碧に染まって

□運命
2ページ/3ページ


手下と思われる男に案内された先はビルだった。ここの三階に少年とフェイタンが捕らえられているらしい。

建物に窓はなく中は伺えないが、確かに二人は居るようだった。

突撃する前に子供たちを安全な場所へ移そうと試みたがまぁ、失敗した。

ここに来るまでに襲いかかってきた奴等は全て、子供たちが撃退してくれた。能力者でなければ圧勝できるようだ。つまり、彼らは思っていたよりも自分の身は自分で守れる。

ビルの中にいる全員が能力者である可能性は捨てきれないが、なんとなく能力者は少なそうな感じもしていた。

確認で手下である男に聞くと、やっぱり極稀な存在らしい。因みに能力者ではなく、念能力者と言うらしい。念という言葉は前にも出てきたな。詳しく聞いてみたが、男もよくは分からないらしい。ただ、子供たちが怖がっているやつが"念"なんだそうだ。


三階に上がるには階段を使うしか無く、登っていく。その途中にも配下の男らが居たが、気づかれる前に気絶させた。

三階に到着した辺りで嫌な気配を感じる。子供たちの顔が険しくなった。多分"念"だ。

子供たちを気遣いながらも走り、問題の部屋へと飛び出す。

真っ先に飛び込んできたのはクロロ少年とフェイタンの苦しそうな顔。


体が動いていた。


二人を抱え子供たちの前まで連れてくる。

二人は見るからに酷い有り様だった。
頬は擦り切れ血が滲み、腕や足にも痣が見える。自然と奥歯を噛み締めていた。

過ぎたことではある。
でも…もっと早く来るべきだった。

「あー、そろそろ感動の再会は終えてもらっていいかい?」

どこか苛つく声がする。
前を見ると見覚えのある男だった。

あのときと変わらないパーカーにジーンズ。間違いない。彼がこの子たちを拐った男。…しかし、私が施した怪我は一切ない。

顔をあげたことにより周りの景色も入ってくる。

……………どこかの戦争映画のような風景だった。

まともな子供が一人も居ない。まともな女性が一人も居ない。皆、どこかに傷を持ち瞳には光がない。……子供の中には生きているのか怪しい者も居た。

『良くないですね』
「へぇ…もしかして怒ってる?」
『ええ』

私は立ち上がり男と対峙する。

男の言う通り私は怒っているのだろう。

体温が上昇し、手に力が入る。
頭は冷静に男の死ぬ姿を流し、目が男の急所を捉える。

間違いなく怒っていた。

…怒るなんて久しぶりだな。とっくに自分は怒れなくなったと思っていたのに。

「お前がノアか。…確かにローグの言った通り一級品だな」

パーカー男のとなりの男が私を舐めるように見る。誰だ?それにローグ?誰だ。

『誰?とても偉そうな態度だけど』

私が思ったまま言うとパーカー男の顔が少し強ばった。

「…これは失礼した。俺はヘンリー。一応ここのボスだ」
『私はノア。なるほどボス…。つまり、貴方が一番偉い訳か』
「まぁこん中じゃな」

この中。…多分だがヘンリーの上にも更にお偉いさんが居るのだろう。所謂、子会社と親会社。ヘンリーは子会社の社長ということ。

『さて』
「おいおい、まさか帰るつもりじゃねーだろーな?また血は出さねーなんて甘いこというつもりか?」

何を勘違いしたのか私が後ろを振り向くとパーカー男が叫ぶ。

『まさか、酷いことを言う』

むしろ私は貴方の血でこの部屋を満たしてしまいたい気持ちだと言うのに。

本来なら、子供に人の死ぬ瞬間を見せるなんてとんでもない。溢れる血を見せるなんて言語両断。教育的に考えて。

でも、今回ばかりは無理だ。私だって一応人間なのだ。限界だった。

『ねぇ、少年』
「何?」
『私はきっと今からいけないことをする。だけど、許してね』
「…うん。分かった」

…少年は許してくれても神様は許さないだろう。
でも、そんなのは関係ない。
当の昔から私には関係無い。

軽く胸の十字架を握り、笑った。

帰る場所はないのだから。

『…少年』
「…なに?」
『皆を頼むよ』

私は地面を蹴りパーカー男へとナイフを振るう。男は驚いていたが笑っていた。しかしそれも一瞬で変わる。

『外れた』

パーカー男は叫びながら腕を押さえる。首を狙ったのだが避けられた。でもあのスピードなら次はいける。

