碧に染まって

□気持ち
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「23億ジェニー!」

「23億5千万」

「6千!」

「8千!」

「24億ジェニー!」

袖から見える舞台には明らかに怯えている女性と、進行役なのかマイクを持ちうろうろしている男性。男性はペラペラと弾丸のように話している。

それと、会場からは飛び交う声。相当な人数が居るようだ。

てっきりもう買い取り手は大体決まっており、そこに売り込んで行くのかと思ったらどうやら違う。これは…オークション、だな。

「さぁ、24億ジェニーの他にはいらっしゃいませんか!?…では!24億ジェニーで落札です!!」

沸き上がる拍手。

それにしても…ジェニー、とはここでの通貨単位…でいいんだよな。確か、何かの本でも出てきたっけ。

ジェニー…1ジェニー日本円だといくらなんだろうか。わからないが、億の意味は多分私の知る意味と大差ないと思われる。

だとしたら24億……凄い金額だな。いや、人一人の値段と考えると安い、のか…?人の値段なんて私には解らない。

「ではこちらにサインを!」

進行役の男はどこからかバインダーを取り出し、それを誰かに渡す。渡された奴は丁度幕で見えなかった。…そのため、女性の顔がよく見える。

…酷い顔だな…。今、何か鋭利なものを渡したら直ぐに死んでしまいそうだ。全てに絶望した顔。生気のない顔。

「姫」

…こうやって呼ぶのは一人しか居ない。嫌だが振り替える。

……思ったより近い距離に男がいたため、少し下がる。

「腕を後ろに」
『後ろに?』
「一応、決まりだからな」

男が見せてきたのは手錠だった。
私が抵抗できないようにするためだろう。

…あの女性が落札されたということは、次は私だ。

正直素直に従うのはなんとも嫌な気分だが、仕方もないので腕を後ろにして手を寄せる。

『………っ…』
「…本当は貴女に手錠などつけたくないんだがね……だって、傷がついてしまうかも知れないだろう…?」

男が私の手首に触れた。そりゃあ手錠をするのだから多少触れるのは解る。

…だけど、そんなに手首を撫でるのは可笑しい。

男の指が私の手首から上へ伝っては降りていく。…どこかねっとりとした触り方に寒気がした。鳥肌が立った。気持ち悪。

_カシャン、と音が鳴り、後を引くように男の指が離れた。…詰めていた息をそっと吐き出す。

手錠を軽く引っ張ってみる。なかなかの強度だった。まず千切れないだろう。

「さぁさぁ!次はお待ちかね!シード様の商品でございます!」
「…では行こうか」
『………』

シード。それがこの男の名前か。そういえばここに来て初めて名前を知ったな。…知ったところで呼ぶ予定もないけれど。

男が前に進み、私はそれに続く。私の後ろには銃を持つスーツ男が続いた。

…光が燦々と照らす舞台。日光を連日浴びていない私からしたら通常以上に眩しい。思わず目を細めた。

『…………』

…先程の盛り上がりはどこへやら。水を打ったように会場は静まり返っていた。そのため私のヒールの音だけが響く。

進んでいくと奥の袖にも銃を持っているガードマンが居た。…その中には明らかな子供もいる。もう、殺しなれている光のない瞳だった。…ヒソカの方が全然ましだ、と思う。

男が止まったので私も止まる。そして客席を見る。

客は大体がスーツに身を包んでいたが、中にはドレスを着ている女性も居る。ただ、揃って同じなのは皆仮面をつけているということ。

それも、白や黒だけでなくリオのカーニバルのような仮面まである。サンバでも踊るのだろうか。

億なんて額をポンと出せるくらいだ。全員なんかしらのお偉いさんだろう。一応素顔は避けている、ということか。

「………」

それにしても、こうも静かだと緊張してしまう。只でさえこんな大勢の前に出ることなんて小学校の表彰くらいしかない。加えて慣れていないドレス。…今すぐ袖に戻りたい。

「ダウニー殿」

すると、男が進行役に声をかけた。進行役ははっとした顔になる。

「…おおっと、これは…!!長年進行を勤めてきた私でさえ黙ってしまいました!!なんということでしょう!!これは、今までのシード氏の商品の比ではない!!」

急に喋りだしたことに吃驚する。進行役は捲し立てるように会場に投げ掛ける。

すると、それによって会場がわっと沸いた。…凄まじい声量、語数に耳を塞ぎたくなる。けれど今手は使えないため、また目を潜めた。静かなのも嫌だけれどうるさいのも考えものだ。

