碧に染まって

□歯車
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足元には男が5人。女が1人。

男達は1人の女性に群がっていた。それはまるで餌に群がる獣のようだ。ハイエナ。もしくはごみ袋をつつくカラスといったところ。彼らはカラスほど利口ではないけれど。

円を広げ、念入りに確認する。……うん、遠くに1人いるがその他に人はいない。

もう一度下を確認する。…誰も私の方を気にする様子はない。私は天井の骨組みにしゃがむ。……さて、誰を生かそう。

一人一人観察して、それから定める。

彼にしよう。

決めると私は両手を下に向け、念じる。5人は心臓に一人は足に。

どさり、と崩れ落ちる音と同時に私は下へ飛び降りる。ふわり、と着地すると足に鎖を刺した男が顔をこちらに向けた。

『………』
「ひ……あ、……、あ…」

言葉を発せられないくらい恐怖を感じているらしい。私は気にせず距離を詰める。男は逃げようにも立ち上がれない。それは恐怖からではなくて、私が男の足を刺したから。

男の足は、もはやモノだ。ただ、くっついているだけに過ぎない。痛みも感覚もない。生命として何かが欠けてしまったから。私が失わせたから。

『番号は?』

私は男の目の前で膝を折り、座る。そして部屋の隅にある金庫を指差して言った。

「い、いちご…きゅ、に…」
『ありがとう』

立ち上がり金庫へと向かう。ダイヤルを1.5.9.2と動かすと開いた。なかには円盤のメモリーディスク。…あった。恐らくこれだろう。それを懐に入れる。

「っ、な、お、おい!」
『……』
「お、俺のあ、足が動かないんだ、」
『…ええ。貴方の足に鎖をさしたので』
「……お、お前は…いったい…」

顔面蒼白な男。唇まで真っ青だ。視線は世話しなく、動かなくなった仲間へと移ろっている。相変わらず傷口は無かった。

『人に名を尋ねるときは自分から名乗るものですよ』

私はまた男の前で膝を折る。男の動揺の目が私に向いた。

「お、俺は…ブラン、だ」
『私は、ハーネスと言います』
「そ、そうか……お前…あんたは殺し屋…なのか?」
『そうですよ』

今の私は仕事中。殺し屋から仕事をもらって殺しをして銀行にお金が振り込まれているのだから。

「…何故…俺は殺さない」
『一人は生かすように言われているので』
「…じゃあ、なんで、俺なんだ」

そう聞かれて少し悩む。確かに私は誰を生かすのがいいか選んだ。しかし、そこにはこれといって明確な理由も根拠もない。

『なんとなく…かな。強いて言えば、ここにいた人達の中で一番話せそうだと思ったからです』

女性に群がっていた中でもこの男はどこか遠巻きに見ていた。主観的ではなく、客観的に状況を眺めていた。

『金庫の番号を聞かなければならなかったですし、暴れられても困る』
「なるほど…な」

男もどこか思い当たる節があるらしい。自嘲じみた笑みを浮かべた。

「それで、早く俺を連れていかないのか?」
『お迎えが来るので…………来た』

出入口の方に目を向けると丁度スーツに身を包んだ方達が現れる。ゾルディック家の執事さんたちだ。

「お待たせして申し訳ありません」
『いえ』
「そちらの男で宜しいでしょうか、死神殿」
『は、い。…宜しくお願いします』

………まだ慣れないな。そう思い苦笑いを浮かべる。
数日前の事。急にシルバさんに「今後仕事をする際には名前を名乗るな」、と言われた。理由を聞いても教えてくれない。更には「仕事以外でも外で名前を聞かれたら偽名を名乗れ」、とも言われた。だからこそさっきも"ハーネス"なんて名乗った。

もう私はゾルディック家の完全な監視下でも内包されている訳でもない。流石に反論したが、何を言ってもシルバさんの首は縦に振れない。……理由もなしに名を名乗るな、なんてあんまりである。それも名乗るようなら拘束する、なんて……あんまりである。

…結局はイルミにもお願いされ、折れてしまったのだけど。…イルミを使うなんて、ずるいと思う。

まぁ、でも確かに、本名……本名を簡単に口にしてしまうのが良くないのは理解できる。殺し屋は人から恨まれる仕事だ。「これはノアのためでもあるんだよ」、イルミがそう言ったのは、もしかしたら私を心配してのことだったのかもしれない。

ただ、呼ばれる名前が"死神"というのはどうかと思う。それは仕事の時だけだとしても、死神…って。

「…し、……死神…………どうり、で…」

立てない男は執事たちに担がれる形になる。男は呟くように言った。

『……ちゃんと…とは言えませんが、一応人ですよ。鎌とか出せませんから。死神はただのあだ名です。源氏名みたいなものです』

そう言ってみるものの、男の顔は真っ青に染まり聞こえていないようだ。唇も震えて小さく開閉を繰り返している。

たまに、死神と名乗ると"こういう"者がいる。彼らは畏怖し、震え、怯える。何故だかは分からない。どうしてそんなに怖がるのか理由を尋ねても、死神だから、としか答えなかった。
…この世界では死神が相当恐れられているのか。もしくは本当に存在しているのか。…そうだとしても私はそんなに死神と似ているのか。なんとも複雑な心境だった。

「では死神殿。私共は先に屋敷の方へ戻ります」
『はい』

私の返事を聞き執事たちは男を担いでこの空間を出ていく。その際にも男はしきりに、死神、死神…と呻くように呟いていた。…本当に謎である。

『…そんなに私と死神って似てるかなぁ……そう思う?』
「やっぱり気づいてたんだ……♡」
『うん。君のオーラは…独特だから』

なんと形容するのがいいか考えて、独特、という言葉に落ち着いた。どこからともなく暗闇から姿を表したのはヒソカ。それもピエロのような格好のヒソカ。この姿のヒソカにもまだ慣れない。オーラは変わらないから余計に変な感じだ。

