碧に染まって

□黒曜
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…失敗した。

『あー、困った困った』

そう笑顔で言うノアは、言葉とは逆に少しも困っていないように見える。いや、ボクの言ったような"都合のいい仕事"なんてまず無いから、ノアの働く場所が限りなく少なくなったのは事実なので困ったことには変わりない。
でも、ノアは楽しそうに雑誌をめくっては"あー、これも無理だよねぇ"などと笑っていた。そこには焦りも怒りもない。

『……ふふ』

ノアがボクを見て笑う。いつもの柔らかい笑みというよりかは、どこか黒い含みをもった笑みだった。

「…………」

………完全にバレてる。

"隠し事をしている"ことがばれるのはたいしたことじゃない。そもそも、ボクが隠し事をするのはノアにとっても今さらだろうし。

問題は、ノアが隠し事に興味を持ってしまったことだった。

ノアはボクが隠し事をしていると分かっていても、聞いてはこない。無理やり聞くのは好きじゃない、というのは知ってるがそれだけが理由じゃない。
基本的にボクに被害があるようなことじゃなければ聞かないのだ。…そもそも聞かないで被害のあるないを分かってしまうこと自体、隠しきれていない気もするけど。

でも、隠し事がノアに関係しているとしたら、ボクに被害がなくとも単純に彼女が気になるだろう。

『んー?ヒソカ、お出かけかな?』
「うん」
『そう、気を付けてね』

ノアの雰囲気になんだか居たたまれなくなったので外に出ることにした。だって、あんなにチラチラと含みのある笑みを向けられたら誰だって居ずらい。それが彼女なら尚更。

_ガチャン

後ろで扉の閉じる音がしてから一息吐く。思ったよりも大きなそれに、自分が緊張していたことを知る。

「………」

…それでも、ボクはノアを働かせる訳にはいかなかった。


家から少し離れた路地で左に曲がる。少し前までは使われていたのであろうビルに挟まれた路地は、光がなくどこか埃っぽい。ヨークシンシティは賑やかな明るい都市だが、裏はこういった所が多い。場所も、人も。

「わざわざ人気のないとこに自分から行くなんてバカとしか思えないねぇ!」

つけられているのはとっくに気づいていた。明らかに素人のつけ方に"いつもの"か、と振り向く。
しかし、少しだけ予想と違った。

「………ふーん、キミたちまた来たんだ」

そこには見たことのある男が三人いた。といっても見たのは昨日。こいつらは昨日ボクをつけていた奴等。襲いかかられたので返り討ちにした奴等だった。三人の顔にはボクの付けた傷がくっきり残っている。

「っはは!そりゃあな!こちとら昨日ボコられて素直に引っ込めるほど優しくねーんだよ!」
「ああ!テメーのお陰で身体中痛いったらありゃしねぇっ!」

別にボクの知ったことじゃない。そもそも最初に襲いかかってきたのは彼らだ。

「お前の泣く面見るまでしつこく付きまとってやるぜ!」

気持ち悪い笑みを浮かべて三人はお互いに顔を見やる。ほんと、弱い犬ほどよく吠える。

「っは、ビビって声もでねーか!?」

……面倒くさいなぁ、と思いながらも、今家に帰ることもできないし丁度いいか。少しだろうが気晴らしにはなるだろう。

「ボクがびびっているように見えるのかい?そんな不良品な目はボクが取ってあげるよ」
「!!、おっと待った!」

ボクがナイフを取り出すと焦ったように男が叫んだ。額には汗が浮かんでいる。

「このままやりあっても昨日の二の舞だろ?」
「へぇ、よくわかってるじゃないか。じゃあ何か作でもあるのかい?」

ま、こいつらが何かしてきた所で無駄だろうけど。

ボクの声で男たちはにやりと笑う。…………誰か、近づいてくる。一瞬、あの目が頭を過った。

「兄貴!宜しくお願いします!!」
「おう」

しかし、出てきたのは大柄な男だった。2mは無いだろうが180pは確実にある。
大柄な男はボクに近づくと舐めるように見てきた。獣のような目がボクを見下ろす。

ボクは少しだけテンションが下がった。…てっきりまた来たのかと思ったのに。

「おいおい!お前らこんなガキにやられたのか?情けねぇな」
「っ!あ、兄貴!いや、そいつ物凄く強くて」
「んなことは見りゃ分かる。…お前らの腕を疑ってる訳でもねーからな」

大柄な男は暫くボクを見てからやがて笑った。

「こいつらが世話になったな」
「別に。礼を言われるようなことはしてないよ」
「!っはは、まったくむかつくガキだな!!」
「キミに褒められても嬉しくないんだけど」
「褒めてねぇ……んとにムカつくな」

男の顔が険しいものになった。後ろの三人が兄貴と呼ぶくらいだ、三人よりかは強いのだろう。…最初から期待しないのはいけないか。

「ボクを殴れば気が張れるんじゃないかい?」
「ああ……そうするぜ!!」

男の拳が横から振り下ろされる。…その動作で分かってしまった。

「な!?…ほぅ、よく避けたじゃねーか」
「………残念だ」
「あ?」

ボクを子供だと舐めているとしても、あんなに隙のある拳の振り方は無いだろう。少しはやれると思ったのに、やっぱり期待はずれだったようだ。

「武器を使うまでもないと思ってね」
「っ!!舐めやがって…!」
「そういう台詞も飽きてるんだ」
「っぁ!!」
「「兄貴!!?」」

もう一度、バカの一つ覚えのように下ろされた拳を飛んで避け、そのまま頭に蹴りをくらわす。綺麗に倒れた。

「……っく、そがぁ!!」
「あ、兄貴!!」
「っ触んじゃねえ!」

男は壁を頼りにして立ち上がる。まだ、頭は回っているのだろう。目の焦点は合っていない。

「あ、兄貴…?」
「っくそ!!テメーらが女とヤれるっつーから手ぇかしてやったけどよ!こんな目に遭って…お前ら覚悟はできてんだろうな…!!」

……やっぱりこいつも彼女絡みで頼まれたのか。この三人が呼んだ時点で大体予想はついてたけど。

女、というのはノアのことで間違いない。

この三人は昨日、ボクを人質にしてノアを誘きだそうとして襲いかかってきたのだから。

「っすいません!あ、兄貴!!」
「…謝罪なんて意味ねーんだよ」
「っひ!あ、兄貴、う、腕下げて!!」
「あ!?」

「……うるさいな」

_シュ

と一振りすれば直ぐに静かになった。男四人は地に伏している。最初からそうしてればいいのに。

「……あ、」

ナイフを死体の服で拭こうとして気づく。自分の袖が血で濡れていた。

…どこかで服を調達してこないと。

血は落ちづらいし、落としたところでノアには気づかれる。

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