碧に染まって
□火炎
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久しぶりに見た。
大抵この夢を見るときはなにかが起こるときか、起きたときだ。
今回は恐らく前者。…良いことが起きた試しはあまりないのだけど。
やはり今回の仕事…あまりいいものではないらしい。
「…もう、行くの…?」
くぐもった声がして見下ろす。隣で寝ていたキルアの目がこちらに向いていた。……どうやら起こしてしまったらしい。
『起こさないで行くつもりだったんだけど………さすが気配には敏感だね』
キルアの額をそっと撫でる。キルアは眠たそうな目を細めた。
『お休みキルア。また会いに来るよ』
「………」
キルアはそのまま眠ってしまった。起きたのは一瞬だったのだろう。
今度こそ起こさないように静かにベッドから降りる。着替えて扉のノブに手をかける。
…次はいつ会いに来よう。シルバさんやイルミには基本的に会わないように言われているからバレない時でないといけない。…今年中にまたこよう。
私はキルアの嬉しそうな顔を思い出して少しだけ笑った。
〈…オレだ。次の仕事だが、早めに切り上げてノアと合流してくれないか〉
父さんにそう言われたのが四日前。
どうして?と聞けば返ってきたのはノアの仕事の依頼人がどうも気にかかるらしい。
ノアに何かあったら困る。その意見はもっともだし、オレとしてもノアを手離すようなことにはなりたくない。……本当なら仕事もさせたくないのに。ノアはずっと家にいれば良い。そしてオレの帰りを待ってるだけでいい。外に出る時はオレも一緒に行く。殺すときも。
でもノアは一ヶ所に留まるような性格じゃないし、無理やり押さえつけるにはオレの力は足りない。
……どうしたらノアを制御出来るんだろ。キルやカルトと違って感情は分かりづらいし、ヒソカみたいに決まった性質があるわけでもない。アルカみたいなルールも存在しない。
とりあえず合流する前に例の依頼人を尋問していた。もしこいつが"ノア"だと分かって依頼してきたのなら問題だ。
ノアが死神であるという情報はどこにも漏れていない。でも、確実にノアを探っているやつはいた。……最近はあんまり動きがないけど。
そして尋問した結果、父さんの予感は当たっていた。
その依頼人は頼まれていた。
"ゾルディック家にオレの殺しの依頼をしろ。それも、できれば遺体を傷付けたくないとな" そう、スヴァンという男から。
スヴァンとは今回のノアのターゲット、殺しの標的だった。つまり自作自演ということ。
だが何のために?遺体を傷付けたくないと言えばノアが出てくるのは分かってたんだろうから、目的はノア。…いや、ノアとは知らないから死神か。
わざわざ自分を殺すようにして呼び出すのだから、考えられるとしたら、復讐。
あのオークションで死神に恨みを持つものはたくさんいる。数年経った今でも。大抵は殺してきたけど全部、とはいかない。その内の誰か、か。
まぁ、この仕事上恨まれることなんて慣れてる。それはノアも。それにノアに復讐出来るやつなんていない。
でもノアには不確定要素が多い。先日の話でもノアの中にもう一つオーラがあるとか…そんな有り得ないようなことが平気であり得る。それもノア自身は全く把握していない。だから、まだ何かあっても可笑しくない。
そのために常にノアの行動は監視しておかないといけない。……帰ったら次から必ずオレと組むように父さんに言おう。
そう決めてオレはノアが居るであろう屋敷に入る。
山奥に建つ屋敷の中は見た目以上に広い。聞き出した情報によればここが標的の家で、数時間前にノアにも教えた場所だという。
…円をしてみれば4人、二階にいる。それもその内の3人は既に死んでいる。そして残った1人がノアだ。それ以外の気配はない。
階段を上がり目的の部屋の扉に手をかける。
そして扉を押す。簡単に開いた。
「ノア、迎えに」
来た。そう言おうとして止めた。
…違和感を感じていた。数時間前に来ているならとっくに仕事を終えて報告している筈だし、殺したならどうしてこの部屋に留まっているのか。
_何かおかしい。
ノアはオレに背を向けて立っていた。背丈もその髪も彼女で間違いない。でもいつもなら真っ先に振り替える。なんで黙って立ったままなのか。それと、この部屋…。
屋敷は全体的に古びていた。高そうな調度品はあったけど埃を被っていたし、壁紙も所々破れていた。それなのにこの部屋はやけに"きれい"だ。
新品のように傷も埃もない。ただ、赤い血だけが汚していた。点々と絨毯の赤い染みを辿ればそれぞれの死体に行き着く。…血で濡れているのに死体に見る限りの外傷はなかった。
3体の死体は、一つが男。女。そして女に重なるように"子供"だった。
「…………」
いつもの状況じゃない。それは分かった。何かが起きている。
「…ノア?」
オレはノアに一歩近づく。
『その声は…イルミ?』
ノアは振り返らずにそう答えた。何故かほっとしていた。
「ノア。動けないの?」
『動けないというか……動くわけにはいかないというか。あまり近づかない方がいい』
「なんで?」
ノアの前に回り込んで彼女を見る。
『少しだけ待って。…今、やっと纒が出来そうなんだ』
ノアの目が細められる。
オレは驚いた。ノアの服は裂かれたようにボロボロで血にまみれていた。そしてなにより瞳が緑でも青でもない。
金糸雀のような黄金色だった。