調べたときに遠くで感じた人のオーラ。あれはヒソカだった。だからヒソカが随分前からここにいることは知っていた。

『それで、ヒソカも見ていたんでしょう……私ってそんなに死神と似ているのかな』

似ているのだとしたら、ここの死神はどんな姿なんだろう。私の想像できる死神とは全く異なっている筈だ。…もしや前々から街を歩いているとたまに感じる視線は、このせいだったりしないだろうか…。

「ノアは本当に気づいてないんだね」
『気づいてない?……ということは、ヒソカは理由がわかるの?』

驚いてヒソカを見る。ヒソカの頬は上がっていた。…これは、分かるけど教えてくれない顔だ。

『…ヒソカ』
「そう不貞腐れないでよ。そんなノアも素敵だけど」
『…褒めたって無駄だからね』
「嘘じゃないのに」

相変わらずヒソカの言葉は甘い。…ほんと、知らない間にどれだけの女性を引っ掻けているんだろう。ヒソカの顔で甘い言葉を吐かれたら大概の女性は惚れるに違いない。

「…ノアは"お仕事"の時、いつも鎖を使うのかい?」
『大抵はそうかな。血が出ないから色々と都合がいい。痕跡も残らないからね』

むしろ、暗殺に特化した念だとも思ってしまう。

私の鎖には鎖としての能力はあまりない。

何かに巻き付けて引き寄せたり、鎖自体を振り回したり…そいうことが出来ない。

この鎖は点と点を結ぶ線だ。例えば私の手と相手の心臓を。私の手が始点で相手の心臓は終点。始点と終点を決めた瞬間に、ピン、と鎖が張る。そして、一度張ったら解くまで終点からずらすことは出来ない。

だから拘束した相手を縦横無尽に引きずり回したり、振り回したり…言わば鎖で拘束したところで、その場から相手を動かすことが出来ない。鎖として本末転倒である。

けれど殺しの道具としてはどうか。

始点と終点を決めれば一瞬で繋がる。つまり、一瞬で殺すことが出来る。それはどんなに離れていても……勿論、終点の場所を把握していなければ無理だが……一瞬で、瞬きの間に刺せる。終点との間にどんな障害物があっても、鎖には干渉しない。あくまで終点だけのオーラを消す。

使える場面は限られているし、使い勝手も悪い。何より多人数戦には不向きだ。全員の一瞬の心臓の位置なんて、なかなか把握できないのだから。相手が一人だとしても、難しい。あらかじめ行動を読んで、"数秒後のこの位置に心臓が来る"、と予想しなければならない。戦闘には向いていない。

けれど、暗殺なら逆。元々隠れて殺すのだから、こんなにいい能力は無いだろう。

「っくく、」
『………どうして笑ってるのかな』
「いや、ノアは本当に気づいてないんだと思ったら可笑しくて」
『…………』

その言い方は少しむっとなる。気づいていない私が悪いのだが煽らないでほしい。

「ノアはそういうところが鈍感だなぁ」
『…ヒソカくん?私にも怒りの感情というものが』
「じゃあ、ノア。死神って聞いて思い出すことはないのかい?」

言葉を遮られ口を閉じる。それからヒソカの言葉を考える。

思い出すこと?

……もしかして例の死神事件のことだろうか。ヒソカは当事者なのだからその可能性が高い。けれど今さらその出来事になにがある…………あ。

『………痕跡がないのがいけなかったのか』
「やっと気づいたかい?ノアが仕事をして痕跡のない死体があがる度に、裏では結構話題になってるんだよ。"死神"が動いてるって」
『……………』

ヒソカの言葉にため息を吐きたくなった。まさか自分から墓穴を掘っているとは…。

確かに、そもそも痕跡を残さないで人を殺すことは難しい。だからこそ、そんな死体が大量発生した事件があんなにも注目され、死神事件なんて大層な名前が付いた。そして、数年経って忘れられた頃にまた同じ死体が現れ始めた。…"死神"の再来とあらば、当時よりも注目される。

『…理由が分かったのにすっきりしない』
「こればかりはノアの自業自得だろう?」
『その通り』

だからこんなにも気が沈む。もう、今更あの件で追われることはないだろうと思っていた。それなのに。はぁ……なんてことだ。これで賞金でもかけられたらたまったものじゃない。

……?…あれ。じゃあ何故私は死神と名乗らされているんだ。
ゾルディックとしても、あまり目立ちたくはないだろうに。……いやむしろ逆なのか。死神、という戦力を持っていると、そう思わせたいのかもしれない。そうすることで、只でさえ恐れられているが、余計にゾルディック家に手を出す者はいなくなる。…………でも、そうだとするなら……イルミはどうして私の為だと言ったのか。言うなら、ゾルディック家の為、だろう。

……いくらここで考えたところで答えは出ない。

諦めて思考を止める。

『……ところで、ヒソカはどうしてここに?…わざわざその事を言いたくて来たの?』
「ボクはいつでもノアに会いたいんだ」
『それは嬉しいけれど、嘘をついたら意味がないよ』

私はヒソカに近づき目を合わせる。ヒソカの目が細められた。

「イルミに用があるんだ」
『イルミに?』
「そう。ノアはこれから戻るんだろう?ボクも一緒に行こうと思って」

今度こそヒソカは嘘をついていなかった。…用、ね。気にならなくもないが、私の入るところでもない。

『私と一緒ならゾルディックまで直通だものね』
「…そこまでお見通しだとは思わなかったよ」
『私を甘く見てはいけないよヒソカくん』

私はにこりと笑ってからヒソカの前を歩き出した。

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