碧に染まって
□休息を
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天空闘技場。
来る途中からでもその高さには驚くが目の前で見ると圧巻だ。
ククルーマウンテンと比べたら遥かに低いけれど、あっちは山でこちらは人の作った建造物だ。
…どういう建築技術なんだろう。あちらの世界の方が発展しているように見えて、こちらの方が遥かに進んでいる。
中に入れば喧騒が大きくなる。皆天井や壁に設置されたテレビを見ては興奮したように騒ぎ立てていた。
テレビには同じ人間とは思えないような大きの男と見知った銀色が戦闘を繰り広げている。
_決まったー!!キルア選手170階をクリアです!!
やがて画面には倒れた大男とその前で汗を垂らしているキルアが映し出される。流石のキルアでもこの体格差は苦戦したらしい。…所々殴られているようだし。
私は熱狂する人たちをぬってエレベーターを目指す。
ここでは100階を突破すると選手一人一人に個室が与えられるようになる。以前訪ねたときもキルアは個室を利用していたから場所は変わってないだろう。それに先程の戦闘を見るに一度自室に戻る筈だ。
…キルアの部屋は、と。
『、あ』
「!!」
丁度良いタイミングだった。キルアは自室のノブに手をかけていた。私を見て元々大きな瞳を更に見開いている。…行くとは言っていないからな。
『キルア。お疲れ様』
「っノア!!」
キルアが満面の笑みで走ってくる。……変な声が出そうになったのは耐えた。
「どうしてここに?」
『ちょっと様子を見に来たんだ。170階突破でしょう?おめでとう』
「………」
おめでとう、と誉めてみるがキルアは微妙な顔をしていた。その理由は大体察しがつく。そもそも以前来たとき既に150階はクリアしていた。それから一年。…なかなか上手くいっていないのだろう。ここでは勝ったら10階単位で上がり、負ければ10階単位で下がる。
暗殺と戦闘は違う。それにここにはキルアほどの子供はまずいない。全て大人だ。自分よりも大きな人間と真っ向勝負をしなければならない。
『キル』
「な、何?」
普段あまりその愛称では呼ばないからだろう。キルアの肩がぴくりと跳ねる。私はにっこりと笑った。
『先ずはシャワーを浴びて治療して、それからキルアの好きなもの食べに行こう』
「……うん!」
キルアは頷くと私と部屋に入った。
「いっ……」
『わ、キルア動かないで』
「!だって」
『傷口に触れたのは謝るよ』
治療を終え椅子に座らせたキルアの髪をタオルで乾かす。相変わらずふわふわできらきらしている。
「……ノア」
『んー?』
「……オレって弱いのかな…」
キルアは私に背中を預けて小さな声で呟く。…キルアを見ればなんとも不安そうな顔をしていた。
キルアは決して弱くない。…というかキルアで弱いなら世の中の人間はなんとよべばいいのか。キルアは今7歳だ。多分あと3年も経てば1階から200階など1ヶ月もかからない。もしかしたら1週間かもしれない。けれど、確かに今のキルアに厳しいのは事実だった。
『自分より強い人、優れた人は必ずいる。同時に自分より弱い人も。だからキルアが弱いってことはあり得ない』
「…………」
『それにキルアは確実に強くなってるよ。それはキルアも分かってると思うんだ』
去年のキルアと比べれば遥かに成長している。…戦闘スキルにおいては実践に勝るものはないからな。
『でも、キルアがそう思ってしまうことも理解できる』
私は乾いたキルアの髪に指を通す。
『だから私からキルアに言えることは一つ』
「…一つ?」
『そう』
キルアの目が私に向く。
『私が思うに、強くなる秘訣は気付きだと思うんだ』
私はキルアの目を覆う。キルアは少し戸惑っていたがそのまま従う。
『今キルアの目の前で指を立ててるんだけど何本だと思う?』
「………そんなの見えないから分かんないよ」
『そうだね。ならその状態で分かるにはどうしたら良い?』
キルアは少し考えそれから私の指に触れた。
「…2本」
『正解』
私はキルアの目を覆っていた手を外す。キルアはよく分かっていないのか疑問を投げ掛ける。
『強くなるっていうのはこういうことだと思う。今キルアは目が見えないときは手で触れれば良いって気づいたでしょう?だから次目を塞がれても直ぐに対処できる。気づかなかったら一生指の本数は分からない………キルアは今正にこの状態だと私は思う』
キルアはぴんときて無さそうだった。…少し分かりずらかったからかもしれない。だがキルアがこれに気づいたら、それこそもっと…ずっと強くなる。
『強くなるのは難しいことじゃない。考え方というのかな。…だから今キルアは次強くなる準備期間ってところかな』
「…準備期間」
『そう。さっきの戦闘だって、大きい相手は足元が見えてないって分かって、最後踏み込んで倒してたでしょう?』
「…あ」
キルアは私の言葉に気づいたように口を開ける。
さっきの大男。身体が大きい割に動きも素早かった。だからキルアも対処が分からなかったんだろう。けれど最後。キルアは男の足元に潜り込んで倒した。灯台もと暗しとは正にこのことだ。
『キルアは無意識だったのだろうけど、仕組みはそういうこと。その繰り返しで人は強くなる。相手を倒すだけならたった一つの気付きでいいんだよ』
…勿論、そのたった一つにたどり着けるかは才能と、運と実力になるのだけど。キルアは才能も運もある。あとは実力だけ。きっと私が何も言わなくてもキルアは強くなるのだ。
キルアは一度口を閉じて、それから開く。その時には何かを見つけたようなそんな顔をしていた。
『どうかな。キルアはもっと強くなれそう?』
「…当たり前だろ!その内ノアだって軽く倒せるほど強くなるよ!」
『そうそうその意気だよ』
…よかった。いつものキルアだった。
「あーあ。らしくないこと考えたら腹へっちゃった。ノア、オレステーキ食べたい!」
『了解。といってもここら辺のお店は分からないから案内してくれる?』
「もちろん!」
キルアは椅子から立ち上がり廊下への扉へ向かう。
カルトが甘えられないようにキルアだって同じだ。だから会ったときは徹底的に甘やかすのである。というか、私が甘やかしたかった。
「ノア。ちょっと様子を見に来たって言ってたけど、仕事?」
廊下に出るとキルアが尋ねてくる。
『うん。でも仕事は明日。だから今日は1日キルアに付き合ってもいいかな』
そう言えばキルアの答えは分かりきっていた。
「ホントか!じゃあステーキ食ったらゲーセンいってそれから」
キルアは指折り数えて考える。私はそんなキルアを見ながら明日の仕事について考えているのだから、内心苦笑いした。