碧に染まって
□波打つ水面
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「ノア様。本日も有り難う御座いました」
音を立てることなく私の目の前にはティーカップが置かれる。見上げればゴトーさんがにっこりと微笑んでいた。
『いえ、毎度のことですが礼を言われる立場ではないですよ私は』
むしろ私からしたらこういったおもてなしに対して礼を言いたい。
「そんなことはありません!私たち執事にとって、週一回のノア様の稽古は至極の時間で御座いますから」
『し、至極…ですか』
「はい」
満面の笑みで頷かれるとこちらもそれ以上は言えない。…他の執事さんまで頷いているのは何故だろう。
定例の稽古を終え、お庭にてお茶を嗜む。……どこかの貴族の気分だ。
私には疲労感は無い。味覚もないが、これは執事さん達の感謝の気持ち……なので有り難く受け取らせて頂いている。
『……温かい』
紅茶の柔らかな温かさが口に広がる。味はないが美味しい、と感じる。
『ゴトーさんが淹れてくださったんですか』
「はい。恐れながら」
『美味しいです。とても』
元々私は珈琲より紅茶派だった。
熱々の珈琲も美味しいが、人肌の温かい紅茶が好きだった。
「………」
『あの…?』
「いえ、お気になさらず。…少し失礼致します」
何故かゴトーさんは早口に言うと影へと潜んでしまった。……私、何かしてしまっただろうか。ゴトーさん口を押さえていたし。
「ゴトーのことはお気になさらないで結構ですよ」
『はぁ……』
ゴトーさんと入れ替わるように女性の執事さんが横に立つ。…この人は。
『…スフィナさん?』
「!は、はい」
『ああいえ。名前の確認です。以前私の帯を結んで下さった方ですよね』
今となっては懐かしい。もう帯も一人で結べるため、誰かにやってもらったのはあの一回だけだった。
スフィナさんは驚きを隠さない。
「お、覚えていて下さってたんですか!」
『記憶力には自信があるんです。それに印象的でしたから』
あのときの華麗な手捌き。今思い出しても圧倒される。流石に私も無理だ。
「お………お嬢っ!!なんというお言葉」
『…お嬢?』
「い、いえ!失礼致しました!!」
スフィナさんは謝罪と共に腰を90度に折り、それから起き上がり私を見る。私も彼女を見る。………?何故かスフィナさんの顔がどんどん赤くなる。
『…スフィナさん』
「は、はい!なんで…!」
私は椅子から立ち上がりゆっくりと彼女の頬に手を添える。それから額に添える。
『お仕事が大変なのは承知していますが…無理は駄目ですよ』
「………」
『顔が赤いです。それに体温も極めて高い』
私は熱には敏感だ。だからこそ分かる。これは熱だ。
『今すぐ休息を………て、あれ』
「……」
『スフィナさん…?』
様子が可笑しい。スフィナさんの目が回っている。
『!だ、大丈夫で』
「失礼致します!!」
流石に私も焦る。どうしようかと思っていると勢いよく他の執事さんが寄ってくる。
『は、い?』
「スフィナを回収致します!!」
『え、あの』
「失礼しました!!」
それからスフィナさんをまるで米俵のように肩に担ぐとそのまま去っていってしまった。
『………』
えっと……。
とりあえず、うん。大丈夫、なんだろう。
ならいいか。と再び腰を椅子へ戻す。
紅茶を一口、それから日差しに目を細める。……何故か周りで物音がしたが、振り返っても何もない。そこにいるのは執事さんたちだけなのでまぁ問題はないだろう。
それよりも、だ。
『………』
「……………!」
気づいたらしい。その顔を木に隠してしまった。
…子供。それもまだ小さい。小学校1年生くらいだろうか。
恐らく、だが。
『カルトくん…かな?』
「!」
ピクリ、と反応した。……この感じはなんだか懐かしいな。
話はキルアから聞いていた。ゾルディック家の五番目の子供…。シルバさんたちは一切私に話していない。…まぁ、いちいち私に報告する必要は無いものな。
そのうち仕事を共にするなら分かるが、今のところ殆ど一人かイルミとだ。
だからキルア同様、ゾルディック家としては私と会う必要がない子供。……けれどこうして向こうから来てくれたら拒否は出来ない。
私は一歩一歩木へと近づく。
そしてあっさりとその姿を見据えられた。……襲いかかっては来なかったな。
『こんにちは』
「……」
『カルトくん、であってるかな』
「………」
静かに頷くカルトくん。…警戒は思ったよりも少ない。どうやら私のことは知っているらしい。大人が言うとは思えないから…キルアにでも聞いたんだろうか。
『折角だから一緒にお茶を飲もう』
「………」
『嫌かな』
「……ううん」
『そう、ありがとう』
私は軽く頭を撫でる。カルトくんは分かりやすく目を開いた。それからはっとして私を見上げる。
「あ、あの…ノア!」
『……やっぱり私のことは知ってるんだ。何かな、カルトくん』
「あ……その。名前の確認、です」
カルトくんは目線をさ迷わせながら答える。……初めましてなのだから戸惑うのは仕方ないか。
私はカルトくんが着いてきているのを確認しながら先程の席に着く。それからカルトくんに手をさしのべる。
「……?」
『……えっと、後ろ向いてくれるかな』
「は、はい」
理解して無い様だったので手順を変える。
疑問を浮かべながらカルトくんは私に背を向ける。……背を向けられる、てことはやはり警戒はあまりされていない。そのことを再確認してそっと息をつく。
それからカルトくんの両脇を掴み体を持ち上げる。
「っわ!?」
『、と』
そして私の膝へと着地した。
『すみません。カルトくんにも飲み物を』
「かしこまりました」
執事さんは微笑んでお辞儀する。それから手際よく指示を出していた。
「っノア、なに、これ…?」
『何って……正式名称は生憎と分からないけど、言うならば"私の膝の上"かな』
「ノアの、膝の上…」
椅子が一つしかなかったのでこういった対応をしたのだが……思ったよりもいい反応。
「……兄さんの言ってた通りだ」
『兄さんってキルア?』
こくり、とカルトくんは頷く。やはり予想は当たっていた。それからカルトくんは何かを思い出すようにして話す。
「"ノアはキラキラしてて温かくてふわふわしてる"」
『…………それ、キルアが言ったの』
「うん」
『……』
直接言われた訳でもないのになんともむず痒い。温かいはまだしも、キラキラふわふわって……。
「っ……、…?」
カルトくんの頭に手を乗せる。少しだけ肩が跳ねる。…カルトくんの髪はさらさらしている。イルミやミルキと良く似ていた。
上を向いたカルトくんと目が合う。微笑めばさっと反らされてしまった。
『ふふ……カルトくんも将来は絶対美人になるね』
「……そう?」
『うん。絶対』
カルトくんの顔をそっと覗き見る。…どこか嬉しそうだった。キルアとはまた違った反応だ。