碧に染まって
□嘘
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夜。今夜は星も月も雲に隠れていた。
忍び込むには最適だろう。
静かな暗闇にはその微かな足音さえ聞こえる。
足跡はベッドの隣で止まる。
髪に触れる。するり、と指を通り抜けていった。
「…可愛い」
……ぴくり、と体を揺らしてしまった。
そのせいで私の髪を透いていた手が止まる
「………」
『………』
バレた……か?嫌な汗をかきそうになる。唾を飲みそうになる。それを耐える。
「……本当に可愛い」
『…………』
「美しい…どうしてこんなに綺麗なんだろう」
『………………』
「愛し」
『っ、わかった!わかったから!もうギブです!こうさん!』
パッと起き上がり両手を上げる。残念ながら耐えられなかった。というか、完全に気づいてるだろ。
「空寝なんてひどいじゃないか」
『あの状況でどうやって起きろと?』
というか笑いすぎだと思うのだけど。
クロロは私を見て笑う。それも堪えようとしないのがなんかこう……こう。
『いいから笑いを納めて』
「そう怒らないでよノア」
『怒ってない。呆れているの』
「…そういうところが可愛いのに」
クロロの呟きは聞こえていたが無視した。…はぁ、全く。寝た振りなんて簡単だと思っていたが…こう来るとはな。
私はクラピカと離れているときは常に円をしている。それは勿論寝ているときも。正確には寝ていない。私の体には疲労という概念がない。最近は特に。だから寝なくても大丈夫な体になっていた。
しかし、それを知っているのは私だけ。だから寝た振りをしていたのに。
『それで随分と遅い時間に何の用かなクロロくん』
「オレが来ると分かっていたから起きてたんだろう」
『そうだね。そういうことにしておこう』
残念ながらクロロが来ることは予想していなかった。…嘘をつくようだが…これはまだ易しい方だ。……これから先、クラピカの敵がクロロたちである以上たくさんの嘘を……重ねていくことになる。
_ノアがトランプ以外で嘘をついたことは無いから
…………。
ズキリ、と何かが軋んだ。
『プライバシーの侵害という言葉を私は教えなかったかな』
「他人の私生活や情報を勝手に広めたりすること、だろ。オレは広めてない。一人で楽しんでたよ」
『…それはもはや別の問題だ』
分かっていたとはいえ頭を押さえる。……どうしてこうも、彼らは越えてはいけないラインを簡単に越えるのか。
『これはお返しするよ』
残り一つの四角いものをクロロに渡す…正確には返す。
クロロはその塊を少し見つめた後、私に視点を変える。
「それにしてもよく気づいたな」
『君の行動を振り返ってみなさい』
そう言われると分かっていたのかクロロはどこ吹く風だ。…小さな頃はあんなにも純粋無垢だったのに。成長は嬉しいが、最近舐められているような気がしてならない。まぁ、実際見た目の年齢は彼らのが上なのだけど。
「気づいたのもそうだけど、よく取り出せたな。自分で取ったのか?」
『ううん。知識はあっても技術はないもの。知り合いに頼んだ』
「知り合いって?」
…明らかに誘導している。分かりやすいくらいに。だから私も誘導される気はない。
『知り合いは知り合いだよ。……クロロに教えることは出来ない。相手の許可もとらずに教えたらプライバシーの侵害だからね』
今度は当てはまるだろう。クロロの表情が意を突かれたようになる。それはどこか楽しそうに見えた。
「そう返してくるか」
『私に誘導尋問なんて数百年早いよクロロ』
「数百年後にはオレは死んでる」
『ああ、確かに。…君は死んでいる』
私は死なないけれど。
その言葉は仕舞った。
『だけど、私より先に死ぬのは許さない』
「ああ。ノアより先には死なない。ノアも……死ぬことは赦さない」
『うん。赦さない』
「何がなんでも生きないとな」
そうだね、と、お互い微笑みあって手を重ねる。
「………」
『………』
あの時と同じはずなのに、こんなにも異なっていた。