再度地面を蹴り男へと迫る。男の表情と言ったらもう、死に際の顔だった。

捕らえた。と思ったが後ろに気配。まぁ、周りにいた他の配下の男も見てるだけとはいかないよな。

と理解しつつも邪魔されたことに小さく舌打ち。どうやら本当に私は相当頭にきているらしい。

人を殺したことはないが躊躇いは感じなかった。背後の男のナイフを避け、左胸に自身のナイフを突き刺す。そして直ぐに抜き、また別の配下の男へと突き出す。

瞬間、破裂音。銃か。

離れた位置でこちらに向く銃口がいくつか見えた。飛び道具は厄介だな。なら潰そう。

この場を離れ、銃を持つ男に向かう。弾は驚くほどゆっくりに見えた。だから簡単に避ける。

首をひと突き、奪った銃を他の奴の顔面に放り投げ、その隙にまた首を刺す。

心臓を刺そうかと思ったが、先ほど殺した男の胸が異様に固かったので、きっと防弾衣でも着けているのだろう。首にした。

心臓じゃなくとも人の急所はたくさんある。特に首は出ているから狙いやすい。

また銃を奪い、そして投げ隙を見て殺す。奪った銃を使えれば理想だが、初見でバンバン使えるほど銃の扱い方は易しくない。ひとつ間違えれば自分にダメージがくることもある。だから安全に、投げるだけにする。

あらかた周りを片付け終わる。中には腰を抜かし怯える男や、逃げていったやつもいるが特に気にしない。

あくまで私が殺したいのはパーカー男である。…ついでにボスのヘンリーもか。だから、それ以外はどうでもいい。

まずはパーカー男。

そう思い見るとなぜかニヤリとしていた。さっきまでの怯え顔が嘘のようだ。

私は距離を詰めようと足を出す。

瞬間。

消えた。パーカー男が。

……は?

これには流石に驚く。素早く移動した、訳ではなく本当に消えたように見えた。急いで眼球を動かし探す。

「っどこ見てんだよ?」
『………』

……こいつはバカなんだろうか。

後ろに向かってナイフを突き出す。手応えを感じた。しかし心臓ではない。

「あああ!!っくそ、なんで!!」
『なんでって、折角見失っていたのにわざわざ声出す奴が居るか。自分の居場所教えてどうする』
「っ!!」

呆れたよ。

そう続けると男の顔が真っ赤になる。わー、模範的な怒り方。

『……』

また、男の姿が消える。
…やっぱり、"消える"が正しいな。これもまた念というやつか?しかし、以前こいつは見えない糸的な物を使っていたはず。…なるほど、念は複数使えるわけか。

「っぐあ!!?」
『またビンゴ』

とはいっても、関係ない。結局消えた後、必ず私の近くに現れるのは間違いない。なら近くに気を張り、現れた瞬間に判断すればいい。

『…どうしてって顔しているから教えるけれど、声を殺したって息が出てたらわかる。息を止めないと』
「!!…っくそが!!」

…この男はそれしか言えないのだろうか。

『………』

また男が消える。さて、次はどこから来るかな。

「…っ……!…なん、で!!」

男は上から来た、今度は息も止めていた様だ。ある意味素直だと言える。

男は自分の心臓が刺されたことよりも、何故分かったのかに困惑していた。

…このまま死んでも浮かばれないだろう。冥土の土産に教えてやるか。

『心臓が煩かった』

というのは嘘で、本当は殺気で判断していただけだ。生憎と、心臓の音が聞こえるほどの聴力は持ち合わせていない。

けれど、男にはそれで十分だったようで、「降参だ」と小さく呟き倒れる。

『……』

パーカー男は死んだ。

残りは一人だ。

とヘンリーがいた位置を見る。

が、居ない。

『っどこいった!?…とでもなると思うなよ』


_キン


と金属の音が響く。

ヘンリーは驚いた顔をしていた。が、多少は予想していたらしい。

「気づいてたのか」
『まぁ』

一旦お互い離れる。

「いつから俺だって気づいた」
『疑惑は初めから、確信は今。パーカー男の死因でもありますけど、パーカー男は現れた後にナイフを振り上げたり、息を止めたりしてたので。それじゃあ消える意味がないでしょう。それに、貴方は私とパーカー男がやりあってる時にやたらニヤニヤしたり、防がれたときはイラついたり……そのタイミングを見てたら自然と』

