fan fiction

□Valentineday kiss
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発祥地はイタリア。
それは、恋人の逆鱗に触れたらしい。


「俺が決めたわけじゃねえぞ?」


そんな言い訳が通用する相手ではないと充分承知しているものの、いちおう抵抗してみる。
無責任なニュース番組は、とうにバレンタインデーの話題から離れ、今日おこった事件を伝えていた。


「わかってるよ、それくらい」


リモコンでテレビを消した雲雀が、ちらりと視線をむけてくる。
その眉間には深い縦皺が刻まれたままだ。


「だったら、おっかない顔して睨むなって」
「元々こういう顔だよ」
「たしかにその顔も可愛いぜ? でも、いつもはもっと可愛い」


きゅっ、と縦皺がさらに深くなる。
けれど、次の瞬間にはほどけて消えた。


「ほら。やっぱもっと可愛い」
「馬鹿じゃないの」
「そ。恭弥馬鹿だな」
「……心底呆れる」


一生懸命なんでもないふりをしていても、頬がかすかに紅くなるのは止められないようだ。
いまはもっと可愛いなどと言えば、また機嫌を損ねるのは間違いないだろうが、可愛いのだからしかたがない。


「発祥地に腹たてるくらい大変だったのか?」
「べつに」


今日は、風紀委員たちが特別取締として、並中校内に持ちこまれたチョコレートを没収してまわったらしい。
応接室にチョコレートが無造作に詰めこまれた段ボールが置いてあるのを、ディーノも見ている。


「日本だと女の子が告白するときに渡すんだろ? 取りあげちまったら可哀想じゃねえ?」
「没収されるのがわかっていて、本命チョコを持ってくる生徒はいないよ。没収したほとんどは、義理チョコとか友チョコとかいうやつだね」
「えーと? さっき、テレビでやってたやつだな?」
「そう」


恋愛感情を抱いていない異性に贈るのが義理チョコで、友達同士で交換するのが友チョコだったか。
告白の日にも驚くが、義理だの友だのいうのにはもっと驚いた。
日本らしい習慣といえば、そうなのかもしれない。


「けど、あの段ボール、綺麗に包装されたのも混じってたぜ?」
「……そう?」


微妙に、雲雀の返事が遅れた。
けれど、ディーノにはそれで充分だ。
あの、いかにも本命チョコですと着飾った箱は、雲雀宛てのものなのだろう。


「没収されちまえば、合法的に恭弥の手にわたるわけだ。考えたな」
「なに勝手に話を作ってるの。あれはただの没収品で、あそこに置いてあるだけだよ」


雲雀にとってはそうだろう。
没収してきたのは風紀委員たちで、おそらく雲雀はどれひとつ、食べるどころか触ってさえいないはずだ。
そして。
チョコの送り主たちも、本気でそこまで望んではいないのかもしれない。
わずかな可能性に賭けてはいるかもしれないが。
送り主たちを可哀想だと思うけれど、ディーノは同時に安心もしている。
恋人の心は揺るぎなく、自分だけに向けられているのがわかるから。


「恭弥宛てのチョコがあるの、俺に知られたくなかったんだ?」
「だから、あれは」
「恭弥、大好き」
「……意味がわからない」
「えっ。意味はわかるだろ?」
「もういいから、黙って」


雲雀はテーブルの上の小箱からチョコレートをつまみあげると、それをディーノの口に放ってきた。
一口サイズとはいえ、いきなりのことでそのまま飲みこみそうになるのを、かろうじて耐える。


「ひょほや」
「そんな名前の人、ここにはいないよ」


澄ました顔で、雲雀は自分の口にもチョコレートをひとつ押しこんだ。


「ひでえぞ、恭弥」
「美味しいでしょ」
「俺が買ってきたんじゃねえか」


いままでいくつかの店のチョコレートを土産として持ってきたが、そのなかでも雲雀の反応がよかった店のものだ。
中が小さく仕切られている小箱は、なにかのゲームをしているように、ところどころ空いている。
今回も、気に入ってもらえたようだ。


