碧に染まって
□君を見た
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ぼんやりと意識が浮上する。
明るい風景に朝であると本能的に感じる。視界には真っ白なシーツ。…ベッドの上だ。それから視線をずらす。
目を開くとそこには男性がいた。
男性だと分かるのは少しはだけたシャツから見えた肌が、筋肉質であったから。
男性が私の隣で寝ていて、こちらをじっと見ていた。
まだはっきりとしてない視界で全体を眺める。
…なんだか懐かしい気がした。それに、その真っ黒な瞳と髪は彼を思い出す。
………そうか。
この人は大人になった彼だ。
…私の思い描いた通りである。可愛らしい顔。それでいて幼さのない瞳。整った顔。ああ、可愛く見えるのは大きな瞳のせいだろうか。
私はふわりと笑ってその頬に手を伸ばす。
触れると、少し、冷たかった。
…………… え ?
驚いて目を見開く。いや、冷たいのは分かる。冷たかったんだから。そうじゃない。違う、あれ。感触が。
「おはよう、ノア」
目の前の大人な彼が目を細めた。それから私の手に温かいものが重ねられる。彼の手だ。
その感触はあまりにもはっきりしていてまるで、現実みたいな。
『………』
……現実、だ。
私は男性に覆い被さる。予想してなかったのか手の間のその顔は驚いていた。
頭がよく、分からない。脳が混乱していた。現実、ということはつまり、この男性は私の隣で寝ていたんだ。ここは私の泊まっているホテルで間違いない。…いつの間に?夜中…いや、その前に私はいつここに、戻ってきた。
それにさっき彼だって。彼だって私は思った。え、それはつまり。どういうことだ。
考えながらぺたぺたと男性の顔に触れる。頬に、額に、首に、肩に。一つ一つ、形を確かめる。何度触れてもやはり現実だ。現実特有の感触だった。
「ノア」
呼ばれてそれから体を引き寄せられ、抱き締められる。背中に男性の手が回って、私の頭は胸板に付く。耳を付ければ心臓の音がした。簡単に折れた肘が両脇に行き場を無くして放られ、私は自分の手のひらを見つめる。
何度も何度も開いては閉じる。同じ作業をしていると頭がいくらか落ち着いてくる。
……そうだ。昨日、夜に町を歩いてて…それで男性と会った。その人だ。それで、この人は。
「夢じゃないよ」
その言葉に体が震えた。
頭に重さを感じて顔をあげる。
その瞳と目が合って心で呼んでいた。
一度折った肘に力を入れて、もう一度上体を起こして元の体勢に戻る。
黒を見つめて、息を整える。
鼓動がうるさい、動機がした。
小さく口を開いては閉じて、舌の上で何度もなぞる。
それから息を吸って、発声に移行する。
『………………………少、年……?』
小さく…掠れていた。
それはきっと寝起きだからじゃない。短い呼吸を繰り返す。ただ声を出しただけなのに息が上がっていた。
だって、もし私の答えが合っているならそれは
「ああ…そうだよ」
彼は少し驚いているようだった。
見開かれた目がゆっくりと元の形に戻る。そして彼の手が伸びてきて私の頬に触れた。温かい手。
「やっと見つけた」
彼は嬉しそうに笑った。
『………』
そう、なのか。
何かがストンと落ちる音がした。
疑問が消えて、何も理解はしていないのに、理解していた。
私は上体を起こして彼の腕を引く。すると彼も上体を起こした。頭が一つ入るか入らないか、それくらいの距離。
私はその距離を埋める。
彼の額にキスをした。
あの時みたいに。
『おはよう、クロロ少年』
上手く笑えただろうか。
彼の頭を押さえた手は震えていなかっただろうか。
「……うん。おはよう、ノア」
クロロ少年は少しだけ顔を歪めて、それから笑った。