碧に染まって

□構築
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炎が消えたことで部屋に暗闇が訪れる。だが、それもほんの数分。

数分経てば嫌でも目は慣れる。

改めて周囲を見渡した。…うん、体自体は動くらしい。動かなかった首がするすると動く。

椅子から立ち上がる。…違和感。ああ、これか。

腕と脚に付けられた枷、鎖。それらは椅子としっかり結び付いていた。

『っ!……とと』

けれど以前ほどの効力はない。力を入れて引っ張れば簡単にプツリと切れた。切れた鎖が私の四肢から垂れ下がる。流石に枷は引っ張っても取れないが椅子からの拘束からは逃れられた。

『………なるほど』

思えば鎖はここからきていたんだなぁ、と今更納得した。

……さて。出口はどこか。

四角い立方体のような部屋には椅子と、未だに真っ暗な映像だけ。…ここか。壁の"ある"部分に触れる。

瞬間、ぱっと暗闇が晴れた。変わりに目を刺す刺激。思わず目を細めた。

『………』

気がつくと広い広い場所に立っていた。先程まで私が居たはずの部屋らしきものは影も形もない。

地は真っ白で空は綺麗な緑。

その中で緑じゃないものが一人…いや、私も入れたら二人か。

金色の髪。純白の肌。清廉な顔立ち。
そして、澄んだ青色の瞳。

「開けたのね」
『…』

彼女は寂しそうに、けれどどこか嬉しそうだった。

『全部、思い出した』
「でしょうね」
『……ここは?』
「あなたの中…かな。私も仕組みとかは分からないの」
『…まぁ、精神世界と言ったところか』

それも、一応私の精神世界。…なるほど確かに薄っぺらな空。

彼女が一歩ずつ近づいてくる。
…彼女はやっぱり私とよく似ていた。"ノア"としての私に。初めて会ったときはあまりよく見えなかったが、今ははっきり見える。

唯一違うのは瞳。彼女は青色。そして地の白に反射して映る私の瞳は黄色だった。琥珀とも違う金に近い色。…黒ではないらしい。この体だからかもしれない。

『……それで、どうして私をここに?…貴女はここに?』
「……謝らなければならないことがあるの」

謝らなければならないこと。それを聞いて予想がたつ。

『それは、"貴女の愛する人はもう死んでいる"…そのことですか』
「っ!…どうして…」

…やはり、そうだった。

クロロの話から流れ的に想像できた。

彼女は彼女の言う"愛する人"を護るために私を呼んだ。その為に死んだ。だが、"彼ら"には伝えなかったのだろう。

彼女は感情的で、頭があまりよくないのは分かっている。…自分が死んだことに精一杯で、考えが及ばなかったんだろう。と私は考える。

彼女は愛される人だ。
彼女の体で生活している私はその事を身をもって知っている。だから残された"彼ら"は彼女を生き返らせる為に儀式を行った。
自らの命を差し出して。

そう考えるのが自然だ。

『貴女も多少は聞いてたと思いますけど、クロロからの話で予想はつきます』
「…そう。……よく分かったわね」

彼女には分からなかったらしい。彼女は口では私を称賛しながら相変わらず妬みの目を向けてくる。

「……ごめんなさい。…これは私が悪いの。貴女に生きる意味を与えると言っておいて…本当はとっくになくなっていたなんて」

彼女はとても申し訳なさそうに眉を下げて謝罪を述べる。…同情の気持ちは湧いてこなかった。

会ったときから彼女とはなんとなく合わないと感じていたからかもしれない。というか、そもそもお互いの同意の上でもない。彼女が勝手にそういうことにして、結局なくなった。

……もし、私がもう一度教会に足を踏み入れなければどうするつもりだったのだろう。箱を開けなければどうするつもりだったのだろう。

私とコンタクトが取れる方法がないのなら仕方ないが、5年、10年、100年経ったとして……私に寿命はないが…あったとして、私が死んで………それでも彼女が私に謝ることはないのだろう。だって、箱を開けたのは私だ。ゆりかご…教会を出たのも私。鍵を私に渡した時点で責任感の"せ"の字もない。

