碧に染まって

□お尋ね者
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少しだけベッドが揺れた。原因は私ではない。私は寝ている彼を見る。

「…ノア…?」
『おはよう』

今の時間的にはこんにちはだが、とりあえず起きたらおはようだ。

ヒソカの薄く開いた瞼が一気に開かれる。その顔は驚いていた。

『?どうかした』
「あ、…いや。そっか」

何か理解したのかヒソカはゆっくりと息を吐く。それから上半身を起こした。

『おはよう』
「…うん、おはよう」
『まだ、寝ててもいいんだよ?』
「いや、もう大丈夫」
『そう』

ヒソカの頭を撫でる。やっぱり、こうやって自由に触れられるってのはいいな。ヒソカもどこか気持ち良さそうに目を細めていた。

『さて、早速だけどお風呂に入ってらっしゃい。身体中血だらけでしょう』

明るくなってから見ると余計に凄い格好なのが分かる。顔は昨日拭いたとはいえ、身体中は血だらけ。通報されても言い訳のしようがない有り様だ。

「そうだね」

ヒソカも自分の姿を見て苦笑いした。

ヒソカはベッドから降りてお風呂場へと入っていく。

『タオルと着替えは中においてあるよ』
「分かった」

入る直前に呼び掛けるとヒソカは頷いた。

ガチャ、と扉が閉まる。

『………』

…良かった。ヒソカは至っていつも通りだ。表情も柔らかい。一晩寝たからか、感情が安定したようだ。

ヒソカの下に敷いていたタオルを回収する。そして畳んでゴミ箱へ。流石に血が付きすぎた。

…さて。私はベッドに座り意識を研ぎ澄ませる。

……うん、やっぱりまだ居るな。

この部屋の出入口の扉の前に人の気配を感じた。それも一人二人じゃない…五、六人…いや七人だな。離れた廊下にも居た。

なぜそこまで正確に分かるのか。それは自分も分からない。けれど、確実に居るのだった。

外の奴らに気づいたのはついさっきじゃない。私は一晩中起きていたのだが、丁度6時位にぞろぞろとやって来たのだ。

ヒソカが寝ている間にさっさと片付けてしまいたかったが、あちらの方が数は有利。私の隙を突いて万が一にでもヒソカを盾に取られたら終わりだ。

あそこの会場に居た人間は一人を除いて全員殺した。…気づいたら殺してしまった。だから、今廊下に居る奴等はあの時外に居た奴等だろう。

中の状況は見ている筈だ。あんな数の死体を見て、それを産み出したのがたった一人だと知れば当然警戒するだろう。だからこそ、私が寝ない…隙を見せない限りは襲ってこない。

私はヒソカが起きるまで一切の隙は作らなかった。これからも見せる気は更々ない。それはきっとあちらも悟っている。なら、何時私たちを襲うとするのか。

それはきっと。このホテルを出る時だ。

「ノア、出たよ」
『こっちにおいで。髪を拭いてあげよう』

新しいタオルを取り出しヒソカを手招きする。ヒソカは一瞬戸惑う顔を見せるが直ぐにこちらに来る。

ヒソカを私の前に座らせその髪に触れる。綺麗になったヒソカの髪はとても鮮やかだ。

「…ノア」
『んー?』
「ノア」
『なんだい?ヒソカ』
「……ううん。なんでも」
『そう』

ヒソカは私の名前を嬉しそうに呼ぶ。…なんて可愛らしいんだろう。ほんとに、極普通の子供の顔だった。

「…そういえば、この服はどうしたんだい?ノアの服もだけど」
『ここのホテルの人に用意してもらったんだ』

ホテルにはルームサービスという便利なものがある。ダメ元で頼んだら意外にも快く用意してくれた。届けてくれた人が私の機嫌を取ろうとしてたので、どうやら私の渡した宝石類が思ってたよりも価値のあるものだったらしい。

