碧に染まって

□異端、異端
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その女は異端だった。

見た目もそうだが、雰囲気、態度が今までの女と明らかに違う。

今までのは怯えたり、絶望したり、あるいは怒ったり……その女はただ、どこかめんどくさそうだった。

護衛、なんてオレらの仕事じゃないしやりたくなかったけど、少し得した気分になる。
この女のような人間は多分、他には居ないから。

やがて、女は見るからに裕福そうな男に落札された。あの男は……確か名のある会社の社長。黒い話も多い。
男のにやけた表情とは逆に、女の顔は険しかった。

女が男に連れられて舞台から降りる。オレもその様を目で追う。

もう少しで女が会場から出る、というところで状況は一変した。

嗅ぎ慣れた血の匂いが会場に充満する。ここからだと人混みでよく見えないけど、誰かが殺しをしたらしい。

オレの仕事は護衛。この司会者の。

瞬時に司会者の男の前に出る。不本意だけど、守らないといけない。

人々が叫び声をあげて逃げ惑う。

「逃げたほうがいい」

オレは男に提案する。けれど、男の顔はオレを見ていない。

「いや、このままでいい」

どこか興奮している男は騒ぎの中心を見ていた。

困ったな。でも、依頼人の言うことは絶対。オレは今まで通り護衛をすればいいか。

そう思って一応針を準備する。

だから警戒はしてた。
油断なんてしてなかった。

なのに、

_そっか…そうだね。私もヒソカが好きだよ。さぁ、一緒に逃げようか。

さっきまで様々な音で溢れていたのに、急に女の声しか聞こえなくなった。

大して大きな声じゃないのに、静まり返った会場にそれは不気味なまでに響いた。

「………………………」

なにが、起こった…?

目に映る人々の動きが"完全に"止まっていた。後ろの司会者も例外じゃない。それも全員心臓に鎖が繋がっている。

頭が真っ白になった。殺気がないのが余計に恐怖感を煽った。

気づくと会場から抜け出していた。

「………っはぁ」

暫く走って、止まっていた呼吸を再開する。振り向くと会場は小さくなっていた。

落ち着くと、思い出す。

「…………」

あれは…念、だろう。
むしろ念しかありえない。

……誰、かは分かる。あの女だ。女の周りには人が居たから目視はしてないけど、あのときした声は女のもの。

鎖の繋がった奴は全員死んだんだろう。立ったまま血も出ないで目も開いたままだったが、死んでいるのは分かった。

……あれ。

そこまで状況を整理して、一つ疑問が湧いた。

じゃあなんでオレは逃げてこられた…?…鎖が繋がってなかったからだと思うけど……じゃあ、なんで繋がってなかった?

はっと、して周囲を確認する。

一つの可能性として、オレを何かに利用するためにわざと生かしたんじゃないか。と思ったが、これといった気配はない。

…追ってきてる訳じゃないのか。

なら、と体を確認する。

…いや、盗聴機や探知機の類いもない。

じゃあ"たまたま"オレだけ外したのか?……無くはないけど、そうだとも思えない。

「……」

とりあえず絶で気配を絶つ。今更な気もするけど。それから携帯を取り出す。

依頼人が死んだ以上。オレの仕事は終わっていた。

「……あ、父さん」
〈なんだ。まだ仕事中だろう〉
「それなんだけど、依頼人が死んだ」

少し間があって父さんはオレの言葉にため息を吐く。険しい顔が直ぐに想像できた。

〈死んだ、って〉
「依頼人だけじゃない。あそこの会場にいた全員殺された。それも同時に一瞬で。助かったのはオレだけだと思う」

あの女はオレより遥かに強い。ただの護衛にしては相手が悪かった。正直、オレはあのとき何をしても防げなかっただろう。

〈………念、か?〉
「うん。多分具現化系」
〈そうか…。そいつはまだ近くに居るのか?〉
「…うん。今丁度会場から飛び出てきた」

夜目に慣れた目で会場を見る。会場を見た外の警備が通報でもしたのか、警察がたくさん居た。その間をすり抜けて行く影が一つ……いや、背中に子供が乗っていた。オレと同じくらいの歳だ。

〈追えるか?〉
「分かった」

そこで通話を終える。直ぐに走り出す。

逃げた方向は分かるがあの足の速さだ。見失う可能性がある。

仕事が失敗してしまった以上、追跡は成功させないと。

「………」

…帰ったら父さんに怒られるかな。

まぁ、依頼人が死んだ以上、ゾルディック家に汚点が残ることはないだろうけど。記録がないし。

女の跡を追いながら、そんなことを考えた。

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