碧に染まって

□掛けて解いて
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「おはよう愛しき姫よ」

『……』

そんな甘ったるい声で目が覚めた。しかし見えたのは王子ではなく、詐欺師。

『ああ…なんて目覚めの悪い光景だろう』
「はは、照れ隠しとは可愛いな」
『はは、そういう貴方こそ、これを照れ隠しと捕らえるなんてなかなか良い頭をお持ちで』

身体をゆっくりと起こす。そして改めてそいつを見る。例の男だった。

……本当、起きて早々見るとは最悪の目覚めだ。今日一日が暗くなった。

「………」
『おはよう、ヒソカ』
「…ああ。おはよう」

ヒソカは私の言葉を受け取ってから、にっこりとした笑みで返す。

…にっこりとした笑みで。

『ヒソカ、おはよう』
「………」

彼は返さなかった。ただ、にこやかで憂いも裏もない"作られた"笑みで返すだけ。

…違和感。

可笑しいな。昨日のヒソカとはまるで別人のようだ。それに…初めて会ったときの対応に近い。

この男の前だからか?それとも…この男が何かしたのか?

「今日はとても天気が良い。素晴らしい一日になりそうだ」
『あの、ヒソカに何かしました?』
「さぁ、俺は何もしてない…と言っても信じてはくれないだろうけど」

男はにっこりとした笑みで返してくる。その笑みは明らかに何か含みを持っていた。

クスリや調教…というよりかは洗脳…刷り込みの類いか…。何もしてない、と言うのは嘘では無さそうだ。
ただ、"物理的に"って意味だろうが。

『………で、朝から私に何の用です?』
「何の用も、貴女は捕まってる立場だ」
『ああ、確かに。快適すぎて忘れていました』
「ほう、それは良かった。…おい」

男は後ろの部下に声をかける。すると部下は何かを取り出し、牢の扉に近づいてきた。そして、

_カシャン

と錠を外した。

「出ろ」
『…これはどういう………あーいや、そうか』

私を出す理由なんて一つしかないな。

「相変わらず聡明なお方だ」
『聡明…。一つしかない答えを見つけたことを聡明とは言いませんよ』

こいつららしく言えば"出荷"、即ち私が商品として売られる日が今日という訳だ。

「………」

少し笑みが引きった顔に満足感を得た。

私は言われた通りに牢を出る。出ると、素早く手下の男に銃を向けられた。簡単な脅しだ。とりあえず腕は挙げておく。けれど、もう銃を向けられるのには耐性がある。別段恐怖は感じない。

「大した精神力だな」
『……』

男の隣に大人しく立っているヒソカを見やる。…男を睨んだりはしていなかった。

昨日と今日の間には夜がある。…私が寝ている間に何かあったのか。いや、何かあったんだろう。でなければこのヒソカの様子には納得できない。あの、この男が大嫌いなヒソカが笑顔で隣にいる訳がないのだ。

…折角ヒソカが自分の意思を示すようになってきたというのに…。

『ヒソカ』
「なんだい?」
『君がそっちを選択したのなら分かった。けれど、私の意志は変わらないよ』
「……そう、それで?」
『つまり、私が君と逃げることに揺るぎはない』
「はっはっは、堂々と逃げる宣言するとはな」

…今はヒソカと話してるんだから話に入ってくるなよ、と怒りは覚えつつも顔には出さない。

「…貴女を逃がしはしないよ」

すると男の顔が近づき唇に触れるか触れないかの所でリップ音を鳴らしてきた。

「……ああ、近くで見ると…ほんとに…美しい…」
『………………』

…き、気持ち悪っ!

心のなかでそう叫ぶ。触れてないのに口を洗剤で洗いたくなった。蕁麻疹のような症状が身体中に湧いて出ているようだった。というか本当に気持ち悪い。今になってヒソカが冗談で言っていたことも本当な気がしてきた。

「………貴女の瞳は、なんて綺麗なん」
「早くいかなくて良いのかい?」

ヒソカの声だ。

男の眉がピクリと動いた。少しの期待を込めてヒソカを見てみる…がやっぱり良い笑みを浮かべているだけだった。

「ああ、そうだった。…さ、まずはこっちに来てもらうよ」

男はヒソカを一度見てから歩き出した。同時に、背中に銃を強く押し当てられる。どうやら着いて歩けってことらしい。

振り向くが手下の男の肩でヒソカは見えなかった。…あぁ、まだヒソカと話したかったのに。

消化不良な感じだがこの場で何か出来ることもない。私は我慢すると決めたのだから。

仕方なく私は歩き出した。















「…………」

_ギリ

誰もいなくなった空間でヒソカの歯軋りだけが響いた。

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