碧に染まって

□執心
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『…………』

目が覚めた。灰色の天井。埃っぽい空気。光はない。

『………』

横を見ると赤髪。無防備にも鉄格子に背中を預け、だらんと力の抜けた掌には鍵。

私はゆっくりと近づき手を伸ばす。

そして、

『おはよう、ヒソカ。起きてるんでしょう』

彼の頭に手を乗せた。案の定ピクリと体が反応する。

「………」
『私を引っ掻けるならもっと狡猾な罠にしないと』
「……………」

舌打ちはされなかったものの不機嫌顔で離れていくヒソカ。

対照的に私は満面の笑みだ。

『おはよう』
「………よく分かったね」
『おはよう』
「…………」
『おはよう』
「…………………おはよう」
『うん』

よしよしと頷く。挨拶されたら返すのが基本だ。

『解りやす過ぎだったから、明らかに罠だったもの。まぁそもそも君が起きていることは見て、直ぐに分かったけど』
「………はぁ」
『溜め息を付かれるとは心外だな』
「やっぱりお姉さんは今までの奴等とは違うね」

疲れたように言うヒソカ。…まさか、一晩中起きてたなんてことはないよな…。

『今までの奴等、とは?』
「………ボクが隙を見せれば直ぐに飛び込んで来たり、逆にボクを使ってここから出ようとしたり…見ていて飽きなかったよ」

そう言い笑みを浮かべるヒソカ。その笑みは微笑ましいというよりも少し気味が悪い。

『うわ、もしかして君サディストか』
「サディスト?」
『人を苛めて快楽を得る人のことだよ』
「…そうだね、ボクはそうなんだろうね」

言われて悪い気はしていないようだ。

『……?』

ふわりと飛んできた匂い。疑問を覚え見ると扉の前に食事があった。

「キミの朝食だよ」
『あー、なるほど』

朝食。ということは1日一食という訳ではないのか。…優遇されてるな。

「さっきあいつが来て置いてった」
『そうなんだ』
「寝てるキミにキスしてたよ」
『!?』
「嘘」
『…ひ、ひそかくん』

この世には付いて良い嘘とダメな嘘があるんだぞ。今のはダメだ。ほんとに心臓がキュンってなった。

そんな私の反応を見てヒソカはさぞ嬉しそうな顔だ。…今までの仕返しか。

「寝ているキミを気持ち悪い目で見ていただけ」
『……嘘と言ってくれ』
「本当」
『…良い性格してるねほんと』

お盆を持ちヒソカの前へ。…朝食はトーストの様だ。ホットミルクまで付いている。匂いをかぐ。……うん、ミルクだ。

『はい』
「…は?」
『お腹はすいてる?』
「え…また食べないのかい?」
『お腹が空いてないからね』
「……ボクが言うのもだけど、クスリとかの類いは入ってないよ?」
『あー……そういえばその可能性もあったか……て、そうじゃなくて。昨日言ったでしょう。お腹が空かない体質だって』
「……いや、あれはその場しのぎの理由だろ?」
『いーや、正当かつ継続的な理由だ』
「…言ってる意味が分からないんだけど」

ヒソカは疑いの姿勢を崩さない。
…困ったな。お腹が空かないことを証明できるような方法は思い付かない。

……しょうがないか。あまりやりたくはないが仕方ない。

『ひーそかくん』
「………なに」
『食べてくれないと、これ返してあげないぞ』
「!」

私はそれを指で摘まみ、ヒソカに見えるように上げる。ヒソカの目は見開かれていた。私はその"鍵"を揺らしてみせる。

「…いつの間に」
『さて、問題です。私はいつこの鍵を君から取ったでしょう?』
「……当てたら返してくれるのかい?」
『それは気分次第』

それで返したら私の交渉の意味がなくなってしまうもの。

『1起きて直ぐ、君の頭に手を乗せた時。2君にトーストを差し出した時。3、たった今』
「……1。鍵が取れるのはボクに触れていた時だけだろう」

ヒソカは賢いな。そういう賢さはとても好きだ。

『おー、流石。けど残念不正解。正解は4、昨日君を撫でたときだ』
「!!4って、選択肢には無かっただろう。それに、仮に昨日キミに取られていたとしたらそれは」
『まぁまぁ落ち着いて』

私を攻め立てるヒソカを抑える。
確かに理解できないだろうな。でもそれは単純なことだ。

『ヒソカは鍵を一つだけ持っていたのかい?』
「一つ……いや、一つじゃ…!」

ヒソカは自分のポケットに手を入れる。そこにある感触にどうやら納得したようだ。

「……ボクは踊らされていたのか」

そう、私の持っているこの鍵はヒソカが起きたときに見せていた鍵とは別物。

昨日、ヒソカを撫でているときに違和感を感じたので服を探ると出てきたものだった。

『さて、見事不正解だったヒソカにはこれをどーぞ』

私はトーストを渡す。ヒソカは見つめた後、しぶしぶ受け取った。私の顔は今笑顔だろう。

『うん、ありがとう。これは返すよ』

鍵を渡すと驚かれた。

「正解してないのにいいのかい?」
『気分次第って言ったでしょう。そもそも、これは牢屋の鍵じゃないみたいだから』

牢屋の鍵は昨日、あの男が持っていたのを見た。ちゃんと覚えている。それに、ヒソカが男を嫌っているように男もヒソカを嫌っている。なら、そもそも彼に牢屋の鍵なんて大事なものを預けるわけもない。

ヒソカがトーストを噛る。良い音が響く。サクサクだ。

『あ、喉乾いたらホットミルクも飲んでいいからね』
「…お腹が空かないのは分かったけど、お姉さんはどうしてそこまで食べたくないんだい?食べれない訳じゃないんだろう?」

昨日、全部ではないがスープは飲んでたからな。それを元に言っているんだろう。

『食事が美味しくなる最高のスパイスは"空腹"だ。空腹でない私にとっては、どんな一流の料理でもあんまり美味しいとは感じないんだよ。…いや、確かに美味しいとは思うんだけど…満たされないというか……そうだな、食べる必要もないのに食べるっていう行為がそもそも好かない』

味はする。けど、しない。食事というより摂取に近い。食べれば食べるほど食事が嫌いになっていく感覚がする。

…こればかりは体験してもらわないと伝えられないな。

「…随分贅沢な話だね」
『そう聞こえるだろうね。私だってそう思う。…ま、そんな私が食べるよりも育ち盛りの君が食べた方が食べ物も喜ぶだろう?』

ヒソカの食事事情は知らないが、予想はつく。多分、本来ヒソカくらいの年の子が食べる量よりも少ない。

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