
寝息も聞こえないノアの白金の髪に触れながら、次はいつ目が覚めるんだろう、と考える。
ノアは一度寝ると2、3日…最高で一週間は目が覚めない。
彼女はこのことを知らない。だからまだオレと出会って約二ヶ月だと思っている。
祭壇の隣の正の字をなぞる。正の字が11個…ノアにとってのオレと過ごした日数。本当は半年なのに。
胸の奥がもやもやと気持ち悪くなる。
締め付けられるような痛さを感じる。
でもオレは別に怪我をした訳でもない。
ノアはこれを感情と言った。感情は思い一つで身体にも影響を及ぼすもの。これを聞いたときには訳も解らなかったが、今は解る。オレの今の状態が"感情"なんだろう。
「…ノア」
呼び掛けても彼女は答えない。それもそうだ寝ているのだから。それでも声をかけてしまうのは仕方ないと思う。
でも、いくら苦しくてもノアにこのことを言うつもりはない。
まだノアと出会ってそんなに経たない時に、一度だけノアに起きていて欲しいと頼んだことがある。
ノアは眠そうな顔で少し困ったように笑った。
『………仕方ないなぁ…でも私にも限界があるからね』
そう言ってノアはオレに本を読んでくれた。
本を読み終わるとノアは『ごめ……もう、眠い』と言い、オレの返事も聞かずに寝てしまった。それでもオレは嬉しかった。いつもより長く彼女と居られたことが。
でもそれは間違いだった。
ノアはそのあと4日、5日と起きず、結果起きたのは三週間後だった。
…あのときは本当に自分を恨んだ。多分、後悔ってやつだと思う。
『!…どしたの、クロロ少年…?』
「なんでも、ない」
起きて直ぐオレは彼女に抱きついた。驚く彼女の顔にオレはほっとした。
「………」
あんな思いはもうしたくない。だからノアには言わない。
彼女のことだからこのことを知ったら興味本意にずっと起きてようとするかもしれない。それに…ノアには帰る場所があるみたいだから、もし半年もここに居ると知ったら帰ってしまうかもしれない…
そんなのダメだ。
「…ノア…ノアはずっとオレの側にいて」
いつかの本で読んだ様に、オレはその白金にキスをした。
このキスでノアにオレから離れられない呪いがかかれば良いのに…そんな事を思って。