碧に染まって

□愛愁
2ページ/2ページ


クラピカと窓の下で別れ、その背中が見えなくなってから私は自室に戻る。勿論、窓からだ。

…私も準備しないと。

といっても大した荷物はない。私が持ち歩くものは……財布と携帯、ハンカチくらいだった。

チェックアウトを済ませ飛行場へと向かう前に、私は山へ登る。

3日前見たときは夜中だった。だから、昼間に見ようと思った。ゾルディックの私船で行くため時間には余裕がある。


『………』

夜見たときとはまた印象が違う。

夜は、その暗さも相まってどこかおどろおどろしいというか……恐怖感をそそるような感じだった。けれど、今見ると………見えなかった爪痕がしっかりと分かる。現実味を帯びていた。

黒かった血痕は茶色く、焼けた家は更に黒く。

『……………』

長老の家へ入る。

…ここが私の一番馴染みのある場所。

他の建物よりかは損傷は少ない。代わりに、血痕が目立った。

壁に、床に、天井にさえ散った血痕をなぞる。……この軌跡からして…首だろうか。

タンスの横で斬られて、そのまま床に落ちた。……転がって、ここでとまった。

だとするなら壁の血は…別の者か。

何かがあるわけでもないのに一通り分析して、納得して立ち上がる。

『…………』

謝罪に来たわけではない。確かに彼らが死んだ原因が…私に無いとも言い切れないが…クロロたちのしたことを否定したくはない。

それに…あの時メールを見て直ぐに村に行ったとしても、私は……クロロたちの側に着いただろう。


長老の家を出て、私は目的の場所へ向かう。

山の森の間を進む。村から離れるほどに惨劇の跡は薄れていった。

そして、一面の花。

……あの日見た光景と何一つ変わっていなかった。ここまで被害は来なかったらしい。

目を閉じればプラムが駆けていく姿が浮かんだ。目を開いて私も花畑へと入っていく。

…ここは本当に綺麗だ。森の中にぽっかりと空いた穴のように、光が花を照らす。

蝶が数匹私の周りをくるくると回る。漂ってから何処かへと飛んでいく。

その方向を見れば彼がいた。

「こんなところがあったんだな」

彼…クロロは森の中から花畑へと入ってくる。それから私の隣まで歩いてきた。

これは夢じゃない。

『村の子に教えてもらったんだ』
「そうか」

私が答えればクロロは短く返す。

「オレが居たことに驚かないのか」
『気づいていたから』

そう、気づいていた。村に着いたときに誰か居ると。そして、それが知っているものだった。

クロロがこちらに気づいたのは、長老の家へ入った時だろうか。その辺りから私の跡を着けてくる感覚があった。

『それに犯人は現場に戻ってくるものだから』

冗談で、からかうように言う。クロロも面白半分に肩をすくめた。

『ここで何をしていたの』
「ノアを探してた」
『私?』

返ってきた答えに目を丸くする。

「ノアがここに居た痕跡を辿ってた」
『ああ……そういうこと』

意味を理解して私は納得する。今さら確認するのは、私がここに居たと確証が取れたからだろうか。…理由はわからないけれど。

『何かあった?』
「いや……なかった」
『そう』

その言葉はある程度予想していた。
私はそもそもこの村自体にはそれほど関わっていない。関わったのは長老くらいだ。後はプラムの家族と子供二人……でも知り合い、のような感じだった。

「ノアは何しにここへ?」

私が聞いたのだからクロロも聞いてくるだろう。私は少し言葉の選択を迷い、決定する。

『私も…私の跡を辿っていたよ』

私がここに来た目的。謝罪や感傷の為ではない。

『どうしても分からなくて…私がクロロを殺そうとした理由が』

ずっと考えていた。私に記憶はないが…彼らが言う以上それは事実である筈だった。それに…私の脳は信用できない。そもそも教会に居たときも己が死んでいることを忘れていたんだから。

クロロを殺す理由があるとするなら…クルタ族関連であることは予想がつく。だからこうやって、訪れて、何か自分の記憶を、心を揺さぶるものがないか試していた。

『クルタ族と関わりがあった…とは言ってもほんの1日だけなんだ。長期的に付き合いがあったのは長老だけ』

だから、分からない。……こう考えている脳さえ信用できない。理由が分からないと……今までの記憶さえ疑わしくなってくる。

「ノア」

考えていたらクロロに呼ばれる。彼の方を見れば目の前が真っ暗になる。お陰で考えていたこともすっ飛んでいった。

『わ………クロロ?』

急に抱き締めてきた。…最近多いな、抱き締められること。それだけ甘えたいってことなんだろうか。…私は大歓迎だが、もし…何かがクロロにあったのだとするならそれは大歓迎とも言えない。

