碧に染まって
□澄んだ者
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クルタ族の村はとても穏やかだ。
それは人も、動物も。
私の手に乗っていた小鳥が、飛び立っていく。飛び立ってまた窓の枠に戻ってくる。…頭を指の腹で撫でれば心なしか気持ち良さそうに見えた。
てっきり、私は白い目で見られるだろうと思った。
なにせ、この村からしたら外の者だ。
それにクルタ族には緋の眼の事もある。昨日の老人…長老のような警戒をされると思っていた。
しかし、村人からはそんな雰囲気を一切感じなかった。初めこそ多少よそよそしい感じではあったが、直ぐに親切に接してくれた。……長老が私を"古くからの友人"として紹介したことが大きいのかもしれないが。
…精神的には確かに友人でもありえるかもしれないが、見た目は結構歳の差がある。
それでも村の人は信じている辺り、やはり長老はとても信頼されているのだろう。
「ノアさん!」
ここは一階の窓。外から誰かがこちらに寄ってくる。同時に小鳥は飛び立っていった。指の温もりに目をやって、それから前方へ視線を移す。
見覚えのある姿。服こそ違うが、あのときの女性、ブランの奥さんだった。
名前は確か……
『…オレンさん、?』
「!はい。夫が目を覚ましまして…あなた様にお礼を言いたいと」
『お礼なら昨日、貴女を含め村の方達にたくさんしてもらいましたよ』
「…その…夫は昨日まだ寝ていましたから…直接言いたいみたいで…。わざわざ申し訳ないのですが」
本当に申し訳なさそうな顔のオレンさん。……お礼なんていいんだけどな。あれは確かに彼を助けたが、そもそもの理由は自分があのままだと気持ち悪かったからだ。彼の為ではない。
それに彼の足は完全に私がやった。
加えて、私があの時選んでいなかったら全く逆の結果になっていた。
だから、私が何かしたというよりは本当に偶然。彼女にとって運が良かっただけ。私が礼を受ける筋合いはない。
……それでも少女を救えたのは良かったけれど。
『……分かりました。そこまで言われては私も断れません。…お礼をされに行く、というのは変な感じですが』
長老に一言残し、オレンさんの後に続いた。
ブランからは何回ありがとうと言われたのか分からない。それくらい感謝された。足のことを言っても彼は"命には変えられない"と言った。……そう言えば、大人に感謝されるなんて初めてかもしれない。
今まで大人=悪人だったからなぁ。元々そうであったのに、仕事のせいで余計拍車がかかっていた。…素直にまともな人は初めてだ。
「ノアおねえちゃん!」
『なに?』
「あのね!とっておきの場所があるの!」
少女…ブランとオレンさんの娘のプラムが私の手を引っ張る。…ブランにオレンにプラム…なんとなく三人とも美味しそうな名前だ。
『とっておきの場所?』
「うん!…あ、パパとママにも内緒だよ!おねえちゃんには教えてあげる!」
私の手を引っ張って嬉しそうに話すプラム。…怖いことがあったというのに、すっかり元気だった。その事に安心する。…トラウマにはならなかったらしい。鎖で血は出ないとはいえ、一応私はプラムの目の前で人を殺している。
………いや…もしかしたら、殺したとも思っていないのかもしれない。懲らしめた、やっつけた、くらいの認識なのかもしれない。この子は、死を知らない少女なのだから。
森の中に入り、暫く歩く。村からは結構離れた。…こんなところまで来て良いのか、と思うが、考えてみればクルタ族の領地はこの森全体なのかもしれないと思い直す。この不思議な植物の生えている限りは、多分問題ない。
やがて、開けた場所に出る。…目の前には花。一面の花畑だった。それも見たことのないもの。
「えへへ、きれいでしょ!」
『うん。…とっても綺麗だ』
人の手が入っていない、自然に出来た花畑。緑だけならククルーマウンテンにも山ほどあるが、花は…それも花畑なんて本当、久しぶりに見た。
プラムが私の手から離れ、花畑の中に入っていく。潜んでいた蝶が一斉に舞い始めた。その蝶に手を伸ばせば、指先に止まる。そして少しもしないうちに飛んでいった。
