fan fiction

□snow dance
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「ねえ」

ゆさゆさと身体を揺すられて薄目を開けると、雲雀が正座して覗きこんでいた。
なんだか、機嫌がよさそうだ。
まるで、構ってほしいと擦りよる子猫のように。


「なんだ? どうした、恭弥?」
「雪が降ってる」
「雪?」


そういえば、昨日はいかにもな曇り空だったし、天気予報でも寒波がどうこう言っていたような気がする。
そのわりには室内が明るいのは、カーテンが開いているかららしい。
目が覚めて、外を確かめたのか。
いつもなら、わざわざそんなふうに天気も確かめたりしないのに。


「……子供は、雪が好きだよなあ」
「好きじゃない。子ども扱いしないで」
「はいはい」


こみあげてくる笑いを噛みころす。
ディーノは腕をのばして、拗ねた恋人の手首をつかむと、そのまま引きよせた。


「ちょ、ディーノ?」
「雪なんだろ? 休みの日でよかったじゃねえか。せっかくだし、今日は一日部屋でのんびり過ごそうぜ」


倒れこんでくる身体を抱きとめ、腕の中におさめる。
やはり、目が覚めていちばん初めに見るのが恋人の顔というのは格別だ。
ほかには何もいらないと本気で思うほど、満たされた気持ちになる。
そして。
休日に天気が悪いというのも、日本にいるときに限っては喜ばしい。
こうして、恋人に触れる言い訳になるのだから。


「離して」
「なんで」
「なんで、って」


くるりと身体を反転させて恋人を組みしき、反撃されるまえに唇を奪う。


「……恭弥、おまえどんだけ外見てたんだ? 唇冷たくなってるぞ」
「そう思うなら、しなければいいでしょ」
「んー? だって、もう冷たくねえし」


朝の挨拶としては長すぎるキスのあとも、何度となく淡いキスをかわす。


「も、いいかげんにしなよっ……! 僕は学校に行くんだから、あなたと遊んでる暇はない」
「ええっ? だって雪降ってんだろ? だいたい今日休みじゃねえか」
「雪で、休みだからだよ。校庭を荒らす不届き者が絶対に現れるからね」


にっ、と雲雀が笑う。獲物を狙う獣の目で。
不届きな獲物が誰を指すかわかってしまって、ディーノは溜息をつくしかない。


「しょうがねえなあ」


がしがし髪を掻きながら、身体を起こして皺のなったシーツの上に座る。


「あなたは来なくていいよ……」


同じように座りながら、雲雀が不本意そうにパジャマのボタンをとめている。
忌々しげに上目遣いで睨むなと言いたい。
ボタンだって、途中ではずすのをやめたのだ。責められるいわれはなかった。


「なんで? 一緒に行くに決まってるだろ」
「……来たいの?」
「行きたいです。けど、恭弥」
「なに?」
「行くのは、雪がやんだらな」
「命令しないで」
「命令じゃなくてな……いくらなんでも、降ってる最中に外に出るような真似は、あいつらだってしないと思うぜ? つうか、さすがにさせねえだろ」
「たしかに遭難しかねないだろうね、あの小動物なら」
「……否定できねえ」


可愛い弟分ではあるが、残念ながら昔の自分によく似ている。
そして、昔の自分をフォローする言葉を、ディーノは持っていなかった。
思わず肩が落ちたところへ、さらに追い打ちがかかる。


「確率はあなたも同じだよ」
「あのなあ……まあ、とりあえず朝飯食いながら天気予報チェックして、やみそうだったら並中行こうぜ。遭難はともかく、転んで怪我でもしたら困るからな」
「あなたはね」
「とにかく! いまの条件飲まなきゃ、外だしてやんねえからな」
「……わかった」
「よし。いい子だ」
「ただし」
「なんだよ?」
「雪がやまなかったときは、あなたが責任をとって相手をしてくれるならね」


試すような目をして笑う。
絶対に断られないと知っている顔で。
だから、ディーノも笑いかえしてやった。


「もちろん、いいぜ……今度は、ちゃんと全部ボタンはずしてやる」
「──やっぱり、あなたは来なくていい」
「おい?」
「いますぐここで、咬み殺すっ」


いつもの勢いで躍りかかってこようとした雲雀は、けれど、微妙に体勢を崩した。
ディーノはすかさず雲雀の腕をつかんで、再び腕の中に閉じこめる。


「足場の柔さを考えなかっただろ」
「くっ」
「まだまだ、家庭教師が必要みたいだな?」
「僕にはそんなもの必要な、ん……」


すでに様式美とすらいえそうな憎まれ口を唇でふさいで、そのまま押したおす。


「可愛いな、恭弥」
「朝っぱらから、何考えてるの……っ」
「んー? 恭弥のこと?」
「考えなくていい」
「ひでえ。そもそも、寝た子を起こしたのは恭弥だろ」
「子供は、こんなことしないよ」
「そうだよな。恭弥は子供じゃないもんな」
「こんなときだけ……っ」


悔しいそうな顔で睨みつけてくるのが可愛くて、本気で怒らせる前にやめようと思っていた理性が、あっさり焼ききれそうだ。
本人には煽っているつもりがないのが、なにより性質が悪い。


「なあ。あいつら咬み殺してるあいだ、眼中になくなっても我慢するから、かわりにいま俺のこと構って?」
「それなら、小動物たちと一緒にあなたも咬み殺してあげる」
「なるほど、その手があったか……なんて言うわけねえだろ。まあ、往生際悪いとこも可愛くて好きだぜ」
「……馬鹿じゃないの」


ふい、顔をそらしたせいで目の前にさらされた首筋が、ほんのりと紅い。
そっと、その首筋に唇を寄せる。ふるりと、組みしいた身体が震え、力が抜けたのが伝わってきた。


「恭弥、愛してる」


落とした囁きに、かすかな声がずるいと答えるのを聞きながら。
ディーノは雲雀のパジャマのボタンに指を伸ばした。




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