パーカー男を瞬間移動させていたのはヘンリーだった。これが彼の能力…念か。

「…ほう」

ヘンリーは余裕そうだった。…もしくは余裕そうにみせているのかもしれない。…まぁどちらでもいい。

ヘンリーに向かってナイフを突き出す、勿論消えた。

直ぐに上に突き出す、上から血が降り注ぐ。上を見ると既に居ない。次に足を払う。そしてナイフを振るうが空振り。次はしゃがみ、拳を出す。硬いので防弾衣を着ているようだ。なら心臓は狙えないな。次に飛ぶ、そして振るう。血が舞う。

それの繰り返し。

やがて接近戦は部が悪いと感じたのか、遠距離からの銃撃に変えてきた。
銃ならかえってありがたい。弾のほうが遅いのだから。一気に距離を詰め、のし掛かり首を刺そうとするが消えた。

それをまた繰り返す、

繰り返す、

繰り返す、

繰り返す、

繰り返す、


「っ!!少し!待ってくれ!!お願いだ!!」


暫く経ってヘンリーが急にそう叫んだ。銃口も下ろしている。

問答無用で殺そうと頭が考えるが、ここまで地道に生かしているのは自分だと思い直す。

「っ降参する!!俺はお前には勝てない!!ここにいる子供らも解放する!だから!」
『…………だから?』

尋ねると男の顔が焦りに変わる。

…言いたいことは流石に分かる。殺さないでくれと言いたいのだろう。

私は一歩男へと近づく。それだけで男は銃を落とし、腰を付いた。

途中から嫌にキレがないと思っていたら限界だったのか。

「っ!頼む!!もう、!」
『……』
「やめ……!」

一歩近づく毎にそう言われる。…なんだか熱が冷めてしまうな。

そういえば一番殺したかったパーカー男は既に殺した。

「ひっ……!」

怯えるこの男を見ると、なんだが変に罪悪感が生まれてきた。
男は見るも無惨な姿。男が周りの子供たちの中に入っていたとしても、違和感は無いだろう。…こうしたのは他でもない私だ。



頭がいつもの冷静さを取り戻す。



……そうだ。ここまでなる前に十分私はこの男を殺せた。なのに殺せていないということは…なんだ、傷つけて楽しんでいたのか私は?

怒っていたさっきの私の感情を思い起こすことは出来ない。あれは一時の感情だから。だから推測をする。

楽しんでいたとするなら…私は、この男と…パーカー男と、なんらかわりないと言うことか。

自分の姿を自分の眼で眺める。手は真っ赤に染まり、服は重みを増していた。布が黒のためわかりづらいが、相当血で染まっていることだろう。

…少年に一方的な許可は取ったとはいえ、やり過ぎた。
これじゃあ、みんなに怖がられても文句は言えない。

…ゆっくりとみんなの方を見る。
当たり前だが、みんな私を見ていた。

『…』
「……」
『…ねぇ、みんな』
「……!、なに…?」
『私が怖い?』


「…ううん…!!」


みんな揃って首を振っていた。それも輝いた目で私を見ながら。

……………そうだった。彼らは後者だった。戦いを、血を、好む方だった。

…やってしまったな。かえって怖がってくれた方が良かったかもしれない。…いや、トラウマになられても困るか。…あーあ。

『……どうしてくれる』
「えっ、!?」
『あー、いや。これはただの八つ当たりだな。貴方のせいじゃない』

そう。結局最初から最後まで私の責任だ。

『苦しませてごめんなさい…拷問は辛いだろうね』
「じゃ、じゃあ!!」
『でも、殺させて下さい』

男にのし掛かり頭を押さえる。

男の瞳には"どうして"とかかれていた。

………むしろ私から言わせれば、今さら助けろと言う方が虫の良い話だと思うのだが。

…パーカー男の方がよっぽど潔くて、良い死に方だったぞ。

「……っ…!!」
『……』

この男を殺して自分なりにけじめをつけよう。そして覚悟を決めよう。

『少年!』
「!……なに?」
『"帰ったら"話があるんだ』
「話?え………帰っ、たら…?」

流石、勘の良いクロロ少年だ。

『うん。教会に"帰ったら"』

顔は見えなくとも少年がなんとなく喜んでいるのが伝わってきた。

「!…オレも…ノアに話がある」
『!…分かった。ま、帰ったらまず治療して服もどうにかしないとだけどね』
「うん!」

少年の話すことは私に隠していた事だろう。……これで、お互い隠していることはなくなる訳か。

『……結果オーライかな』

私はナイフを振り上げた。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