碧に染まって

□運命
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_いやぁあ!!

という甲高い叫び声の後に鈍い音。

それからはすすり泣く声と罵声。

ここに来てからどれくらい聞いただろう。いや、正確に言えば連れてこられてから、か。

ここはビルの一室だった。
床と壁はコンクリートで、出入り口は一ヶ所。ドアや窓は無く、入り口には銃を持った男が立っていた。

そして隣にはオレと同じように縛られているフェイタン。周りにはたくさんの同年代の子供。数人の女。きっと、オレたちのように連れてこられたんだろう。

「おい、なんだその目は」
「あ、いやっ…」
「立場が分かってねぇようだな」
「!っやめ!」

_また、音が鳴った。殴られた少年は既にボロボロだった。

それに比べ、オレたちはそこまで殴られていない。…最初の挨拶代わりの一発くらいか。

どうやら子供を分別しているらしい。

身なりや、教養、顔、声…それらから判断し"使える子供"と"使えない子供"とを別けているのだろう。

オレたちはノアから読み書きは教わっていたし、戦い方も心得ていた。だからか、一応"使える子供"の方に分類されていた。そのため、あっちの子供ほど手荒くは扱われていない。

「………ッチ」
「フェイ」
「…………わかてるね」

隣のフェイタンは明らかにイラついていた。
そもそも誰かの言いなりになるのをフェイタンは酷く嫌う。

オレも従順に誰かに従うのは好きじゃない…ノアは別だが。
しかしいくら好きじゃないとは言っても我慢は出来る。でも、フェイタンはそうはいかない。

むしろ、こうやって数時間もフェイタンが大人しく捕まったままでいるのも普段ならあり得ない。…普段なら。

「おいおい、顔は止めとけよ?商品なんだ」
「!す、すみません」

子供を殴っていた男は先程までの威勢を無くし、畏まってそいつに謝罪する。

「…………」

オレたちを拐ったパーカーの男だった。

「とは言っても…逆らっちゃいけねぇよな…!」

そう言いパーカーの男は笑みを浮かべて子供たちに手を伸ばす。

「…っ」

男からは数メートル離れているというのにその感覚は容赦なく襲った。

ここでそうなんだから、まともに向けられた子供は本能的に訳も解らず震えていた。中には気づかぬうちに涙を流している子供も居る。

…この、嫌なまとわりつくような感覚。毒ガスでも充満しているかのような息苦しさ。

「っはは、しっかし滑稽なもんだぜ!ちょっと込めるだけでこれだからな」

男の高笑いに酷く怒りが湧く。でも、あの中で体を動かすことが出来ないのも事実だった。

隣のフェイタンも怒ってはいるものの、オレと同じく何も出来ないでいた。だから余計にイラついているようだ。

「ローグ、あんまり遊ぶな。精孔が開いたら笑い事じゃねえ。高い金出して雇っているの、忘れたのか」
「すいませんって、ボス」

パーカーの男が特に悪びれた様子のない態度で応える。
目線の先には銃を持ち椅子に座っている男性。明らかに他の奴等とは空気が異なり、"ボス"と呼ばれていた。

あれが頭であり、人の売買を仕切っている大元。

「……」

…そいつからも嫌な感じがする。多分、パーカーの男と同様に"能力者"と呼ばれる者なんだろう。

それ以外の男たちからは特に何も感じない。つまり…この部屋で能力者は二人か。

他の能力者ではない男たちは簡単にどうにか出来そうだ。オレとフェイタンで処理できる。
…どうにかして、あの男二人がここから離れるタイミング……

「………」

…ないだろうな。パーカーの男は離れるかもしれないが、ボスである男は動く気配がない。

どうにかここから脱出しようと考えるが全てうまく行きそうにない。

……フィンクスたちは無事に逃げ切れたのか?ふと、思い出す。
ここに連れてこられていないことを考えるなら無事なんだろうけど…。

…ノアにはオレとフェイタンが捕まったことは言っただろう。一応"言うな"とは言ったが、みんなが逃げる先がそもそも彼女の元だろうから隠してもバレている筈だ。

でも、それでいい。少しでも時間が稼げるならそれでいい。
…彼女をここに来させてはいけない。
それはオレだけでなくみんなも解っている筈だ。

彼女の居ない世界ほど残酷なものはないのだから。

「おい、例のやつは必ず来るんだろうな」
「待ってれば必ず来るとおもうぜ?ボス。あの女にとってこいつらは大事な存在みたいだからな」

男の顔がこちらを向く。そしてニヤリと笑った。

「にしてもさぁ…お前らあんな"いい女"とどんな関係なんだよ。あの教会は随分前に機能してないだろ?あの女がボランティアでシスターやってんなら別だけどよ」
「……」
「そうだ。名前は…ノアだったか?」
「…っ…」

挑発するような顔、声、目線…全てに怒りを刺激される。今すぐにでも男の喉を切り裂き口を防いでしまいたい衝動に駆られる。

けれど、抑える。男はそういう反応を望んでいるからだ。思い通りになってやる気はない。それはフェイタンも同じらしく、ぐっと怒りを堪えていた。
…でもそれもいつまでもつかわからない。次、煽られたらフェイの怒りは爆発する。

「…っくく、怒りを抑えてんのが見え見えだぜ?…にしても"ノア"はいつ来るんだろうな?もしかして…このままお前らを見捨てたりしてな!」
「っ…この…!!」
「彼女は来るよ」

