碧に染まって

□正しいものを探している
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……ゆっくりと目を開けば見知った顔が飛び込んでくる。

その頬に手を伸ばせば包み込まれた。

『……おはよう、クロロ』
「おはよう、ノア」

クロロは柔らかい表情で応えてくれた。

私は上体を起こす。ソファーで寝かされていたらしい。

上体を起こして目の前を見るが他の皆はいない。けれど部屋にはいる。

振り替えれば居た。それも真っ赤な彼らと共に。

『……そのまま、なんだ』
「ああ」
『そう…』

私はソファーから立ち上がりその瞳たちに近づいていく。

一歩、一歩近づくほどに、輪郭がはっきりしてくる。その色に吸い込まれそうになる。

たくさんある内のひとつに手を伸ばす。……円柱の容器は水…とはまた違う液体で満たされ、その水中に二つの球が浮いていた。…月の裏側を見る前に、瞳の裏側を見るとは思わなかった。

……そっと容器に触れるが中身が反応するわけはない。

眼球は大人に近づくにつれ大きくなっていく。…ちらほらと見える他よりも小さな眼に、心臓がとくりと鳴った。

「ノア……もう、大丈夫なの?」

パクノダが心配そうに聞いてくる。

『うん。少し…驚いただけ。まさか君たちだとは夢にも思ってなかったから』

クロロから見せたいものが"眼"であると言われてもピンとこなかった。……そりゃあそうだろう。まさかこんなところで繋がるとは誰も思わない。

……ああ、だから……ここにアジトがあるのか。今更ながらに納得した。

『……そっか……みんな……死んじゃったのか…』

それは悲しい。悲しかった。彼らは死ぬような人間ではない。生き生きと、ちゃんと、生きていた。それが……たった二つの塊になってしまったなんて。

それに、たった一日だったとはいえ……パイロ、クラピカ、プラム……彼らと遊んだのは大切な思い出だ。

「ノア」
『?なに』

クロロに呼ばれ、私は振り替える。

「オレを憎んでるか?」

そう、クロロが言ったと同時に周りの彼らも少し肩を揺らした。

『……』

憎んでる、か。……そう聞くということはクロロは初めから知っていたんだろう。私がクルタ族と交遊があると。…知ってて私に眼を見せた。

『…怒るべき、なんだろうね』

怒るべきなんだろう。…だって彼らがしたことは"悪いこと"だ。"非人道的"ともいえる。でも、それは世間の目だ。

私は……。

『憎んでなんかいないよ』
「!」

言うとクロロ以外の全員が少なからず目を開いた。

『むしろ……無事で良かったとさえ思ってる』

私にとってクルタ族は……結局、仕事でしかなかった。クルタ族が死んでしまったのは悲しい……けれど、もし代わりに彼らが死んでいたら………考えただけで恐ろしい。

『眼を盗るのは……奪うのはいけないことだ。だけど、それは世間の価値観でしかない。……私の世界では君たちが重要なんだ。………つまり、私は君たちをひいきしてるんだよ』

それに、眼を盗ってはいけない、なんて決まり事はない。…欲しいものが偶々瞳であっただけ。瞳も、物も、命も、そこに区別なんかない。

『言ったでしょう。君たちは悪人ではない』

折っていた膝を伸ばし、彼らに言う。………結局のところ私は人間だ。好きなものはひいきしたくなるし、大切なもの以外はどうでもいいと思ってしまう。私は博愛主義者ではない。全の為に1を捨てられない。1のために全を殺すことができた。

……彼らは驚きを見せたあと訝しげに眉を寄せる。それは疑い、だった。……私の言葉を信じていないのだろう。

「…ノア。今の言葉に嘘偽りはないな」
『ないよ。嘘をついたところでメリットはないもの』
「そうか……」

…クロロまで難しい顔をしていた。…これは一体…なんとなく空気が違う。根本的に、何か……相違を感じる。先程から思ったような反応を彼らから得られていないからだろう。

「……団長…ノアはマジで言ってんのか」
「お前には分かるのかウボォーギン。ノアが嘘をついているのか」
「いや……わかんねぇけど」
『……あの、一体何の話?』

私が問えば、また何とも言えないような視線が私に向く。……一体、何だ。まるで私が何を言っているのか分からないみたいな…。

「……ノア。昨日のこと覚えてるか?」

唐突に聞かれたが直ぐに答える。

『それは勿論。流石に昨日のことは覚えてるよ』
「何があった?」
『何が……』

わざわざ聞く必要はない。何故なら私は彼らと共に居たのだから。……けれど、そう聞くってことはこの"妙な雰囲気"の原因がそこにあるのだろう。

『先ず起きて、それから街へ出て…そこでクルタ族の事件を知った。そしたらクロロから電話がかかってきて、この街に来た。飛行場からはクロロと歩いてアジトまで来て…そこで緋の眼を見た』
「その後は」
『え、その後?』

後は皆も知るところだろう、とアジトに着いた所で話を区切れば先を促された。………話すしかないのか。

『…その後………その…あと…』

あ れ。

私は脳をフル回転する。脳のあらゆる機関に検索をかけるが、何も……何も出てこない。つまり、何も覚えていない……?

