碧に染まって
□現影
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_…ノア。
微睡みの中で呼ばれ、ゆっくりと瞼を開ける。
「ノア」
『………あれ、イルミ』
視界にはイルミ。ベッドに腰をかけて、仰向けの私を上から見下ろしていた。垂れていた髪を彼の耳にかける。
それから上体を起こす。窓から差し込む光は少ない。…時計の針は5を指していた。朝ではあるが、早いな。
『おはよう。どうしたの、こんな朝早くに』
ここは私の家だ。…今更勝手に入ってきていることについて、何か言うつもりはない。初めてのことではないからな。それに、イルミだけでもない。
「……別に。仕事終わってなんとなく。この時間なら起きると思って」
『そう?』
イルミの手が伸びてきて私がしたように、髪を耳にかけられる。それが少しくすぐったい。思わず笑みが漏れる。
「ノア」
すると、更に腕が奥へ伸びて体を引き寄せられる。
『…イルミ、血の匂いがする』
イルミの体にはどこにも血はついていない。それなのに匂いがするのは、それだけ多人数だったのか。それとも本当についさっき終わったばかりなのか。
「ノアは柔軟剤の匂いがする。変えた?」
『え、よく分かったね。ラベンダーからフローラルになった』
変えたことに意味はない。柔軟剤が切れて買いに行ったら以前のが売っていなかった。それだけだった。
「へぇ、そう。オレはどっちでもいいけど」
『…聞いた割には興味が無いなぁ君は』
「ノアの方がいい匂いだから」
……え、それどういうこと。
とても気になるんだが。まさか私の体からなにか出てるんだろうか。それか、柔軟剤の匂いが体に染み付いたのかもしれない。
『……そう、ならイルミの血の匂いも消してあげよう』
私はイルミの背中に手を回し、更に深く抱き締める。
『ふふ。お花の香りにしてあげる』
「……ノア」
耳元で声がして思わず肩が跳ねる。吃驚した。低い声だった。…眠いのかもしれない。
『なに?』
「…なんでもない」
『そう。寝てもいいよ?』
「うん」
私がイルミの背中を擦れば、イルミは私の肩に顔を埋めた。
結局イルミが寝ることはなくそのまま暫くじっと抱き合っていた。
『……あのイルミ』
「………ん」
『いや、ん、じゃなくてもう7時だよ』
約二時間こうして抱き合っていた。……流石に離れる頃合いだろう。何より、仕事が終わって私の家に直行で来たなら、イルミはまだ家に帰っていないのだ。着替えだってした方がいい。ご飯だって。イルミには必要なのだから。
『帰らなくて大丈夫?』
「………帰る」
イルミの腕が離れていって温もりが失われる。…喪失感。なにせ二時間だからな。
それから立ち上がったと思ったら私の手を握っていた。私は首を傾げる。
「ノアも行くよ」
『え?』
「父さんに連れてくるように言われてるから」
『……それを早く言いなさい』
なんだ。じゃあここに来たのはその為だったのか。
『少し待ってて。着替える』
今は完全に寝間着だ。着替えようと立ち上がろうとして、立ち上がれなかった。というのも、足が床を離れていった。
『………えっと、?』
「このままでいいよ」
イルミが私を抱き抱えていた。
『よくはないよ。…それなりに長い付き合いだとしても礼儀というものが』
「そうじゃなくて、母さんにどうせ着せられるだろうから」
『ああ、なるほど。理解した』
その言葉で全てを察した。私の顔は苦いものになっているだろう。…着た服を頂けるのはありがたいのだが……正直、これ以上ドレスはいらない。ドレスのいるような場所にもいったことはない。
……というか、気分が沈む主な原因は試着の部分だ。
「ノアって他の女みたいに着飾ったりしないよね」
『…面倒なんだ。それに着飾るような場面もない』
社交場に出ることはまずないからな。…元々あまり化粧をする方でもない。それに今更イルミに対して着飾ったところで、という感じだ。ゾルディックやヒソカも同様。
『…イルミはそういう女性が好きなの?』
何となく聞いてみる。もしそうだとしたら少し意外だ。…意外、というのも可笑しいかもしれないが。…そもそもイルミの好む女性像が思い付かない。……嫌いな女性なら思い付くけれど。
「どうだろう。そもそも女とかあんまり興味ないから」
『……その答えはイルミらしい』
考えてみれば、イルミからそういった話は全く聞かない。……思春期はあっただろうが、異性の興味にはいかなかったらしい。
「でも、オレの好みか」
珍しく悩んでいる風だった。…考えたこともなかったんだろう。私は思案するイルミを下から覗く。……イルミも顔が整っている…それはまるで女性にも見える程。異性が自然と寄ってきそうなものだが。
『異性に声をかけられたりしたことないの?』
「あるけど」
『そこで恋が芽生えたり…はないか』
興味が無いのだから芽生える筈もない。
「あ、ノアのことは好きだよ。綺麗だから」
『………そ、…れは…ありがとう…』
素直な賛辞に思わずむず痒くなる。…ストレートだ…。あっさりと流れるように言われるとかえって羞恥心を擽られる。たまらずイルミから目を反らした。
「………」
『…………』
「……あ、そっか」
どこか納得したような声に顔をあげる。気づいた、という風にも取れた。
『………』
疑問を向けるが既にイルミは前を向いていた為、結局聞けることはなかった。