追いかけるように私も花畑に足を入れる。……踏まないようにと心がけても、密集していた数本は私の足の形に潰れた。…プラムの痕跡もある。……ああ、こういうところに目がいってしまうのがいけないのかもしれない。
プラムは楽しそうにくるくると回っていた。……知らない方が幸せというのはこういうことなのかもしれない。
「おねえちゃんも早くおいでよ!」
『…そうだね』
歩みを進めると思ったよりも広いことに驚く。日の当たる場所全てに花が咲いていた。
「…!あー!!」
プラムが急に声をあげる。そして花畑の端の方に走っていった。…方向を見て理由はなんとなく分かった。
この花畑には先客がいた。それはここに着く少し前から気づいていた。二人の先客。プラムが駆け寄って行ったのからして知り合いらしい。
「パイロ!クラピカ!」
「!なんだ、プラムだけだったんだ」
「てっきりジイサマたちかと…」
どちらも少年の声。村の子供だろう。
私とプラムが花畑に着いた瞬間に何故か身を隠した為、少し警戒していた。敵意はないから、こちらからは何もしなかった。
『こんにちは』
「!!」
「え、!?」
近づいて声をかければ酷く驚かれた。
少年、だった。どちらもクルタ族特有の民族衣装を着ている。一人は黒色、もう一人は金色の髪だった。…二人とも昨日は見かけなかったな……そもそも、子供はプラムしかいなかったか。
二人の綺麗な鳶色が丸くなり、私を捉える。
「……プラム、この人は?」
「ノアおねえちゃん!」
「ノアおねえちゃん…?」
「クルタ族…じゃないよね…?」
『うん。私はここの村の人間じゃないよ。君たちで言うところの"外"から来たんだ』
「「外!?」」
私が言えば二人は揃って叫ぶ。その純粋な反応に、少し懐かしさを覚えた。
「え、外…外って村の!?」
『私は長老さんの古い友人なんだ』
「長老…ってジジイの!?」
ジジイって…。私は苦笑いを浮かべる。二人ともミルキと同じくらいの歳だろうか。ミルキよりは幼いが、キルアよりはずっと歳上に見えた。
『二人はここで何をしているの?隠れてたみたいだけど』
「うっ!……」
隠れてた、そう指摘すれば二人の顔がひきつる。特に金髪の子が顕著だった。
「い、いや…その」
「………クラピカがジイサマの花瓶を割っちゃったんだ」
「っ!パイロ!」
「隠れてたのバレたんだから隠しても仕方ないだろ。……それに、この人村の人じゃないし…」
金髪の子をたしなめるように黒髪の子は言う。金髪の子は言葉を詰まらせた。
『へぇ…なるほど、長老さんの花瓶を』
「…、……」
「………ジイサマに言いつけるのか?」
言いつける、ということはまだ長老にはバレていないらしい。実際私が出ていく時も長老の様子は変わりなかった。
『どうして?』
私は首を傾げる。金髪の子は訝しげにこちらを見ていた。
「だって…ジイサマの友人、なんだろ」
『友人だからってなんでもかんでも伝える訳じゃない。私は長老の手下ではないからね。それに、君が言ったように私は村の人ではない』
君、と黒髪の子に眼を向ける。黒髪の子はきょとんとしていた。
『その花瓶が壊れたところで私に非はないし、君たちが怒られようが怒られまいが、私には関係ない』
言ってから二人の頭に手を乗せる。驚かれた。…二人とも柔らかい髪。撫でる度に、キラキラと太陽に反射していた。
『けれど……できるなら君たちが怒られる姿はあまり見たくない。だから言わないよ』
結局の所、私は子供の味方なのだった。良いことでも悪いことでも、子供である限りは手をかけたくなってしまう。
それはもうどうしようもない部分にこびりついていて、大人と接触する機会が増える度にその傾向は強くなる。
『私はノア。君たちは?』
手を下ろしてなるべく穏やかに問う。
「…クラピカ」
「ボクは、パイロ」
『クラピカにパイロね』
金髪がクラピカで黒髪がパイロだった。
「ねぇー!おねえちゃん!」
服を下から引っ張られた。ここには後プラムしかいないので見れば、拗ねたような顔をしていた。話に入れなくてずっと黙っていたからな。
『ああ。ごめん』
頭を撫でれば不機嫌顔が解れていく。