思った瞬間に煽ってきた男。
案の定フェイタンは目を見開き男を鋭い目が捉えたのを見て、遮る。

効果は有ったようでフェイタンはオレを向き、その視線は外れた。

「ほう、強がってんのか?」
「彼女はオレたちを見捨てたりしない」

というのは嘘だ。いや、見捨てたりしないのは本当かもしれない。しかし、彼女は来ないだろう。

「でも、そもそも来なくて困るのはそっちも同じだろ」

だが、それを悟られてはいけない。ノアが来ないと知って、こいつが彼女の所へ行ってしまってはそれこそ本末転倒だ。

だから、ノアはあくまでここに来る前提とし、なおかつ隙を見て脱出しなければならない。

「可愛くねぇ子供。ま、いつまでそう言ってられるかね!」
「………」

パーカーの男の顔が少しにやついた。こちらの悔しそうな"ふり"に満足しているようだ。

…それでいい。


「ローグ、お前女を迎えに行ってこい」


………は


唐突な言葉。発したのはボスと呼ばれる男。

待て、迎えにって、…!いや、それよりも何故……こちらの意図が読まれたのか?

焦る自分を考えることで冷静にさせる。

「はぁ?来るって分かってて何で行かなきゃなんねぇんだ。それに迎えにならもう行かせてんだろ」
「あまりにも遅いからな」
「まだ見つかってねぇだけだろ?一応女は能力者だし。…こっちの手がかりはあの教会だぜ?下手にオレまで捜しに行くよりも待ってたほうが利口だと思うぜ?」

ああ、そうだ。その考えが正しい。
…少しだけほっとしてしまった。

…男の口角が上がったことにオレは気づかなかった。

「…いや、女は教会にいる」
「は?なんでわかんだよ」
「なんとなくだ。なぁ、少年」
「!…」

そう言い、男はオレを見てくる。
…ボスと呼ばれるだけあるようだ。その目はオレに尋ねる割には確信を得ている目だった。

オレに失言は無かった。フェイタンにも無い。しかし、胸の内を当てられた。

「…お前ら二人はここにいる中でも随一に頭が良いみたいだな」

男がオレを捉えた途端、ぞわっと嫌な風が吹く。それはオレたちを包み込む。全身の毛が逆立ち、心臓の鼓動が一瞬止まったように感じる。

…また、能力というやつか。

「…あの、ボス?さっきオレにあんまりやりすぎるなって」
「こいつらは頭が良すぎる。見た目は子供でも中身は大人みてーだからな。そういうのは早めに殺しておくべきなんだよ、俺の経験から言ってな」

凄く苦しい。息がうまく出来ない。横目でフェイタンを見るがオレと同じようだった。音があまり聞こえない。あらゆる感覚が閉ざされたようだ。

「…っ」

…っくそ。なにも出来ない自分が嫌になる。

ノアはオレたちを大人顔負けとは言ったが、大人とは言わなかった。まだまだ子供だと。そう言った。言われる度に、どこかノアから離れていくようでそれが嫌だったのを思い出す。

…確かにそうだ。オレたちはこういう時、ノアという大人がいなくちゃなにも出来ない。

「っ……!」
「恨むなら女を恨むことだな」

冷たい声が響く。

でも、だからこそ今回は自分たちで解決しようとしたんだ…!

こんなところで、こんな奴に殺される訳にはいかない。

何か…考えろ。…考えろ…!ノアならどうする!彼女ならどうやって抜け出す!彼女なら

『少年』



…………………………え、?



ふわりとした優しい香り。
この香りをオレは知ってる。

体をまとっていた重苦しい空気が無くなる。体が解放されたようだ。

…………
…嘘、だ。そんな筈はない、だって、出れるはずもない。のに、

体が理解していた。オレの全神経が言っている。

"彼女"だ、と。

『ごめん、遅くなった』

優しい声音が耳に響く。目を開けるとそこにはノアがいた。
何度も見慣れた、それでも飽きることの無い整った顔立ちがオレを覗き込んでいた。

…来てしまった。彼女が。ノアが。

「……っはは、」

乾いた笑みが込み上げてくる。

それにノアは眉を潜めた。

『…あー、少年?もしかして可笑しくなった?』
「いや……オレはなにしてるんだろうと思って」

本当。なにしてるんだろうオレは。

ノアが来た。ああ、最悪の事態だ。一番避けたかったことだ。なのに、オレは喜んでいる。

「一応聞くけどどうしてここに?」
『どうしてって、君たちを助けるためさ。頑張って教会から出てきちゃった』
「…そっか」
『うん。因みに伝えてくれてのは彼らだからね。少年、フェイタン。ちゃんと後でお礼を言うように』

ノアから目線をはずすとそこには見慣れた面々。みんなどこかほっとしたような顔だった。

…オレもほっとしていた。隣のフェイタンもほっとしていた。

『……酷いね』

ノアはオレたちの頬に触れ、そう言った。離れた彼女の手には血が着いていた。

「あー、そろそろ感動の再会は終えてもらっていいかい?」

パーカーの男の声がする。自然とさっきの感覚を思い出した。

『良くないですね』
「へぇ…もしかして怒ってる?」
『ええ』

そう言い、ノアはオレたち二人をフィンクスたちに預け立ち上がる。

男達の顔が一瞬強ばった。

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