「さっそく買取りに移りましょう!シード様、最低価格はいくらになさいます?」
「そうだな…」

最低価格。そんなのが決められるのか。…まぁ、そうか。でないと1000円位で人を買うことも可能になってしまう。

「50億ジェニー」
『……………は』

え、50億?

「さぁ!50億ジェニーから始まります!!」

そう思ったのは私だけではないらしい。男が提示した一瞬、会場に空白が生まれた。しかし、直ぐにどよめきが戻る。

「60億ジェニー!」
「62億!!」
「70億ジェニー!!」

…数字が彼方此方から投げられる。それも庶民の私が口にしたこともないような金額ばかり。

先程の女性が24億ジェニー…それに比べ、私は今85億ジェニー。一応、私の方が多くのお金を払う価値がついているらしい。
とはいっても嬉しくはない。金額が上がっていく度に、私の価値は下がっていく感覚がした。

「90億ジェニー!!」
『…………』

仮面越しでも解る人々の興奮しきった顔。荒い息。…人間の本性がよく表れてるなー、なんて思う。

私は買われたとして、何をさせられるだろうか。…想像して良い事がひとつもないのが分かった。

ほんと、こんなにも沢山の大人が居るのに良い大人は一人も居ない。私の運が悪いのか、この世界には悪い大人が多いのか。

「さぁ!200億ジェニーです!200億ジェニーの他にはいらっしゃいませんか!?………では200億ジェニーで落札でございます!!」

沸き上がる歓声…はなかった。仮面の人々はヒソヒソと話したり、隣のボディーガードに何か指示をしているみたいだった。…チラチラと私を見て。

……

………ああ、なるほど。

別にここで高い金を払って買う必要はないのか。後で買った本人と直接取引することも出来るし、盗んだり…も出来るのか。

「…ほぅ、これはこれは」

いつの間にか目の前に男性が居た。顔はマスクのためよく分からないが嫌に歯並びが良いのが目についた。体格は…そうだな、良いものを食べてそうな感じだ。

「ではこちらにサインを!」

男はマスク越しに舐めるように私を見ながら進行役の所へ向かっていく。…口許がニヤついていたのは気のせいだと思いたい。

『………』

…はぁ。と心でため息。

本当についてないな。全く。彼らと別れるだけでなく目が覚めたら囚われの身。そして現在進行形で売られそうになっている……というか、サインをしたらもう契約成立、売られたのか。

横目で見ると男が指をインクにつけているのが見えた。そして紙に押し付ける。

「このままお持ち帰りで?」
「ああ、そうさせてもらう。これ以上の品ももうないだろうからね」

男性がこちらを見て笑ったのが分かった。…私の肌はチキンもビックリなくらいに直立している。

「いやぁ、ほんと。言い値で売れた」
『………』
「あなたには感謝するよ」

横の男は私に向かってそう言う。私は特に見向きもしなかった。

「それじゃあ行こうか。私はドミナント、名前は?」
『………………ノアですが、』
「ノア……良い名だ」

言ってから言わなければ良かったと後悔。相手が名乗らないなら教える気は更々なかったが、名乗られてしまったのなら私のポリシー的に名乗りたくなってしまう。けれど、思ったよりも不快感が凄かった。
どうしてこうも違うのだろうと疑問の念さえ起きてくる。

