碧に染まって

□カモミール
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これだ、と思い買ったが今になって不安になってきた。

『………』

……いらないって言われたらどうしよう。

正直、立ち直れない。

_その時は何かお土産買ってきてあげる
_本当!?
_うん。楽しみにしてて
_はい!

軽い気持ちで言ったわけではない。
カルトに何かプレゼントしたかったのは本心だ。だが、実際に考えてみるとこれが難しい。

キルアやミルキはお菓子やゲームが好きだからそれらをあげたことがあるけど……カルトも好きとは限らない。

玩具をあげるような年齢でもない。…そもそもゾルディック家の子供は精神年齢が高い。あまりに幼稚なものでは喜ばないだろう。だからといって大人びすぎてもあれだ。

変なものをあげるわけにもいかないし…。

と悩んだ末に選んだ。

『こんにちは。ゼブロさん』
「おや。これはこれはノア様」

ゾルディック家(敷地)の入り口である試しの門横にある看守小屋を覗き込むと、柔和な笑みと目が合う。

ゼブロさんはゾルディック家の門番である。歳は私の精神年齢といい勝負だがゾルディック家に雇われているとあってただ者ではない。

『入ってもいいですか』
「もちろんですよ」

ゼブロさんは笑顔で答える。許可を取る必要はない、と言われているがなんとなく毎度ゼブロさんに確認を取っていた。

「今日も指導に来られたんです?」
『いえ。カルトに渡すものがあって…』

手に持っている小さな紙袋を掲げて見せる。これはこれは…とゼブロさんの目が細くなる。

「カルト坊っちゃんにお伝えしましょうか?」
『ああ、いえ。今の時間は鍛練だと思うので大丈夫です』

気遣いは嬉しいが遠慮しておく。何より驚かせたい、という気持ちがあった。

「わかりました。きっと喜ばれますよ」
『…そうなってくれると嬉しいです』

カルトの喜ぶ顔を想像して頬が緩む。ゼブロさんも同じ事を考えているらしい。口元が緩んでいた。

『ゼブロさん。今度お茶でも飲みに行きますね』
「ええ。心よりお待ちしております。シークアントも喜びますよ」

その時は差し入れでも買ってこよう。と心に決めて扉に手をかける。

押せば地鳴りのような音を立てて扉が開く。…開いたのは二の扉。私はパワータイプではない。それでも十分力持ちだ。

「相変わらず軽々と開けてしまいますね」

軽々……。

確かに苦はない。力をいれている感覚はさすがにあるが、重いものを押している感覚はない。小石を拾うのと同じ。

扉から手を離す。

『……』
「おや。どうされましたか?」
『いえ、少し試そうかと』

その名の通り、この門で試してみたかった。

扉に両手を付く。そして…力一杯押した。先程よりも大きな地鳴り。

「ほぅ……これは凄い」

隣でゼブロさんが上を見上げていた。

『………』

……五か。8倍。なんとも中途半端な。それも腕や足が疲れることはない。踏ん張っている感覚もない。ただ、限界値は感じる。

円と同じだ。半径1kmまでは安定して出来るのにその先は出来ない。余力はあるのに。

…彼女による力の制限。なるほど、私の限界値はここらしい。

『……』

中へ入れば背後で重々しく扉が閉まった。…まぁ、そもそも力を使う機会なんてあまりない。通常で8tも動かせれば十分だ。

『ミケ』

_………

横にはミケが座っていた。毎度必ずミケにお出迎えされる。どうやって気づいてるんだろうか。

呼ぶとミケは頭を下げ私に寄せてくる。それは機械的で、愛嬌のようなものは感じられない。

ミケに動物的本能はない。命令されたことだけを遂行する完璧な狩猟犬。…少しだけ羨ましい。羨ましいと思ってしまっている時点でミケのようにはなれないのだけど。

暫く見つめあってどちらともなく離れた。ミケはそのまま背を向け木々に埋もれていった。

見送ってから私も歩き出す。

試しの門から本館まではかなりの距離がある。

歩いて行く距離じゃないな、と毎度思いながら歩く。

「!」

暫く歩くとその瞳と目が合う。まだ話す距離では無いため彼女は綺麗に一礼していた。私は少しだけ足を早めて彼女の前で止まる。

「こんにちはカナリアさん」
「はい。いらっしゃいませ。そしてお帰りなさいませ、ノア様」

彼女はカナリアさん。最近執事見習いになった人だ。その風貌は幼いが、強さは手合わせの際に知っている。彼女はここで門番の役割をしている。

試しの門を潜ってきたからといって、はいどうぞ、と言うわけにもいかないのだ。

『今日はカルトに会いに来たんだ』
「カルト様なら演習場にいらっしゃいます」
『やっぱりそうか』

予想通りだった。となると…屋敷に行く前に直接行った方がいいか。

『教えてくれてありがとう』
「!い、いえ…」

私は礼を言ってそれからカナリアさんの横を通りすぎた。





演習場は外にある。屋敷から繋がってはいるが、林の中にぽっかりと空いた空間がそこだった。

近づくにつれ気配を感じる。…これはゼノさんとカルトだな。

「……」

先にゼノさんと目が合う。それからゼノさんが動きを中断したのを見て、カルトが振り返った。

「!ノア!」

カルトは驚きと嬉しさを滲ませて私を呼ぶ。その反応に頬が緩むのは自然だった。

『鍛練中すみません』
「丁度中断しようとしていたところだ」
『ならよかった』
「ノア!今日はどうしたんですか?」

ゼノさんに断ってから私はカルトに近づく。カルトの頬は血が滲んでいた。…相変わらずこの年の子にさせる鍛練ではないな。正解を知っている訳ではないが、ゾルディックは一線を画している。