『…どうしたの?』

少し心配げに尋ねる。

「何でもない。ただ……ノアを見ていると手にいれたくなるんだ」
『"手に"、って私はそこまで小さくないよ。それに今君がしているのは"腕に"、だ』

胸の中から抗議すればクロロは目を丸くしたあと笑う。

「そうだな」
『!ちょっ……と……』

クロロの体重が私にかかってくる、支えようと思うがバランスが崩れた。そのまま体が傾いて、倒れる。

ふわ、と何かの綿毛が舞った。花の種子だろう。

思ったより衝撃が少ないのはクロロが軽減してくれたから。私の頭の下にクロロの腕があった。……クロロが原因なので感謝は言わないが、自分から倒しておいて私を気遣うのはどこか可笑しい。

『いきなり何をするの』
「倒したくなったんだ」
『…その衝動は肯定しづらいな』

倒したくなった、て。…欲望に忠実なのはいいが、にしてももっと違う欲があるだろう。

呆れながら、射し込んできた光に目を細める。それから光の元を見上げる。

青い空。快晴だった。

『……夜に来ればよかった』

私は思ったことを呟く。それは目と鼻の先にいるクロロにも聞こえた。

「どうして?」
『だって、星が見えるから』

ここはククルーマウンテン程高くはないがそれなりの標高だ。加えて空気も澄んでいる。近隣にビルや住宅街もない。星がよく見える。

『…………』

いつか

「『いつか、星を見に行こうね』」

って言ったの覚えてる?…そう聞こうとして口は中途半端な位置に止まる。

私の顔は驚きを表しているだろう。

「覚えてるよ。まだ、オレとノアだけだったときにオレが、"ノアと一緒に星を見た夢"の話をしたんだ。そしたら、ノアがそう言った」

詳細に言われて驚きは徐々に落ち着いてくる。

『……あの時は、また大人になって会えるとは思わなかった』
「オレは会えると思ってたよ」
『そっか』

クロロは何もかもお見通しの様に私の望んだ答えをくれる。それは、クロロ…少年と私が出会ったことが運命であるように思わせてくれる。

…そう思えば、前世も必要な過去だったのかもしれない。過去があって、今の私があるのだから。

死ぬ前も必要な人生だった。

「………」
『………』

何となく見つめあって、私は上体を起こす。

「そろそろ時間か」
『え?』
「今日この街を出るんだろ」
『……どうして知ってるの?』

クロロの聞き方は確信のあるものだった。決めつけでも、予想でもない。

……ゾルディックの私船は一般の飛行船に紛れて停船している。だからクロロが気づいた…というのは考えづらい。しかし、一般の飛行船でない為どこかデータ上に私の記録が残っている訳でもない。何をもって、そう確信付けられたのか。

「ノアのことが好きだから」

そう、用意していたもののようにあっさりとした答えに私は目を丸くする。目を丸くしてから呆れを滲ませて笑う。

『クロロ。…それは根拠かもしれないけれど理合とは遠いよ』

けれど、"誤魔化し"の様にも見えないから…好きというのも理由の一つなんだろう。ただ、それだけで片付けるには足りない。

それでも、好き…というのは大きい。

未だに寝転んでいるクロロを見る。クロロも私を見ていた。

私はクロロに覆い被さる。クロロは少しだけ開眼した後ゆっくりと目を細める。

それからクロロとの距離をゼロにした。

「………ノア、?」
『クロロを見ていたらキスしたくなったの』

私は笑ってそれから立ち上がる。

『私も好きだよ、クロロ。……それじゃあそろそろ行くね』

そう言い残して私はクロロの隣を去って、花畑から離れる。……少し歩いて、花は私たちの形に潰れているんだろうなぁ、と何となく思う。それでも…明日には跡形もなく消えている。

『………ごめん、クロロ』

私は最後の花を摘み取ることが出来ない。何れ…毒をつけるかもしれない。捕まえる、が殺すになるのは簡単なことだから。…それでも後戻りは出来ない。

『………もしもし。はい…ゴトーさん。遅くなってすみません。……はい、もう少しで着きます』

私は少し深呼吸する。

『…少し質問なんですが、飛行船の近くに怪しい人物とか居ましたか』

あからさま過ぎるかもしれない。…けれど相手は運良くゴトーさんだ。後で釘を差せば問題ない。

『はい………そうですか。ありがとうございます』

_一人、飛行船をじろじろと見回っている男がおり、気になったので後を着けたところ殺されていました。

『………』

通話を切り、私は前を向く。

偶然、にも見える。殺されていた…のだから飛行船で逃げようとしていた、とも思える。その為に飛行船を見回っていた。けれど、これは。

私は口をきゅっと結び、走る速さを上げた。










「………ノア」

クロロは未だに花の上に乗っかりながら空を見上げる。正確には、彼女の顔があった場所を見ていた。

それから額に触れる。

額に触れて、目を覆う。瞼の裏には彼女しか映っていなかった。

「…好きだ」

どうしようもなく溢れだしたように、クロロは言葉を吐いた。


前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