…男性の腕がこちらに伸びる。どうやら私の顔にでも触れようとしているらしい。仰け反りたいが我慢する。

しかし触れる前に腕は引いた。

「…いや、家でゆっくり楽しむとしよう」

まったくもって嬉しくない。

男性は背を向き歩き出す。…横の男の視線が痛い。どうやら着いて歩けってことらしい。

仕方ないので足を動かす。

……そう言えば今日、ほとんど自分の思い通りに動けていない。仕方ない、で片付けてはいるが多少ストレスも溜まっている。さっきからイライラするのはそのせいか。

目線を真っ直ぐ、足を止めずに歩くが、客席を突っ切っているため客の仮面越しの視線からは逃れられない。

気にしない…と考えると余計に気にしてしまう。

私にモデルは無理だなぁ…となりたくもないが考えた。

「ん?」

急に男性が止まった。私も止まる。

「…君は」

瞬間。

_シャア と赤いものが吹き出した。

それは男性の首から綺麗なアーチを描いていた。

「ぁ…」

小さな呻き声と共に男性はどさり、と崩れ落ちる。

崩れ落ちたことによってその姿が見えた。



『…ヒソカ』


「…………やぁ」



ヒソカだった。


髪の毛に負けず劣らず全身を赤く染めたヒソカがナイフ片手に立っていた。



_きゃあああっ!


甲高い声と人々のざわめきが高まる。近くにいた客が足をもつれさせながら離れていく。反対にスーツの男らが銃を抜き出しヒソカに向けた。…ご丁寧に私には向けられていない。

「っどっから入ってきやがった!!外の見張りはどうした!?」

服に付いている血の量からして殺したんだろうな、と予想をたてる。

それにしても…なぜ、ヒソカがここに。

「ノア」
『!…………なに?』
「ボクはやっぱり君と逃げるよ…ううん、いや…ボクが、ノアと一緒に逃げたいんだ」

私は思わず目をぱちくりさせてしまった。

いや、逃げようと言ったのは紛れもない私だ。加えてヒソカが逃げるなら私も逃げると決めた。だからこそこうやってわざわざ捕まったいる訳だし…。

ヒソカが逃げようと言った。それは私の望んでいたことの筈なのに、なぜか面食らってしまった。


……そうか、あっさりしてるからだ。


今まで逃げようとする雰囲気を一切見せなかったヒソカが、ここに来て急にあっさりと変わったからだ。それも今朝は別人のようだったのに。

…私の知らないところで彼の心境の変化があったのか。

「…ノア、?」

私の反応に不安を覚えたのだろう。ヒソカが私の名前を呼んだ。

名前…名前…

……そういえばヒソカが私の名前を呼んだのは初めてだったな。

『ヒソカはどうして私と逃げたいんだい…?』

ふと、そう口にしてしまった。
……
いや…何を言ってるんだ私は。提案したのは私で、私がヒソカと逃げたいのに聞くのは可笑しいだろ。

咄嗟に違う言葉を出そうと口を開ける。

「ボクは」

声を出す前に開けたままで止める。ヒソカは私を見て言った。

「…ボクはノアの事が好きみたいなんだ」

『…!』

ドクン、と心臓が鳴った。

「だから…ノアの側にいたい」

ヒソカのどこか切なそうな顔は私の胸を締め付けるようだった。


………そうか。理解した。


あっさりしていたのは私だ。


いつの間にかこの会場の雰囲気に呑まれてしまっていたのは私だった。
ヒソカの方がよっぽど感情的だった。

理解すると、イライラしていた気持ちはすっと収まる。変わりに、私を好きだと言ったヒソカが愛しいという気持ちが沸き上がる。

ヒソカは、私が好きだから共に逃げると言った。男や、この仕事から逃れたい為ではなく。

…嬉しいのは仕方がない。

『ヒソカ』

_バン と銃声がした。ヒソカを囲っていた男の一人が耐えきれず発泡したものだった。

でもそんなのは見えていた。

そして私の腕の中には確かな温もりがある。

…私はヒソカを彼らに重ねてはいなかったが、ヒソカに彼らの空間を求めていた。

抱き締める、その感覚が私の心を満たしていた。

『そっか…そうだね。私もヒソカが好きだよ。さぁ、一緒に逃げようか』

私はヒソカにそっと呟いた。

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