碧に染まって

□警戒
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びゅう、と風が私を吹き上げる。

空は暗闇。けれど下には星が広がっていた。

「!!…ひっ…や、…やめろ…っ」
『なら分かりますね』
「あ、ああ!わかった、っわかったから!殺さないでくれ!」

ビルの屋上で良い大人と二人。

元々は一階で向き合っていた筈なのだが、いつの間にか屋上になっていた。

てっきり何か策でもあるのかと思いきや、ただ逃げてきただけらしい。そして屋上まで来てしまっては逃げる場所ももう空しかない。けれど、空は暗闇。下の星空に飛び込んだところで、自身がその一員になるのは確定だ。

「三階の資料室にある!鍵は社長室だ」
『……嘘偽りは?』
「ないっ!!」
『そうですか』

私は男に近づいていく。男は後ずさる。けれど後ずさる空間はもうない。

「お、おい!!教えただろ!」
『……』
「っぐ!?」

私は男の首を掴みそのまま後ろに倒れさせる。それにより男の上半身は地のない空中にさらされることになった。

「うっ、うわあ!!あ、あ」
『暴れると落ちますよ』
「や、やめろ!!は、話が違うだろ!!」
『だって嘘ついてるじゃないですか』

男の頬がひきつる。分かりやすい反応だった。

「嘘じゃない!!なんなら確認してくれ!」
『………』
「お、おいやめろ……やめろって!!」

私は男の首から手を離す。人の頭は重い。男の体が空中へ傾く。

「っ最上階いい!!最上階の俺の机のおお!!」
『中……?』

私は男の首を掴み直す。…汗が凄いな。滑らないように少し力を込める。

「!っそう、だ……そこに…入って……」

男は気が抜けたのか、それともまだ理解が出来てないのか、放心したように言う。

男を屋上へと戻す。

『ありがとうございます』
「、……っ…………!くそ…」

お礼を言うと、男は一歩一歩出口へと向かう。


『何してるんだ私』


私は咄嗟に男に鎖を刺す。男はどさり、と重い音を立てて崩れた。

それを見て私は眉を寄せる

……今、私は逃がそうとしたのか?

仕事の内容に生存者はいない。

まだ、"男"が"少年"なら分かる。

けれど男は男だ。一般的な中年男性だ。…私の本能に引っ掛かることもない。

違和感…。それもこの感覚は初めてではなかった。
_____

『ということがありまして…他にも力の加減が効かなかったり…どうにも最近可笑しくて』
「…事情は分かったが、それでどうしてわざわざワシのところに来るんだ」
『ゼノさんは私の身体についてよく分かっていると思いまして』

いつものように仕事をこなし、いつものように報告をした後。私はゼノさんの元を尋ねた。理由は上記の通り。

クロロには聞けない。
聞いた結果…きっと、パクノダの念を使うことになる。そうなればクラピカのことが知れてしまう。パクノダがどこまで相手の心を読めるのかは分からないが、警戒しておくに越したことはない。

ただの相談ならヒソカやイルミでもいい。けれど原因を追求するには今までの私の変化を知っている人物の方がよかった。…それに試したいこともある。

そうなるとゼノさん以外に適任はいない。

『それと、時々意識が途切れるんです』
「意識、とな」
『はい。正確には"記憶が無くなっている"が正しいんですけど』

症状は仕事のとき、それと何故かクラピカと居るときに頻繁に現れる。

だから原因はあるはずだ。

まず考えたのは私自身に問題がある、ということ。つまり、認知症やら記憶障害やらになってしまっている可能性。
けれど、ある程度発祥する場面が限られている為可能性は低い。それに、計算力やら記憶力自体に低下はない。

次に外的要因。何者かによる攻撃を受けている可能性。仕事の時に意識が飛びやすいため可能性はある。だが、そうなるとクラピカの時が分からない。

最後に、念だ。
私は自身の能力を把握しきれていない。鎖は急に使えるようになった。だから、まだ私の知らない何かがあるのかもしれない。
念には制約と誓約がある。その条件が記憶なのだとしたら、あり得る話だった。…だとしても仕事と、クラピカと居るとき限定というのは些か疑問だけれど。

『それで考えたんですが…ゼノさん、模擬戦をしてくれませんか?』
「模擬戦…確かに実際に同じ状況にした方が早いだろうな」
『ええ。…宜しいですか?』

もし、断られたならヒソカかイルミに頼むしかない。けれど……出来ればしたくない。

「ああ、構わん。久しぶりにおぬしの腕も見れるしの」
『!ありがとうございます』

ゼノさんは悩むこともなくそう答えた。ほっと胸を撫で下ろす。

「それに、わざわざワシを尋ねたのはそれが本命だろう」

…どうやら分かっていたらしい。それとも私が分かりやすすぎたのか。
つまりは、図星だった。

…私には以前、クロロを殺そうとした実績がある。

その記憶は今もない。またそうなる可能性は十分にある。また傷つける可能性があった。

だから最近はクラピカとの組手も控えていた。…クラピカは残念がっていたけど。

勿論、ゼノさんなら傷ついてもいい、なんて考えではない。けれど、私はゼノさんがどれだけ強いか知っている。私なんて遠く及ばない。

「おぬし加減が効かなくなる、とも言ったな」
『はい』
「それはそうだろうな。以前見たときよりも廛が厚くなっとる」

…え

咄嗟に己の体を見る。凝をしてみれば体に纏う白いもやが見えてくる。…しかし厚くなったか、と言われるとわからなかった。

『厚さに変化は無いように見えるんですが』
「濃度が明らかに濃くなっとる。堅に近いほどにな」

濃度…確かにそう言われると濃くなっているような…。…なってるのか?

正直に分からないが、ゼノさんが言うのだから正しいのだろう。

「ま、なんにせよ。おぬしはいつも通りで構わん」
『はい。手は抜きません。ゼノさんに蹴りの一つでも入れられるように頑張ります』

何より、本気でやらなければ試す意味がない。ゼノさんの言葉にそう返し、私は距離を取る。

対して、ゼノさんは苦い顔をする。

『…あの、…。あ、もしかしてまだ戦闘に入るには早かったですか?』
「……いや。相変わらずで安心しただけじゃよ」

相変わらず。その意を考えるが答えは出てこない。

そんな私を見てか、ゼノさんは深く息を吐いた。

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