碧に染まって

□価値
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当たり前と言ったらそうだが、私は一人で出歩くことを禁止されていた。また、用がない限り部屋に居なければならない。

狭苦しくはないけれど決して広くない部屋。その部屋のベッドの上で私は仰向けになる。

『………』

目を瞑れば鮮明に甦る映像。

「ノア」
『…イルミ。?』

気配を感じて目を開ければイルミが扉の前に居た。円をしていたから今回は驚かないで済んだ。

「なにしてるの」
『…仰向けになってる』
「それは見れば分かる。なんで寝てるの、まだ夜じゃないのに」

私は身体をゆっくり起こしイルミを見る。光のない真っ黒な瞳は私をじっと見ていた。

『……イルミ』
「なに?」

私はベッドから腰を上げイルミの方へ歩く。そして目の前に来てから膝を折る。変わらずイルミは私を見ていた。

イルミに手を伸ばして、途中で止める。

『…………なにやってんだ』

私は。

「…ノア?」

さっとイルミから離れてベッドに腰を戻す。今、私は何をしようとした。何を見ていた。

拳を強く握る。

目的があるだけでありがたいのに。
私は今…イルミに彼らを重ねた。それも意図的に、わざと。そして安心感を得ようとしていた。

イルミからしたら迷惑な話。私がイルミに触れるのは彼らを重ねていたから。…それはイルミに触れたいと思っている訳じゃない。最低だ。最低、だ。

それをイルミが知ったら…私は嫌われる。…嫌われるのは、怖い。

『……私はどれだけ欲深くなったんだろう』

偽造の愛でぬくもりを買おうなんて。
私の、嫌いな大人だ。

「…欲深いのはいけないの?」
『…え?』
「欲なんて、誰だって持ってるよ。それを隠す必要なんてあるの?」

イルミの言葉に目を丸くする。

「オレはそういうやつらをたくさん知ってる。けど、別に仕方ないと思うよ」

仕方ない、か。確かにそうやって諦めてしまうのが一番楽かもしれない。
でも、仕方ないで片付けてはいけないのだ。

『仕方ない、じゃダメなの』
「なんで?」
『好きだから』
「…は?」
『可笑しいよね。まだ会って数日で、しかも私は囚われの身なのに…いや、囚われてたのはヒソカの時もだけど……あぁ、理由がないって時点で重ねて見ているのか………いや、』

理由なら、一つ。

あの瞳だ。黒真珠のようなあの瞳。
凄く綺麗で、静かで。……彼らとはまた違った瞳。けれど…純粋な瞳。もう一度みたい。


『……………』

しかし、それと私の抱いている欲は別だ。私はただ……彼らに会いたいだけ。寂しいだけ。だからイルミに重ねて擬似的な温もりを得ようとした。
してはいけないことだと分かっているのに。イルミは好きなのに、重ねたらイルミを否定してしまうことになる。

「…オレのどこが好きなの?」

イルミが近づいてきて私に聞く。その顔は興味だった。

「……あいつのどこが好きなの?」
『あいつ……ってヒソカ?』

こくり、と頷くイルミ。こんなに質問してくるイルミは新鮮だ。

「…ヒソカがノアを好きなのは分かる。あれだけ固執して、盲目になるのも分かる。でも、ノアがそこまでヒソカに思い入れるのは分からない」

イルミは本当に疑問気に言う。

「オレより弱いし、ノアに守られてばかり。ヒソカとノアは家族じゃないんでしょ?なら、どこに価値があるの?」
『……価値、か』

私は既に死んでいる。なんとなく生きていて、生きていても仕方ないから死んだ。そして意識だけがまた生きてる。

…彼らと会っていなかったら私はまた死んでいた。そして…傷が治ってしまうことを知ったら絶望しただろう。
私という自我を消せる唯一の手段が無いのだから。

そうならなかったのは彼らが、目的を与えてくれたから。

無価値な私に価値を与えたのは彼らだ。

『…逆、かな。彼らは…ヒソカは私に価値を与えてくれる。温もりをくれた。好きだと言ってくれた。そして、今も私に生きる目的をくれている』
「……」

そう、再確認すると少しだけ温かくなった。私は彼らの為に生きている。愛しい彼らの為に。そう思うと誇らしい。

「……ねえ、オレはだめなの?」
『…、なに』

聞き返そうとしてその瞳を見た。

「オレは、価値をあげられないの?」

真っ黒な、けれど先程とは違って光がある。艶やかな、球体。見れた。

「ヒソカはよくてオレはだめなの?」
『……それは、嫉妬…?』
「嫉妬?」
『いや、負けず嫌いというか…違ってたらごめん、だけど。さっきからヒソカ、ヒソカって…』

元々ヒソカとイルミは街で喧嘩(?)をしていたようだし。年は同じくらい。イルミはヒソカを弱いと言っているが、ここまで気にしているのはヒソカに何かを見出だしているから。…好敵手というやつか…?

