碧に染まって
□瞬いて瞬いて瞬いた
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一週間が経っていた。
命令とはいえ…そろそろ飽きてくる。
「………はぁ」
というのも何一つ求めているような事態にはなっていなかった。…いや、それが一番いいんだけど…何もないならこの時間は一体。
何杯目が分からないコーヒーを啜ってぼーっと外を眺める。
男、青年、少女、老婆……様々な人が太陽の下を行き来している。
携帯が壊れていたのが意図的であるのは分かったし、団長が言うように誰かに連絡を取ったのは間違いないと思う。
何事にも事態が公になるのは遅い方がいい。だからもし誰かに連絡を取ったなら、その"誰か"を見つけて始末しておく考えも分かる。
でも、だ。
捜す方にとってはなんとも骨の折れる作業だった。……携帯復元したはいいけど中身は案の定飛んでたし……はぁ、オレの苦労……コレクターに高く売れただけまだいいけど。
とにかく情報は0。なら自分で集めるしかない。いくらそういうのが得意だからって、何もない情報を探したところで何もない。
まったく団長も人使いが荒い。…というか、オレへの対応が雑な気がする。それだけ頼られてるのは嬉しいんだけど…。便利道具みたいになってないかオレ…。
「………今頃みんな何してるんだろう」
団長は相変わらずだとして…大きな仕事の後だからみんなそれなりに楽しんでいるに違いない。…オレもそっちに混ざりたかった。
コーヒーカップを持ち上げて傾けても中身は口に入ってこない。……空だった。
そろそろ場所を変えよう。いつまでもここに居たってなにも変わらない。そんな気がした。
立ち上がろうとして着信が入る。上げた腰を椅子に戻した。…団長からだった。
「なんにも無し」
どうだ、と聞かれて半分投げやりに答える。
「そもそもこの町に村を知ってる奴はいないし…外部からも特に。オレたち以外に誰かが来た痕跡もなし。……もう、帰っていい?引き続き調べるからさ」
正直な気持ちを述べる。流石に何週間も居る気にはなれない。…なによりこの町には娯楽のようなものが少ない。ネット環境も悪いし。暇だった。
窓から見えるのはスーパーに、ここと同じような喫茶店。地面にコンクリートはない。人もなんとも田舎くさい服装だった。
中に、一人だけ違う。
「………」
…あれ、着物って言うんだっけ。
ノブナガの着ているものとよく似た服装を見つける。派手ではないが、それなりに高そうなものだった。この町には似合わない。明らかに異質だった。
ゆっくりと視線を上げる。この時点で団長の声はとっくに聞こえなくなっていた。
金色…が。
瞬いて、目を見開く。
それはある記憶を想起させた。
灰色の世界に飛び込んできた金色。
一瞬で目を奪われた。衝撃を受けた。
さっきまで自分をなじってきた筈の奴等がまるで玩具の様に扱われて、興奮したのを覚えている。それはどんな映画より、ゲームより勝っている。
彼女は酷く綺麗な人だった。
そしてとても強かった。
彼女はノアと呼ばれていた。
けれどすぐに消えてしまった。
小さい頃の記憶は不安定だ。
それにオレが見たのはその一瞬だけだから…団長たちとは違って…彼女の顔も、声ももう覚えていない。
だからなのか、記憶の中の彼女はどんどん美化されていた。確実に確かなのは、名前と金色の髪と緑色の瞳。その特徴は多くはないが、いないわけでもない。
だから、髪が金色であるというだけで今オレの目に写っている彼女が"ノア"であるなんて……思うのは、現実的じゃない。それこそ今まで散々捜してきた彼女がこんなところに居るとは思えない。筈なのに。
この衝撃はなんだろう。あのときに似た興奮が沸き上がるのはどうしてだろう。思い描いていた、美化されている筈の彼女とこんなにも一致するのは、どうして
「………いた」
呟くと電話から聞こえていた声が静かになる。それから、やはりそうだったか、と聞こえた。
「いや、そうじゃない」
否定を口にすれば…どういうことだと言われる。オレは日差しに目を細める彼女を見る。……間違い、なかった。
「…彼女、」
ノアが居た。
そう言えば暫くの沈黙。
そして返事が一言だけ聞こえた。
"そうか"
電話の向こうで団長が笑っている気がした。