碧に染まって

□いい夢を
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疑問には思っていた。けれど、仕組みを理解する方法も証明する手だてもなかった。

鎖を刺したとき、オーラはどこへ消えるのか。

水を放置すればやがて消える。それは水蒸気となって空気中に散在するから。オーラも物質として考えるなら"消える"というのはあり得ない。

私は静かにオーラを纏う。すると私の足元から円を描くように炎が広がった。

広がる、ということはそういうことだろう。

真っ白な地面が炎で焼かれ、黒く変わっていく。その炎はやがて空をも包み、鮮やかな緑の空を黒く染めた。

…おかしいとは思ったんだよな。

薄っぺらな空はともかく、こんなにも真っ白な大地は可笑しい。ここが私の精神世界なら。

突如、ス、と音もなく私の胸を鎖が貫いた。

前を見れば彼女が鬼のような形相で私に鎖を放っていた。対して私は笑みを浮かべる。本当に彼女は頭を使うことを知らない。

『無駄なことは知ってるだろう。鎖を自分に刺しても意味はない。貴女の能力はあくまでオーラを操ること。その鎖が私のものである以上、私は刺せないよ』

それから私は自身に刺さった鎖を掴む。掴んだ箇所から火がつき、彼女の方へ伝っていく。

「っ!!」

咄嗟に彼女は鎖を消した。

『そんなに焦らなくても。この炎も自分を焼くことはできない。勿論、私の念を扱う貴女も』

困ったことに、私と彼女は意思こそ独立しているが体は一つ。互いの思惑が体の中を渦巻いて、混ざっている。

その結果"ノア"という人物ができている。

だから彼女が私を殺せないように、私も彼女を殺せない。

いくら死を望んでも、彼女が拒む限り叶わない。

同様に、私がその他を殺すことを彼女が止めることもできない。そんな中で唯一干渉できるオーラに目を向けたのは当然か。

私が鎖を刺したとき、彼女は鎖に触れたオーラを取り込んでいた。消えた、のではない。私の中に居たのだ。

…私からすれば、生かさず殺さずが一番彼らにとっても良くないことだと想うけど、彼女は殺しをしたくないのだろう。

ある意味あの女の言葉は的を得ていた訳だ。まぁ、返し方など知らないが。

「なんで、殺したの」

レムリアの顔が歪む。

彼女が何故怒っているのかは予想が付く。子供だ。

『結果、そうなってしまっただけだよ』

私だって別に殺す気はなかった。カーペットに炎が移らなかったのだからまさか人に移るとは思わないだろう。そもそも女だって不可抗力だった。

『殺す気はなかった』
「嘘、消せたでしょ、お前なら」

どうやら今までで一番彼女の怒りに深く触れたみたいだ。

いつものように喚き散らすのではなく、憎悪の籠った青い瞳で私を刺すように見る。

『そうかもしれないね』

試してないから分からないが彼女が言うのなら消せたのかもしれない。でも、消す動機はなかったのだから例え消せたとしても実行に移しているかは怪しい。

殺す動機がないと同時に、私には彼らを生かす動機もない。

私が生かしたかったのはあの場でただ一人。それ以外は"どうでもよかった"。

「っ……!!」

彼女の目が見開かれる。食いしばった唇から赤い血が垂れる。…赤い、血。

『君の言う通り、私はこの世界に居ない方がいいのかもしれない』

「!」

唐突だったからだろう。それと言葉の意味も予想外。驚きと戸惑いを含んでいた。

『君が勝手に呼んだんだから私に非はないけど、多少の同情はする。女神を引いたつもりが、死神だったんだから』
「………」

彼女は"急に何を言い出すの"とでも言いたげな顔をしていた。話の流れが読めずに、ただこちらを警戒して見る。

『それに、私の願いは知っての通り"あの世に行くこと"。私を殺したい貴女と私の願いは利害が一致している』

でも、私は断った。彼女が気に食わなかった、というのもあるが何よりあれは嘘だった。

『貴女のその赤い血で確証したけど、君神様じゃないでしょ』

「…え」

彼女の目がより一層開かれた。

『確かに神様のようなものではあると思うよ。私を呼んだのは事実だ。でも、それにしてはあまりに人間染みてる』

「…ま、…待って……何、いって」

混乱したように。何か言われたくないように彼女は焦る。

『そもそも貴女は死ぬことが出来た。死んだから私を呼んだ、そう言った。つまりこの体は貴女のものであっても、回復能力は貴女の能力じゃない。恐らく私だ。私の炎はオーラは焼くけれど物は直すみたいだから』

「…やめ、」

『お腹が空かないのも私のオーラが体に満ちているからだし、貴女は痛みも感じる。多分、味覚も。何よりその血はちゃんと空気に触れれば酸化して黒ずむ。そうやって私が原因の要素を抜いていったのが貴女なら……どこが女神と言えるのかな』

他人のオーラを操れる、というのは確かに強いがそれだけだ。彼女にはそれだけ。

そう思わせておくのが彼女を押さえ込む絶好の方法だった。

『私は多少なりとも貴女に恨みがある』

私が一歩近づくとそれだけで彼女は膝から崩れ落ちた。自分はあまりにも無力だと。そう思い込んでくれたらしい。…本当に単純だと思う。

『でも、感謝もしている。彼らに会えたから』

私は確かに死にたいけれど、彼らが生きる意味であることも事実。この体が不死身なら、彼らが消えてからでも遅くはないだろう。

『大丈夫。無限の命なんてないんだから。"いつか"私は消える。だからそれまで、お互い仲良くしようか』

膝を折り彼女と目を合わせる。

微笑んだつもりだが、彼女はまるで悪魔でも見たような顔で私を見る。

悪魔…それもなかなか悪くなかった。

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