それで、一応イルミよりも強い私が肩入れしているヒソカに嫉妬している、のか…?

そう思うと、可愛らしく思える。

そっとイルミの頭を撫でる。もう、彼らを重ねてはいない。

『そっかーヒソカに嫉妬してるのか』
「…そうなの?」
『分からないの?』
「嫉妬とかしたことない」
『なるほど』

多分、同年代で自分と戦える者がヒソカで初めてなんだろう。
私に撫でられてイルミの瞳が少し細められる。

『そうだなぁ。確かにヒソカよりも君のほうが強いけれど、それはヒソカが戦い方をまだよく知らないから』
「え、ノアが教えたんじゃないの?」
『うん。本当は色々教えたかったんだけど…生憎と逃亡者だったからね。騒ぎ立てられなかったし』
「ふーん」
『それに、ヒソカが可愛かったから』
「………」

嘘をついて自分を押し込んでいた反動なのか、甘えるようになったヒソカが可愛かったのだ。戦いを教えるよりも、家事を教えたくなってしまった。

『私が戦い方を教えたのは少年たち』
「少年?…え、ヒソカの他にも居るの」

驚くイルミ。大分表情が分かりやすい。

『元々、ヒソカと会う前は教会に居たんだ。そこで出会った子供達には戦い方を教えているよ。…といっても、あの頃はまともな実践経験もなかったから素人の教え方だけどね』
「……それ、ヒソカは知ってるの?」
『教会で子供達と過ごしていたことは言ったよ。戦い方を教えた、とか、少年のことは言ってない』
「…そう」
『うん。戦い方だけじゃなくて、知識とか簡単な計算とか、遊びとか…彼らには色んな事を教えたよ』

もう、懐かしい。彼らと離れて時間的にはあまり経っていないのだが、随分と昔のことのように思える。
私はイルミの頭から手を離す。

『……ねぇ、イルミ。ゴミ…というか廃材とかが一面に広がってる場所って知ってる?』
「スラム街とか?」
『う、ん。そうなのかな』
「そんなのたくさんあるよ」
『そう、なんだ』

なかなか上手く情報はつかめないか。イルミならお仕事とかで色んな場所に行っていると思って聞いたが、何ヵ所もあるとなると特定は難しい。

「なんで?」
『私の居た教会っていうのがそんな場所にあるの』
「地名とか覚えてないの?」
『詳しくいうと長くなるのだけど…。私ね、最近まで教会から出たことがなかったんだ。それで出たときに見た景色がそれだった。その後運悪く念能力者に念で飛ばされて、気付いたときにはヒソカが居た。だから、手がかりはそれだけ』
「飛ばされたって」
『テレポート…瞬間移動ってやつかな。気づいたときは海の中だったから』
「それなら、具現化系か放出系か」

具現化系、放出系という言葉。具現化系というのは聞いたことがあるが、放出系は初めて聞いた。…何個か種類があるらしい。

そういえばまだゼノさんにこの説明はしてもらっていないな。次の時に聞いてみよう。

「他に覚えてることはないの?」
『景色的なものはそれだけ、かな。……でも、確か…蜜月関係がどうとか』
「………」
『イルミ?』

イルミの表情が少し変わった。もしかして知っているのだろうか。

「…いや、なんでもない」
『そう…?』

何か分かったのは察するが、言わないのだから私のこととは別件なのだろう。

『……ところで、さ』
「なに」
『イルミは何の用でここに?』

わざわざ尋ねてきたということは理由があるはずだ。ここまで話しといてなんだが、一体何の用だろう。

「…別に、鍛練が終わって暇だったから」
『え、じゃあ…用もないのに?』
「……父さんに様子は常に監察するように言われてたし」
『……そっか!』
「ちょ…なにすんの」

イルミの頭に手をのせ撫でる。指の間を通り抜ける艶やかな黒髪。ストレートなのだろう、癖は付かない。

『イルミ』
「……なに」
『見つけたらイルミにも会わせてあげるからね』
「少年ってやつ?」
『うん。きっと仲良くなれるだろうから』
「…………別にそういうのいらないんだけど」
『そう言わないの』

彼らとイルミが共に居る未来を想像して、頬が緩んだ。

ヒソカが居なくなって、初めてまともに笑ったかもしれない。

 

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