碧に染まって

□毒される
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_逃げない理由があるとするならそれは君だ。

_私は本気だ。

_ヒソカと話してると安心するんだよ。


『私と一緒に逃げないかい?ヒソカ』


………。

彼女の言葉が離れない。頭の中で反響して幾重にも重なってまるで警告音の様に鳴り響いていた。

流れのまま受け取ったパンの味も全く分からない。

ボクの心中はこんなにも混乱しているというのに、目の前の彼女は呑気に寝っ転がって床の棒を数えていた。

…ただ、それだけなのに彼女がやると意味のある行動に見えてしまう。

棒一つ一つを指す白い指は清廉で、細やかで、どこか品を感じさせる。…彼女はただ、棒を数えているだけなのに。

『…ヒソカ?』
「!あ、いや」

見ていたことに気づかれた。咄嗟に目線を反らす。明らかに何かあるのはバレバレだった。…今のボクにはそれだけ余裕がない。

『…何か聞きたいことでも?あるなら、もうゲームじゃないし自由にどうぞ。ただ、ゲームじゃないから必ず答える保証はないけれど』

彼女は棒を数えるのを止め、ボクを見る。宝石のような碧がボクに向いた。

…ドクリ、と血液が流れるのを鮮明に感じた。警告音が一層鳴り響いた。
それのせいか…開きたくない口が勝手に開いた。

「……ねぇ、なんでそんなにボクに優しくするの…」
『!』

弱々しい声だった。…ボクの嫌いな声だ。けれど、この感情をボクは知らない。だから自分で処理することが出来ない。溢れだす感情を押さえることができなかった。

…彼女がボクをどんな目で見ているのかと考えて、本能的に恐怖を感じる。

…彼女は…憐れんでいる?蔑んでいる?悲しんでいる?喜んでいる?…見たくない、見たくない。全部全部、いくら彼女でも今はどんな顔も見たくない。

『…優しい、か…』

そう彼女が呟いた。

『…そう言われるとは思ってなかったな』

彼女の声には色が無かった。…ボクに向けられた言葉じゃない。もしかしたら独り言なのかもしれない。

そこに少しの余裕が生まれた。そっと顔を上げる。

『…ん?あーいや、自分の思っていたことと違かったから……まぁ、違うと言ってもいい方向なのか…』

彼女は納得するように頷く。

『私自身はヒソカに別段優しく接した気は無かったんだけれど……て、それはいいか……えっと、どうして優しくするのか、だっけ?』

…彼女はこんなにも表情が豊かだっただろうか。
…口調はいつも通りだし、ボクが今まで見過ごしていたのか?

確かに、こんなにもしっかりと彼女を意識して見たのは初めてかもしれない…。

「………」


そう、か。

ボクは彼女のことを特別と見ながらもあくまで商品として見ていた。

それが、さっきの彼女の言葉で根底から崩れた。…彼女を商品として見れなくなったんだ。

そうだと分かってしまえばもう不安ではなかった。


…ボクは彼女を好いてしまったんだ。

もしかしたら…甲板で見つけたときから既に好きだったのかもしれない。
それなのに、気づかない振りをし、嘘をつき…だから今こんなにも混乱した。

『私が優しくするのはね』
「いい」
『え?』
「答えなくていいよ。答えたところでキミの本心じゃないだろう?」
『良くわかったね…てバレバレだったか…。私が君に優しくしたと仮定して考えても、どうにも浮かばなくてね』

困ったように彼女は笑った。…そうだ、彼女はただ"普通に"ボクに接していただけだ。
普通に接されるなんて久しぶり過ぎて忘れていた。

『…ふふ』
「…なに」

彼女の不適な笑いに体が強ばる。今の会話の中に笑うことがあったか?

『いーや…ただ、ますますキミを連れ出したくなったよ』


_私と一緒に逃げないかい?ヒソカ_


…また、その瞳に思い出す。…彼女の瞳はどうしてこうにもボクを惹き付けるんだろうか。


一緒に逃げる……別にボクに拒む要素はない。

_一緒に逃げてくれるのなら君の生活は私が保証する_

それはつまり。もう今のように命からがら生きなくて良いということ。

_ただまぁ、贅沢な暮らしという訳にはいかないだろうけど…ここよりかは良い筈だ_

…確かに、ボクには贅沢な暮らしなんていらない。

_私と一緒に逃げないかい?ヒソカ_

……………。

ボクに拒む要素は何一つないのに…なのに、ボクは頷くことができない。

理由は分からない。

例えるなら…そう、急に大金をくれると言われたみたいだ。それも、その大金をボクは渇望している。加えて、大金を貰ったことによるデメリットもなにもない。…こんな旨い話に乗らない訳はないのに。

……

連れ出したしたいなら連れ出せば良いのに。

彼女の選択はボクには残酷だ。

だってボクは、自ら地獄を選んでしまうような人間だから。

彼女のような…綺麗なものはボクには毒にしかならないんだ。

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