fan fiction

□sick
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「やっと帰るの」


指輪の奪いあいが終わり。
徹底的に破壊された並中の校舎や体育館は、いったいどれほどの金額と人員をつぎこみ、どんな技術を使用したものか、何事もなかったかのように原状回復された。
その校舎の屋上で。


「とりあえずな」


ほんの二週間ほどまえに出会った押しかけ家庭教師は、苦笑しながら雲雀の顔を覗きこんだ。


「なに?」
「んー。頬の傷はもう大丈夫そうだな。足は?」
「──もう治った」
「そうか。けど、しばらくは大人しくしてろな?」
「さあ?」
「恭弥」
「あなたには関係ないよ」
「関係ないことあるか。俺はおまえの家庭教師なんだぞ」
「僕は認めていないけどね」
「……結局、最後までそれか」


ディーノががっくりと肩を落とす。
知ったことではなかったが。


「それより、戦う気がないならイタリアでもどこでもさっさと帰りなよ」
「足の怪我が完全に治るまでは駄目だって、言っただろ」
「もう治ったって言ったけど?」
「まだ完全じゃないくせに意地張るな。怪我を悪化させんのも、怪我庇って動きに変な癖がつくのもよくないんだって。わかってくれよ」


怪我をしたのは雲雀で、当の本人が治ったと言っているのに、ディーノは頑として戦おうとしない。
それでいて、完治するまえに帰国するという。
それはすなわち。


「──勝ち逃げするつもり?」
「そんな気はねえよ。けど、俺も自分の仕事放ってるし、ボンゴレの本部に証言しなきゃいけないこともあるしで、さすがに一度帰んないとまずいんだ。それが片付いたらまた来る」
「……ふうん?」

また来ると言われて、どこかで安堵している自分に驚いた。
ディーノがいなければいないで、ほかに咬み殺す相手はいくらでもいる。
最近は面白そうな獲物がいつも目の前をうろうろしているから、退屈しのぎにはことかかないくらいだ。
勝ち逃げは許せないにしても、この馴れ馴れしい男に固執する必要はないはずなのに。


「だから、俺が次来る時まで大人しくして、怪我完全に治しとけよ?」
「あなたがいない間のことまで指図される謂れはないよ」
「指図じゃなくて、お願いしてんの。それとも、怪我を理由にして俺に手加減して欲しいか?」
「誰がそんなこと……っ」


そもそも、怪我していなくても、手加減されていたのはわかっている。
戦うたび強くなったと誉めながら、常に余裕を窺わせていた。
雲雀は一度もディーノには勝てなかったのだ。
『修行中』のことを思いだして、改めて心に決めた。
やはり、この男は咬み殺す。
そんな雲雀の心情を読み取ったように、ディーノが笑った。


「それなら、いい子にしてられるよな?」
「勝手にそう思っていればいいよ」
「よしよし。そう拗ねんなって」


くしゃくしゃと、髪を掻きまぜるように頭を撫でられた。
すぐさま頭を振って、払いのけてやる。


「子供扱いしないで」
「はいはい……ん? 恭弥、ちょい顔見せて」
「は?」


頭を撫でていた手が、今度は頬に触れてきた。


「ちょっと、なに?」
「いや……気のせいだったみてえ。ちゃんと傷消えてるな。痕が残んないか、心配だったからさ」
「……くだらない」
「くだらなくねえよ。こんな綺麗な顔してんのに、傷痕残ったらもったいないだろ」
「……あなたの目って、節穴なの?」
「へ?」


ディーノが虚をつかれた顔をするのと、離れた場所で控えていた彼の右腕が吹きだしたのが同時だった。


「ロマーリオ!」
「す、すまねえ、ボス。すまねえついでに、そろそろ時間だぜ」
「わかった。時間切れだってさ」
「なによりだね」
「つれねえなあ……じゃあ、とりあえず、またな恭弥」


最後に、くしゃりと一度だけ髪を撫でて、ディーノは雲雀に背を向けた。
髭の男が開けたドアの内側へ消えていく前に、ひらひらと手を振る。
明日またやってきそうな軽やかさだ。
ディーノが消え、そのあと髭の男が消え。
鉄の扉がゆっくりと閉まっていくまで、雲雀は視線を動かせなかった。


「これで、やっとなにもかも元通りだ」


鉄柵に凭れて校庭を見下ろしていると、やがて正面玄関から出てきたディーノが、あちこちに配置されていたらしき部下たちとともに正門へ向かっていく。
あまり時間がないのか、慌てているのが気配でわかった。
それなのに、ディーノは校庭の半ばあたりでいきなり足を止めた。
そして。
振り向きざま、すこし前まで自分がいた場所を見あげる。
つまりは、雲雀のことを。


「きょーやー!」


嬉しそうにぶんぶんと両手を振るディーノに部下たちがなにか話しかけるものの、なかなか歩きだそうとしない。
結局、部下たちに引きずられるようにして連れていかれた。


「別に……見送ってたわけじゃないんだけど」


けれど、いまの様子では、あの男はそう思いこんでいるに違いない。
勘違いされたままでいるのは腹立たしいが、いますぐ電話かメール──ディーノが勝手に雲雀の携帯に登録していた──で否定するのも、不自然な気がする。


「まあ、いいか」


また来ると言うからには来るのだろう。そのときに思いきりへこませてやればいい。
さっきのあれはぬか喜びだったのだと。
そんなことを考えていると、胸の奥がふわりと温かくなってきた。
それは、さっきディーノにまた来ると告げられた時の安堵によく似ていた。
そうだ。
何故あのとき自分は安堵したのだろう。
勝手に押しかけてきて、勝手に家庭教師面をして。
騒々しいし、へなちょこだし。
たしかに、強いのは認めないでもないけれど。


「……群れるのは嫌いだ」


それは、けして揺るがない雲雀の矜持だ。
ディーノと戦うのは面白かったし、一緒に行動するのも不思議と嫌ではなかった。
だからとって、群れる気はないのだ。
それなのに。
胸の奥で生まれた、このあやふやな形状をしたもの。
これはなんなんだろう。
はじめて感じる温かさの意味を、雲雀は知らなかった。


「あの人に聞いてみればいいか」


次にやってきたときに。
まがりなりにも家庭教師を名乗る以上は、知らないとは言わせない。
知らなければ、咬み殺すまでのこと。
それでいい。


「いまはせいぜい油断しているといいよ」


その間に、もっと牙も爪も研いでおくから。
跳ねまわる馬など、一撃で倒せるくらいに。
そして。
牙と爪を研ぐためには、獲物が必要だった。


「見回りをするのにはいい時間だ」


獲物がいなくなってしまった以上は、狩りにいくしかない。
しばらく放っておいたので、そろそろ風紀も乱れはじめていることだろう。
すでに、頭から足の怪我など消え去っていた。
さっき感じた不可思議な熱も消え。
ざわりと、細胞が沸きたつ。
さながら、狩りを己が天分と知る猟犬のように。
そうして。
腕を通していない学ランの袖を揺らしながら。
雲雀は、いまは静まりかえった屋上を後にした。
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