因みにその時はまだ6時前だったため、外の奴は居なかった。

…あの時一応、ここの部屋を誰かに尋ねられたとしても教えないで下さい、とは言ったんだけどな。…まぁ、仕方ないか。巻き込んでいるのはこっちだ。

『…と、大体乾いたかな』

ヒソカの髪に触れても湿り気は無かった。ふわふわとした感触。とても気持ちが良い。

…本当ならこのまま暫く触っていたいが我慢する。私の身支度は整っている。そしてヒソカも整った。なら、ここを出る準備は整ったということ。

『さて、ヒソカ』
「?……!」

私は口の前に人差し指を立てる。それからドアの前を指差す。それだけでヒソカは理解したようだ。さっしがよくて助かる。

『そろそろ行こうか』

言いながら私はしゃがみヒソカに背中に乗るように指図する。昨日もやったことなのでヒソカはすんなりと私の背中に乗った。

私がこう言ったことでドアの前の奴等も気を張っていることだろう。こんな中、素直に出ていく程私はバカではない。

幸いにここは二階だ。これくらいの高さなら多分降りても問題ない。

『朝食はどうしようか、ヒソカ何か食べたいものとかある?』

言いながらゆっくりと死角から窓を開ける。ここからでは気配はないが、もしかしたら下に待ち構えてるかもしれない。同じ高さなら確実に人が居るか分かるが、違うと確信とは言えなかった。

「ボクは…なんでもいいよ」
『なんでもいいが一番困るんだよヒソカくん』
「じゃあノアの好きなものかな」
『私の好きなものかぁ…そう言われると悩むな』

私は窓に足を掛ける。私を掴むヒソカの力が強くなった。

すっと外に飛び出す。そして着地。

……思っていた浮遊感も、着地の振動も痛みも無かった。足も折れてない。

この世界に来てから…生まれてから、やっぱり色々と能力が強化された気がする。それか、重力が少し違うのかもしれない。

直ぐに周りに気配がないか調べる。…ホテル入り口には多くの人数が居た。目の前には…三人。

認識すると同時に鎖を放つ。手応えはちゃんと三つ有ったので当たりだったようだ。

そのままホテルから離れる。

…暫くして、周りに奴等の気配…敵意のある気配がなくなった。感じるのは一般人の気配だけ。

ここなら大丈夫だろう、とヒソカを下ろす。

『…と、大丈夫かな。起きてそんなに経ってないのにごめんね』
「ううん。…こうなるのは予想ついてたから」

…なかなか、無縁な生活にするのは難しいか。というか、そもそもヒソカはこの状況を楽しんでいるようだった。…恐怖がないのは良いことだけど。

「…どうやったらそんなに速く走れるんだい?それに、気配だって。見えてないのに数まで分かってるみたいだった。ボクも何となくは分かるけど正確には分からない」

…流石はヒソカというか、よく私を見ているな、と思う。

『鍛え方次第だと思うけれど。私自身あそこまで速く走れるとは思っていなかったよ。気配は…なんとなくかな』
「なんとなくって…」
『そんな顔されても私だって分からないんだもの。さ!そんなことより朝食にしよう。の前に質屋…あー持ち物をお金と交換する機関…とかあったりするかな』

そもそもこの世界にそういう概念があるのか分からないので一応噛み砕いて説明する。

「あるよ」
『よかった。ならそこでこれらを売ってお金にしないとね』

私はヒソカにブレスレットやチョーカーを見せる。全て高そうな宝石が付いていた。勿論、先日私が着けていたものである。

「まだあったんだ」
『ふふふ、そこら辺の抜かりはないさ』

何をするにしても、まずはお金がないと。人を金で買うくらいだ。モノだってお金で買うだろう。ただ、ジェニーというお金がどんなものかは分からない。私の知るモノと大差ないと良いけれど。

『さ、案内して』

私が微笑むとヒソカは頷いた。

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