……いや、そんな筈はないだろう。……だって、おはようと挨拶したのだから1日経っているのだ。…ずっと寝ていた?そうだとしてもどうして私は寝ることになったんだ。

考えて、考えて………急に探し当てた。

『……プリン食べて…話して…そのまま泊まった』
「………それ、結構前の話だろ」
「ノアがプリン食べたのって……再会したあのときだけだよね」

……そう、なんだけど。

『そうなんだけど……』

フィンクスとシャルナークの指摘に私は言葉を濁らせる。

そう、なのか?

『………私、昨日もプリン食べなかったっけ』
「……は?」

全員の顔が私を疑うものに早変わりした。中には"何言ってんのこいつ"、という顔もある。主にフェイタンだと言っておこう。

『ほら、皆でトランプして…その後フランクリンとシャルナークが買ってきてくれたご飯を皆で食べて…私はそこでプリンを食べて……実は味覚がないって話になって……その後も痛覚の話とか……で夜も遅くなっちゃったからそのまま泊まって……今日起きた』
「……だからそれはあの日の話だろ」

そう言われても、私にも訳が分からない。……どうして彼らが否定するのかわからなかった。

だって、確かに昨日、そうだった。私にはその記憶がある。……いや、むしろ私だけが可笑しいのか…?だってここまで皆が…揃って否定するのだから。
………しかし。

「……ノアは昨日、オレを殺そうとしたんだ」
『…………は、!?』

クロロの言葉に声をあげて驚いた。え、こ、殺そうとしたって。

『い、いやいやいやなんで…というかどうして』
「緋の眼を盗った怒り…だと思ってたんだが」
『!い、いくらなんでも……という言い方はあれだけど……。怒りはしても、殺す、なんて………私がするわけないだろう』

私にとって彼らは生きる意味だ、目的だ、私を必要としてくれる愛する者たちだ。なのに、自らそれを断ち切ろうなんて……。いやそんなご託云々なくても、私は彼らを殺したくない。例え、この中の誰か一人を殺さなければならない状況だとしても私には出来ない。
出来るわけがない。

「……まさかここで使うとはな」
『…クロロ?』
「パクノダ」
「ええ…」

クロロがパクノダを呼び、パクノダが私に近づいてくる。

『……えっと……』

何かしようとしてるんだろう。それも、この状況を打破できる"何か"だ。

「……大丈夫よ。ノアに危害を加えたりはしないから」
『う、うん』

真剣に言うパクノダにおずおずと頷く。まぁ、私に痛みは無いため本当に心配ない。

それからパクノダが私の肩に手を乗せた。

「あたしの質問に答えるだけでいい」
『……分かった』

パクノダの雰囲気が変化する。

「ノアは昨日…何をしたの?」
『…クロロに呼ばれてアジトに来て…緋の眼を見て、トランプをして、プリンを食べて…たくさん話して……泊まった』

何度も答えているので簡略形になってしまったが……これで、何か分かると言うのか。

…もしかしてパクノダは嘘発見機のようなことができるのか?技術だと疑わしいが……"念"だとするなら確実だ。それならクロロが頼んだのも分かる。皆がじっと結果を待つのも分かる。

「どうだ」
「……………、…無いわね」

パクノダの手が名残惜しそうに離れていく。それから私を見据える。

「…ノアの言っていることは本当だったわ」

パクノダは複雑な難しい顔をしていた。

「………嘘だろ」
「嘘じゃないわ」

フィンクスの言葉をパクノダが一蹴する。

「…ノアの記憶のどこにも…昨日のことが無かったの。代わりに、再会した日の記憶が入ってた。……辻褄もあってないのに……無理やりねじ込んだみたいだったわ」

無理やり……そう言われても私には分からない。

『…パクノダは人の記憶が読めるの?』
「!、ええ……どうしてって、流石に分かるわよね」

嘘発見機ならここまで深くは分からない。

「…私は人の心の奥底…その人が自分では思い出せないような記憶でさえ読み取れる。……だからノアの言っていることは本当。本当にノアに記憶はない。……あたしにも信じられないけど」

結局、私の記憶は正しかったらしい。…けれど、彼らの表情は誰一人晴れない。…これじゃあ根本的解決にはなってない気がする。

…私の記憶が正しかったら…それこそ訳が分からないものな…。

どうしたものか……と考えていると、お馴染みの振動を感じる。…それも長い。ポケットから取り出し、確認する。………非通知、だった。といっても私にかけてくる人は限られている。

『ごめん、電話……少し外に出てくるね』

どちらにせよ、この場で通話する訳にはいかない。私は断りを入れて一度アジトを出た。

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