碧に染まって
□偶然か必然か
2ページ/3ページ
___
__
それは誰かが図ったかのような偶然だった。
普段ならいつもと変わらず檻の中に女が居る筈だった。けど居ない。
一瞬自分を疑ったが直ぐにありえない、と考えを正す。
ボクはこの仕事に付いてからというもの"商品"を逃がすのはもちろん、傷一つ付けたことはない。
それは、ボクを嫌いであろうあの男がボクを雇い続ける理由でもある。
思った通り、ボクのせいではなかった。というか、本人が直々に言ってきた。
"遊んでたら壊れて使えなくなった。もう商品として扱えないから処分した"と。
あの男はさぞ楽しそうにボクに言う。ちょっとした挑発のつもりなのだろう。処分された女はボクに好意を持っていたみたいだから。"どうだ?悔しいか?"という気持ちなんだろう。
でも、そんなのボクには全く意味がない。
そもそも、女に好意を持たれていたのであってボクは持ってないし、そういうのは今さらだ。
他の監視員はどんなやり方なのかは知らないが、ボクは商品に安心感を与えることで監視をしている。
大抵の女は最初連れてこられたとき恐怖に怯えている。だから、ボクの言葉も耳にいれない。それでも優しい声をかけ、甘い言葉をかけ、やがて女はボクを恐怖の対象と見なくなる。
それだけだとまだたりない。
キミはボクの元に来ただけ運が良い、とか、他の監視員は暴力が絶えない、とか………そう言う言葉をさらにたす。
そうすることで女に"ボクの所にいる以上は安全"と思わせる。ボクはまだ子供であるのに加え、自分の見た目も理解している。だからそう思わせることは簡単だ。
中には何を言っても信じない者も居る。そういう時はひたすら敵意が無いことを示しながらただ、監視する。
ボクとしてはこっちのが楽だったりする。
暴力で黙らせ監視するよりも、こっちの方が良い。
でもそれも次から少なくなるだろう。
今回の件を機に、"高級品"……つまりは商品の中でも上位のものを監視することになった。
価値のある者はそれなりに教養もある。ものわかりも良い。頭が良い分計画的に逃げようとするかもしれないが、それは監視していればいいだけのこと。無理やり逃げようとされるより楽だ。
「……………」
とりあえず、その仕事は明日からだ。今日1日は甲板での監視。
甲板には穏やかな風が吹いていた。もうすぐ9月だからか少し肌寒い。
他の監視員は居ない。ボク一人だ。
一人の空間に浸りながらも仕事はこなす。
そして水面の不可思議な光をみつけた。
水面から発せられているよりかは、太陽の光をなにかが反射している様だった。
装飾品かアクセサリーの類いがどこからか流れ、浮いてるんだろうと予想を立てる。
それなら拾って換金したい。
「…………!」
けれど結果は違った。
その姿に一瞬息をのむ。この仕事上、色んな女を見てきた。その中にはそれなりのものもいた。けど、今水面に浮かぶ彼女はどれにも当てはまらない。
それくらい綺麗だった。
直ぐに彼女を引き上げる。他の奴等を呼ぼうかとも思ったが止めた。彼女の体は恐ろしく軽かった。だからボク一人でも引き上げられた。
甲板に横たわせその息を確認する。
『………』
「………」
生きていた。沈んでいたのなら水をのみ、息が止まっていてもおかしくないが、小さな吐息がする。
胸元に目をやる。そこには十字架があった。…光の正体はこれか。
見ればシスターのような格好をしている。聖職者関係なのかもしれない。
…服には所々赤い色がついていた。…血だ。けれど彼女に怪我はない。なら返り血?命からがら海に逃げ込んだ…?…ありえるな。
…ならボクは助けるべきじゃなかったのかもしれない。この船に乗った以上、もう自由はないんだから。
「ヒソカ、なにやってるんだ。まさかサボってるなんて言わな……!」
「……」
…ほら。こうなる。
振り返らずとも後ろにいる男が誰なのかは分かった。ボクの嫌いな男だ。他人の力を自分の力と思っているどうしようもないやつ。
…ま、そんなやつに従ってるボクも十分どうしようもないやつか。
「海に溺れもがいていたから助けた」
けど、少なくともボクはこいつより強い。同じどうしようもないやつでもボクの方が上だ。だからボクはこいつに嘘をついた。
「……いや助けたのは俺だ」
男は彼女の頬にそっと触れながら言った。
「俺が"溺れもがいていた"のを見つけ、俺が助けた。お前はなにもしていない。…可笑しいところはあるか?」
「…いや」
「そうだろう」
…ああ、"可笑しいところ"なんてどこにもない。
男がほくそ笑んだのを横目に、ボクの頬も上がっていた。
「ヒソカ、彼女を今日空いた牢に連れていけ」
ボクは彼女を運んだ。
___
______