……その内心が多分、気にくわない。

約束が絶対的なものだとは言わないが、破ったのならそれ相応の対応があると思うのだ。そもそも約束をこじつけてきたのはあちら。それも一方的な拒否権の無いものだった。

それなのに、私が箱を開けるまで彼女に謝る気はなかった。…こうして"出てきてしまった"から怯えて謝っている…そんな風にしか見えない。

「…ごめんなさい…」

真意にも見えなかった。…謝ったからもう解放される…。そんな風にも見える。

偏見かもしれない。偏見でも良いと思ってしまう。

『…謝らないでください。私に記憶があって、今までずっとあなたの"愛する人"を捜し続けてきたわけではないですから…ああ、だからこそ記憶を消したんですか』
「………」

ゆっくりと目を反らされる。…睫毛の震え、唇の渇き、喉の上下、呼吸の変動……なんだ、肯定か。

私をはるか未来で生き返らせたのもそれが原因だろう。

私は彼女曰く"頭が良い"からな。当時に生き返らせたんじゃ気づかれると思ったのかもしれない。約束を破ったことに。

「……、…」

彼女は気まずそうに怯えたように私を見る。…ここは精神世界。ある程度の感情は共有される。だからこそ彼女の気持ちも、思考も手に取るように分かる。

『…まぁそんなことよりも、もう一つの理由。聞かせてください。そちらが本題でしょう?』

彼女の肩が跳ねた。当たり、らしい。

わざわざ記憶を消して、私に怒られる要因を消した……実際は消えてなかった訳だが……のならそもそも謝る必要もない。鍵を渡した意味が分からない。記憶を部分的に削除出来たなら、教会の記憶だって消してしまえばいい。

それをしなかったということは、結果的にどうしても私をここに呼ばなければならなかったから。

『………』

分かりやすい。彼女の心理は。むしろ人間のほうが複雑で分かりづらい。

「……知っていたけど…相変わらず、頭がいいのね…羨ましいわ」
『別に頭を使ってる訳じゃない。ここでは互いの感情がある程度読める。なら、思考を読むのも容易い』
「……あなたの感情は複雑で…思考も読めないの。…それに読むのも怖い…あなたが何を考えているのか分からないもの」

彼女の青が鋭くなった気がした。生憎と見慣れた顔に睨まれても怖くない。それに彼女の底には私への恐怖がある。……そんな彼女に何を言われた所で怯む気は全く起きない。

『それで、続きは』
「……私は誤って貴女を呼んだことになる」
『そうなりますね』
「……貴女には望んでいたことがあったわね」
『そうですね』

それを破ったのがまさに彼女だ。
……今思い出しても腹が立ってくる。冷静だからこそ余計に。

「だけど、この世界に来てからは女神の身体によって不可能。…だから……」
『………だから?』

彼女の目が私を見る。青と黄色が混ざって、碧に染まっていた。

「叶えてあげる」
『……………………な』

思わず言っていた。

「え、」

彼女の表情が驚きに満ち溢れる。そう返されるとは思ってなかったのだろう。疑問と困惑で一杯になっていた。

『ふざけるな』
「え、…!…な、なんで、だって!!」
『…………』

…………はぁ

彼女の反応に最早あきれてしまう。

「_っやめ」

彼女の首に鎖を放つ。それから締め上げた。

『……だって、それはただ貴女が生きたいだけだ』
「!!」

図星らしい。彼女は私のことを考えた訳じゃない。自分の為。貴女の望みを叶えてあげる、なんて気は少しもない。

……彼女は本当に勝手だ。まぁ、最初からそれは分かっていた。そもそも自分のために人を生き返らせるような奴だ。彼女が神様だなんて、世も末だと思う。

「う、っ嘘じゃないわ!!…ほんとに!」
『そんなことは分かってる。そもそも私の魂…というか"自我"を貴女の体に結びつけられたんだから、ほどくのだって可能だろう』

じゃあ、なんで…?と目が言っていた。……彼女は分からないらしい。何故私が憤っているのか。……そういうところが余計に私を煽る。

「っう……!!」
『…………』


でも、

確かにそれは、私にとって喉から手が出るほど欲しいもの。
それは事実だった。

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