碧に染まって
□選択
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口で話したところで信じてもらえるか危ういし、戦い出したらそのうち見るだろう。なら先に見てもらった方がいい。
そう思い、小石に薄く周をして左腕に振り下ろす。
何かが擦った感覚。小石が触れた肌に線が入り、振り下ろしきった時には消えている。けれど血は2、3滴出ていた。その方がちゃんと切ったことを分かってもらえるだろう。そう思ってわざと"そう"切った。
痛みはない。私には痛覚がなかった。それは以前からも薄々気づいていたことだが、あの妙な心臓の高鳴り…傷が付いたときに感じていた嫌な鼓動もない。
あの嫌な感覚は…私の死の記憶。
コンロや焚き火に何も感じないし、火事のニュースを見ても特に思うことはない。…けれど、やはり軽くトラウマにはなっているらしい。いや、トラウマというより恐怖の対象か。
肌を炙る熱風。煙で染みる目。酸素の薄い空気。焼ける喉。…全部覚えている。忘れる方のが難しい。
だからこそ、自分が傷つくと、関連してそれを想像し、重ね、鼓動を鳴らした。………今はもう理解しているからか高鳴りは感じない。小さな傷だからかもしれないけれど。
『私は傷を負っても直ぐに治ってしまうんだ』
「………ああ。それであのときも」
恐らくヒソカが思い浮かべているのは、シルバさんと初めて対峙したときだろう。私の首が切られて…けれど切られていなかった。
ヒソカは驚いてはいるものの驚愕しているわけではない。…むしろどこか嬉しそうにも見える。
『傷がつかないんじゃ、ただ戦っても私が有利になってしまう。それに私には痛覚がないから、その面でも私の方がいくらか有利になってしまう。だったらルールを決めた方のがいいと思うんだ。……というか、その方がありがたい』
「…ボクはどちらでもいいよ。ノアと戦えるルールならね…」
どんなルールにしよう。と考える。戦い…か。
『……より多く地面に腰をついた方が負け。もしくは降参した方が負け』
「考えた割にはシンプルだね」
『あまり縛りすぎてもつまらなくなってしまうからね』
…考えてはいない。ただ、思い出していただけ。……こういう戦闘はそれ以来だ。
『あとは特に無し。武器も使用可。あくまでも勝敗は多く腰をついた数。そこを忘れなければいいかな』
「うん。わかった」
ヒソカが頷いたのを見て息を整える。
『……それじゃあ、3…2…1…始め』
私の言葉と同時にヒソカが向かってくる。その拳を受け止め、その重みに直ぐに受け流す。…子供のように軽くはない。ヒソカの拳を見ればオーラを纏っていた。念は隠さず使っていくらしい。
その方がありがたい。私は意識せずとも念を使ってしまうから。
またヒソカの拳を相手にしながら横腹に蹴りをする。ヒソカは認知していたのか防御。オーラを分散…流か。足を掴まれる前に下ろして素早く後ろに回って背中に蹴りを入れる。…少し効いた。流によって腹部にオーラを集中させていた分、背中は無防備。ヒソカが距離を取る。
「…クク、痛いなぁノア」
『その割には笑顔だけれど…』
手抜きはしない。けれど実践ではないから、本気にはならない。それはヒソカも同じだろう。これはあくまでゲーム。
今度は私から仕掛ける。ヒソカの拳を今度は流さず受け止める。そして拳を掴んで自分の方に引き寄せる。ヒソカのバランスが少しぶれた。そこに足を払うが、ヒソカは飛んで避ける。
お互い、攻めては引いて。仕掛けては避けて。けれどじゃれあいではなく、繰り返しながら隙を探りあっている。
…でもやっぱりそうそう見つかるものじゃない。
こうなると、普通にやっても隙は出ない。何かこちらからアクションを起こして隙を出させるしか…。
『!わ』
そう考えていたのが隙になってしまったらしい。急に背後から両肩を引っ張られる。しかし、不思議なことにヒソカは目の前にいた。ヒソカが引っ張った訳ではないのか。体勢を整えようとするがその引きは私の力以上。
『………』
私は仰向けに倒れた。
これは一体…。体は動かない訳じゃないが、何かが貼り付いているのか起き上がれない。
「くっくっ、捕まえた…」
青い空が赤に隠れる。ヒソカが笑いながら私に覆い被さった。自然とその清廉な肌に触れたいと思って腕が動かない。
『これはヒソカがやったの?』
「うん。見てみなよ」
言われて肩の辺りを見てみる。…オーラが"付いていた"。地面と私の肩を繋ぐように。接着剤みたいになっていた。
「伸縮自在の愛って言うんだ。付けるも剥がすもボクの思いのまま」
バンジーガム…確かにガムのようなオーラ。肩を少し離しても強い引きに戻されてしまうのからみて、バネ………いやゴムのような性質も持ち合わせているらしい。
それが付けるのも剥がすのも思い通り、か。凝を使わない限りは存在に気づかれないし…隙をついて相手に貼り付けられれば今みたいに動きを制限できる。
…性質変化…ということは変化系だろうか。
『…変化系?』
「うん」
変化系。念能力の六系統の内の一つ、オーラの性質や形状を変化させる系統。…なるほど、こんな使い方もあるのか、と感心した。ヒソカらしい。
「これでボクのリード」
ヒソカはさぞ嬉しそうに顔を歪める。
うむ、ヒソカに1点取られてしまった……というかこのバンジーガムをどうにかしない限り詰み、だな…。
バンジーガムをどうにかする方法。…無い訳じゃない。
『…それはどうかな』
私は少し笑って発動させる。
まず、鎖をヒソカの体に巻き付け固定する。それから枝分かれさせた別の鎖で肩についているバンジーガムを刺す。すると、肩に付いていたオーラが消えた。
ヒソカの目が開かれる。私の肩は軽くなる。その瞬間にヒソカに巻き付けた鎖を解き、くるり、と。ヒソカの位置と私の位置を入れ換える。
『これで私も一回。同点だ』
自由になった腕を動かしヒソカの頬に被さった髪を払う。
『私の鎖は刺すものを選べる。そして刺した部分のオーラを消すことが出来る。"部分"の判断は"部位"、と近いかな。私が把握できる範囲だけ…』
腕を刺せばその腕は機能しなくなり、目を刺せば視力を消せる。心臓を刺せば、心臓は停止する。
死神事件のタネは正にそれだった。
「…くっくっくっ…」
ヒソカは私の言葉を一通り聞くと喉を鳴らす。それは清々しいものではなく、鼓膜に張り付くようなねっとりとした笑い。
…ヒソカのオーラの質が変わる。まるで先程のバンジーガムのようだ。
『……えっと…ヒソカ?』
「ノア」
ヒソカの腕が伸びてくる。私が覆い被さった位じゃ大した拘束にならないのだろう。私自身も真面目に拘束している訳ではない。
「やっぱり…あなたは最高だ」
ヒソカの目は爛々と輝いていた。その瞳に魅せられる。その間に後頭部を押さえられ、そして寄せられる。ヒソカの目が段々と近くなる。
息がかかるほど近く、
_殺気。
背後から鋭い殺気を感じた。本能的に距離を取ろうとするが、それよりも早くヒソカに腕を捕まれ抱き込まれる。気づいたときには立ち上がらされ、ヒソカの胸に顔を押し付けられていた。
『………』
顔をヒソカから離し、背後へと向ける。その殺気の主を探る。
「…邪魔するなんて酷いじゃないか」
ヒソカはねっとりと相手に言う。
そこにいたのはイルミだった。