碧に染まって
□赤髪
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「…………」
『…………』
静寂な空気が戻る。
『大丈夫?』
それをさっそく破る。なにより殴られた彼が心配だ。酷い音だったものなぁ。
「…これくらいいつものことさ」
『そう…。私はノア』
「………………は?」
少年は意味が分からないのか目を見開く。その顔は少し可愛らしい。
『私の名前。あー、名前の意味は解る?』
「…ボクをバカにしてるのかい」
『いーや、確認だよ確認』
少し弄ると直ぐに乗ってくるヒソカ。
ヒソカの目が細められた。
「………ボクに媚を売ったところでここからは出さないよ」
『媚?そんなつもりはなかったんだけど。ほら、君の名前だけ知ってるって言うのもどうかと思ってさ』
「…名乗ってないけど」
『さっきの男性が言ってただろう。"ヒソカ"って』
言うと少し驚くヒソカ。しかし、直ぐ笑みに戻る。
「そうだったんだ。ボク、話聞いてなかったから気づかなかったよ」
…どうやらというか、確定でヒソカはあの男性が嫌いらしい。
まぁ、態度からして嫌いそうだったもんな。嫌いな理由もなんとなく解る。
『さっきの男性は偉いの?』
「……」
『なるほど、偉いのか』
「何も言ってないよ」
『そう言うってことは肯定だろ』
ヒソカの笑みがひきつる。苛ついたようだ。…ヒソカはフェイタンタイプ寄りだな。本当のことは言わないで避けようとするタイプだ。嘘も隠してしまう。ヒソカは隠すのも慣れているようだし、その分フェイタンよりよっぽどたちが悪い。
でも子供だ。だから解りやすい。
『ねぇ、ヒソカ』
「…なに」
『私を助けたの、あの男じゃないでしょう』
「え」
『違う?』
問うとヒソカは黙った。それから私に目線を合わせて言う。
「残念だけど違うよ。お姉さんを助けたのはあの男で間違いない」
ヒソカは真っ直ぐと私を見る。まるでそれが"真実"とでも言うように。
『嘘』
「…嘘じゃないよ」
『いーや、嘘だね』
「っ嘘だって言っ…!!」
言ってから、はっとなるヒソカ。やってしまった、とでも思ってそうな顔だ。
『ヒソカの負けだね』
「…今のはつられただけだ」
『違うよ。君の本心だ』
「っどうして解る」
『ヒソカはあの男が嫌いだろう。それも大が付くほど。だから助長するようなことは嘘でもしたくない』
「……はは、すごいねお姉さん。エスパー?」
『君を見てたら分かっただけ』
私はヒソカに近づき鉄格子の隙間から手を伸ばす。…意地でも張っているのか逃げないヒソカの頭を撫でる。
ヒソカの目が見開く。
『逃げないで』
「!…」
ヒソカが下がろうとしたのを声で止める。…それからゆっくりと撫でる。
『………』
…撫でているのは私なのに、なんだか…落ち着いた。
ヒソカの頭から頬に滑り親指で彼の目下を撫でる。
『嘘を付くとき大抵人は目線を反らす。目と言うのは感情を伝える機関でもあることを、人は本能で知っているから。だから隠そうとする…。
けれど君は、それの逆。嘘を付いているのがバレないようにあえて目線を反らさない』
ヒソカの頬は少し紫色になっていた。殴られた場所だ。…痕が残らないと良いけど。
『目線を反らさなければ確かに嘘とは思われにくい、むしろ真実だと思われるだろう。けど、反らさないことに気を張りすぎて他がおろそかになる。例えば…不自然に拳を握っているとか』
ヒソカの手に触れる。かさついていた。
『唾を飲むとか、汗をかくとか…ね』
そこまで言ってヒソカから離れ、手を牢屋の中に引っ込める。
それを見て、ヒソカも開きっぱなしだった口を閉じた。
「……つまり、ボクの嘘は意味がなかったってこと」
『そうなるかな。まぁ、君の嘘だけであの男が私を助けたのが嘘であると確信したわけではないけど』
私は扉の前にある食事を取りに立ち上がる。…少しふらついた。長く海に流されていたからか、寝ていたからか、少し筋肉が衰えてしまったようだ。
『ヒソカは私にこう言っただろう、"沈んでいた"と。けれどあの男は私にこう言った。"溺れもがいていた"と』
お盆を持つ。…少しでも気を抜いたら手を離してしまいそうだ。
『その時点で食い違っていたから男が言っているのは嘘だと思った』
再びヒソカの前に座りお盆を置く。…ふぅ。腕を伸ばし、一休みする。
「…ボクが嘘付いてるとは思わなかったのかい」
『賢いね。けど、思わなかったよ。今の私には大人かつ男性を信じる気は全く無いんでね』
…どうして?、とでも思ってそうなヒソカ。しかし口には出さない。私がもう答えないことをなんとなく察したんだろう。
『でも……あ…。だとすると、もしかしてヒソカが私を助けてくれたの?』
「……
いや、ボクじゃない」
『そう』
深皿に触れると既にぬるかった。少し冷めてしまったな。
『ヒソカ、お腹はすいてる?』
「……」
『そんなに警戒しない。もう無闇に暴いたりしないから』
毛を逆立てる猫の様な態度に思わず苦笑い。…そうだよな。ヒソカとはまだ会って数十分。すこし踏み込みすぎたか。
段々と仲良くなろうと思っていたのに……ま、今からでも問題はないか。
『はい』
「…なに、これ」
『パンだよ、知らない?』
「知ってるよ。どうしてボクに渡すのかってこと」
『私、お腹すいてないからさ』
「………」
また疑うような目を向けられる。…あらら…警戒されてしまったな。
『本当はこっちのスープも飲んで欲しいんだけど格子の隙間を通りそうにないからさ、パンだけでも食べてよ』
「………」
『媚を売ってる訳じゃないよ。ただ本当に私はお腹が空かない体質なんだ。でも、だからといって残したらあの男に不振がられるし…バレて変な施設行きは御免だからさ』
「…………分かった」
『ありがとう』
ヒソカはパンを受けとる。とはいっても信じたわけじゃなさそうだ。むしろ、後でお腹すいて困るのはお前だ、とでも思ってそうな顔である。
もし、受け取らなかったら無理やりねじ込もうと思っていたので良かった。
…さて、飲むか。
『…………』
まぁまぁに美味しい。久しぶりの料理の味。けれど特に感動と言うのはない。お腹空いてないしな。
…みんなが食べたらどんな反応するかな。料理を知らない子達だ。きっと私には想像もつかない反応をするに違いない。
「……ねぇ」
『ん?』
「………いや」
『そう言われると気になるぞ』
「ほんとになんでもない」
『…………そう、なら少し寝る』
私は布の上に横たわる。
「…まだ起きて一時間も経ってないよ」
『そう言われても眠くなったから仕方ない』
「……スープまだ飲み終わってないよ」
『ならヒソカが飲んでおいて』
「…は?」
『おやすみ』
「っ意味わからな…!」
目を閉じれば直ぐに暗闇がやってくる。まるで引き込まれるようだった。
そういえば…確かヘンリーという男。…私を殺そうとした男は無事に沈んだのか。
それは良かった。…良かった。
『…………』
…明日は体を動かそう。動かせる範囲は限られているけれど。何が起こるか分からないからな。
そして、行く行くはここを出ないと。