「──なに?」
「俺のチョコは受けとってくれて嬉しいぜ」


訝しげな恋人に、にっこり笑ってみせる。
雲雀が、ばちりと大きく瞬きをした。


「……これって、そういう意味なの?」
「それ以外のなんだと思ってたんだ?」
「だって、あなたよく持ってくるし」
「そうなんだけどさ。イタリアだと花束が定番なんだよ。あ、日本と逆でだいたいは男が贈るんだけどな。でも、生の花は始末に困るだろ?」
「そうだね」
「だからチョコにした。いちおう、バレンタイン仕様の限定品らしいしな」
「ふうん」
「食ったってことは、俺の気持ちも受けいれてくれるってことだよな?」
「こんなの、騙し討ちじゃないか」
「騙してねえし、討ちとるのはこれからだな」


身の危険を察知したのか、雲雀がソファの端まで移動した。
あまりの素早さに、思わず笑ってしまう。
それ以上は逃げないことにも。
ディーノも移動してびったりと横に座った。


「ずるい」
「ずるくねえよ。あのな。テレビでは言ってなかったけど、イタリアではバレンタインは告白する日じゃなくて、恋人たちが愛を確認する日なんだよ」
「そうなの?」
「そ。だから、ゆっくり確かめあおうな?」


肩を抱きよせて、頬にキスする。
隣りあって座ると密着できるけれど、その分キスがしづらいのが難点だ。


「……ねえ?」
「ん?」

まっすぐな黒い瞳。
悪戯めいた色がよぎったのは気のせいか。


「プレゼントを贈るのは男の人だけ?」
「んー……ほとんどそうかな。もちろん女から贈ってもいいし、二人で交換する場合もあるけどな」
「そう」


頷いて、何事か思案するように雲雀は視線をそらした。


「恭弥?」


もう一度、こっくりと頷く。
ただし、ディーノに答えたわけではないように見えた。


「ディーノ」
「なんだ?」


じっと、見つめてくる。
一途な瞳だ。
これが、あのチョコレートの送り主たちに向けられることは、きっとない。
いや。絶対にさせない。
そんな心の狭いことを考えていて、その瞳がどんどん近づいてきているのに気がつかなかった。
唇に、柔らかなものが触れる。
しかも、それは離れていくことなく、さらに強く押しつけられた。
そのまま攻守を交代しようと無意識に開いた唇の隙間から、薄い舌が忍びこんでくる。
どういうつもりかと驚きつつ、意識はすぐにそのたどたどしいキスにさらわれてしまう。
何度か様子をみるように触れてくる舌を、耐えきれず絡めとって、いつもよりずっと甘いそれを味わった。


「……チョコ」
「ああ、そのせいか」


直前に食べたチョコレートの甘味が残っていたのだろう。
ディーノは、それ以上に甘いと感じたのだが。


「騙し討ち返しだよ」


余韻に艶めく唇が、ひどく不似合いな言葉を刻んだ。


「いきなり何かと思ったら、理由はそれか?」
「あなたにばかり、してやられるわけにはいかないからね」
「どこまで負けず嫌いなんだ、おまえ」
「どこまでもだよ」


わかっている。
お返しなのは騙し討ちに対してではなく、チョコレートにだ。
チョコレートにこめた、気持ちにだ。
もちろん、ディーノはお返しなど望んではいない。
けれど、それで一方的になるのが嫌なのだろう。
想いは同じなのだから。


「ゆっくり確かめあおうって言ったじゃねえか」

ついでに話をそらすつもりだったのだろうが、そうはいかない。


「覚えてたの」
「忘れるわけないだろ。むしろ煽られた分、時間かかるぜ?」
「……好きにすれば」


諦めたように、雲雀が溜息とともに呟いた。


「俺だけじゃ駄目だろ。恋人同士の日なんだから」
「チョコを食べた以上、否定はしないよ」
「食べてなかったら否定すんのかよ」
「そんなわけないでしょ、馬鹿だね」
「だから、恭弥馬鹿なんだって」


自分がされたようにチョコレートをひとつ、雲雀の口にそっと放りこむ。


「愛してるよ、恭弥」


そうして。
さっきよりももっと甘味を味わうために、ディーノは言葉を封じた恋人の唇に、キスをおとした。





end

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