碧に染まって

□元通り
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「……ノアをどこに連れていった?」
「まぁ、そう怒るでない」

そう言われても自分の中の感情を押さえるのは難しい。それも彼女絡みなら尚更。

あんなにも混乱したノアを見たのは久しぶりだった。彼女もこの事態は予想外だったのだ。ノアは予想外のこととのなると隙が生まれる。さっきのボクの言葉に赤面して動揺していたのがいい証拠だ。

「シルバが戻らん以上、彼女に危害は及ばぬよ。ま、そもそも危害を与えるために連れ去った訳じゃなかろう」

安心せい。そう言ってこのジイさんは何事もなかったかのように歩き出す。

「信用できない」
「ふむ。まだ立場がわかっとらんようだな。おぬしには結局この状況を変えることはできんよ。ワシはあの女よりも強いぞ?」
「………」

分かってる。そんなの。結局ボクになにかが出来る訳じゃない。
一人で逃げることも、ノアを助けることも。盾にだってなれない。

そんなことはノアが目覚めない間に嫌というほど理解していた。

ボクは彼女に助けられてばかりだ。恩を一つも返せてない。そんなことを言えば彼女は"甘えることは罪じゃない"と言うだろう。むしろ、"私がヒソカを助けるのは当たり前のことなんだよ"とでも言いそうだ。そしてボクはまた彼女にのまれるのだろう。それさえも悪くないと思ってしまう。

そう言う意味では彼女はとても危険な人間だ。彼女はボクと対等である気なのだろうが、実際はそうじゃない。

………少し話がそれた。

とにかく、ここ二週間。ボクは自分の無力感を存分に味わっていた。

「ほれ、いい加減ついてこんか」
「………」

ゼノと名乗ったジイさんは既に数メートル先に居た。それさえもボクの心を刺激する。それを悟られないようにボクは歩き出す。

「随分と機嫌が悪いの。そんなにもあの女が大事か」
「………大事だよ」

それこそ、自分よりも、この世に存在する全てのものよりも。

「うむ。なら尚更信じてやるべきだな。彼女はワシには劣るが強いのは確かだ。出来ればこのまま戦いたくはないの。彼女の能力は厄介そうじゃ」
「…能力って鎖のことかい?」
「鎖もそうだが…そもそも彼女の系統が具現化系とも思えん。そこら辺彼女から聞いてないかの?」
「…………」
「ま、答えんか。おぬしの判断は正しい」

残念ながら、答えないんじゃない。
答えられない、が正しかった。


ノアもボクも、この鎖が"念"と呼ばれる"何か"であることしか知らない。

…対して、このジイさんはその"何か"を知ってるみたいだ。それも口ぶりからして、ジイさんも念を使える能力者だろう。

ノアは、能力者は少数だが自分以外にも居ると言っていた。一度対戦したこともあるらしい。でも、ノア自体も能力者を見たのはその二人だけだと言う。

因みに、
「そいつらに色々聞かなかったのか」
と聞いたら
『聞ける状況じゃなかったんだ。というか…あのとき私は正常じゃなかったから、そこまで頭が回らなかったんだけど』と言った。

念とはそれほど厄介なものなんだろう。ボク自身、ノアに念を向けられた時の言い表せない恐怖は忘れられない。同時に、強く惹かれた。

あれほどの力をもし自分が使えれば。
ボクは今みたいな感情を抱くことは無くなる。

「さ、入れ」
「………」

どうにかこのジイさんから聞き出せないものか。先天的なのか、それともなにか覚醒させるような方法があるのか。
あるとするならボクはそれを試したい。

ジイさんに連れてこられたのは広い部屋だった。それも、なにもないただ広いだけの部屋。天井も高い。

「…ここは?」
「トレーニングルームとでも言おうか。あまり使わんがの」

トレーニング、というわりにはそういった類いの器具はない。

「ボクをここにつれてきてどうする気かい?」
「おぬし、イルミとやりあったことがあるんだろ」
「やりあった、と言う程じゃないよ。彼は強いね、ゾルディックと聞いて納得した」
「そうだろうな」

今思い出しても彼は凄く良かった。何が、と聞かれたらその圧倒的な強さ。ノアには悪いけれど、この背中をかけ上がるぞくぞくとした感覚に嘘はつけない。

「………」
「それで、それがどうかしたのかい?」
「うむ。どれ程のもんかと思ってな」
「ああ…」

つまりはボクと戦おうというのか。

…ボクとしても丁度良い。何よりイライラしていたし、今は彼との戦闘を思い出して興奮していた。それらを全て吐き出してしまいたかった。

「いいよ。やろう」
「ゾルディックと知って恐れたりはせんのだな」
「恐怖はあるよ。でも、その恐怖もボクにとっては好都合なんだ。そもそも勝てるなんて思ってないからね」
「…恐ろしいガキじゃ」

ナイフを出し、構えているボクは笑っていた。そんなボクにジイさんは眉をひそめる。それも心地よかった。

これから傷つくであろう自分を想像し唇を舐める。あぁ、またノアに怒られることになりそうだ。その顔を想像し、震える手をそっとつつむ。勿論、ボクは笑っている。

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