『今日はカルトに用があって来たんだ』
「ボクに…?」
『そう』

私はカルトの頬を拭う。それから手に持っていた紙袋を掲げる。

『前に次来るときはお土産用意するって言ったでしょう?だから、はい』

私はカルトに紙袋を渡す。カルトは喜ぶというよりも戸惑っていた。

「……ボクにくれるの?」
『勿論。その為に用意したんだ』

カルトは一度ゼノさんを見る。ゼノさんは完全に休憩モードだった。こちらの様子を離れた位置から見ている。

『気に入ってくれると嬉しいけど…』

自信はあまりない。後悔はないけれど、気に入ってくれるかは別問題だ。

カルトは紙袋の中から箱を取り出す。そして恐る恐る開ける。私の心臓もどくどくである。

「………くし?」

カルトは箱から櫛を取り出す。解き櫛と呼ばれるもので持ち手がない木製のものだ。全体的に黒塗りになっており、白く小さな花が描かれていた。

『カルトの髪は綺麗だから良ければ使ってほしいな、と思って』

男の子に櫛をプレゼントするのはどうかとも思ったが、カルトを思うとあの髪の感触を思い出すのだ。イルミもそうだけどさらさらしていてとても綺麗だ。

『因みにその花はカモミールでね"逆境に耐える"、"逆境で生まれる力"っていう意味があるんだ』

キルアの時に思ったけれど、暗殺一家に生まれたからといって暗殺が好きとは限らないのだ。ただ、血筋なのか強くなることには抵抗がない。戦うことも嫌いではない。でも、カルトは遊びたい年頃だ。それにカルトが親しみを持っているキルアは今、ゾルディック家には居ない。

修行の一環でキルアはシルバさんに言われ、天空闘技場という場所に送られていた。

地上251階、高さ991mというとてつもない建物で、名前の通り戦いを求める者が集まり己の腕を競う場になっている。勝てば勝つほど上の階に上がっていくシステムらしく、キルアはそこで200階まで勝ち進むことになっていた。

キルアが天空闘技場に行ってから大体一年経つ。…6歳とはいえキルアはゾルディック家の子供だ。天空闘技場とは簡単ではないらしい。一度見に行ったときは余裕そうだったけれど……また会いに行ってみよう。

『私からエールを込めて、かな。鍛練は大変だろうけど頑張ればその分強くなれるから。そしたら私と戦うことも出来るしね』

未だにキルアやカルトと組み手をすることは禁じられている。私自身が己の力を把握していないのに、ゾルディック家が分かっている訳もない。得たいの知れないものに大切な息子をあてがいたくは無いのだろう。気持ちは分かるし、それが正しいとも思う。

「……」
『あー……やっぱり男の子に櫛はあれだったかな』

カルトは答えない。だから不安になる。段々と心が軋んできたところでカルトが顔をあげた。

「ノア。ありがとう。…凄く嬉しい、です」

カルトは大事そうに櫛を両手で包む。その表情は緩んでいて、どこか恥ずかしそうだった。

…軋んでいたなんて嘘のようだ。心がすっと軽くなる。こんなにも嬉しい反応をされたら当たり前である。

『よかったぁ……不安だったんだ。でもやっぱりこれにして良かった』

一気に力が抜けた。私はしゃがんでカルトの頭を撫でる。

「…ノアからなら何をもらっても嬉しいよ?」
『カルトって天使なの?』
「え?」

可愛すぎる。というか良い子過ぎる。カルトはこうして素直に伝えてくれるから嬉しくてたまらない。私の心を何度掴めば気が済むのか。

「…ノア。いつまでやっとるんだ」

頭を撫でて抱き締めてカルトを堪能していればゼノさんが呆れたように言う。

『不可抗力ですよ。ですが、いつまでも中断させるわけにもいきませんね』

名残惜しいが……本当に名残惜しいが私はカルトを解放し立ち上がる。

『今日は遊べそうにないか…今度こそ鍛練じゃないときに来るよ』
「は、はい!お待ちしてます!」

カルトの返答に私は頭を撫でて手を下ろす。

「ノア。帰る前にシルバのところに寄っていけ」

帰ろうとすればゼノさんにそう言われる。

『シルバさんの所に?…仕事ですか』
「内容までは分からん」

ゼノさんには私を呼ぶことしか伝えられてないんだろう。……呼ばれるといったら仕事だけど。

『分かりました。帰る前に寄ります…それじゃあねカルト、それにゼノさんも』

私は軽く一礼して帰る足を屋敷に向けた。


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