fan fiction
□屋上三景
1ページ/3ページ
scene 1
「あ」
弁当箱を手に屋上へあがってきたら、先客がいた。
黒ずくめの後ろ姿。
階段室のドアから一歩外へ踏みだしたところで、綱吉の身体は金縛りにあったようにがちりと固まって動かなくなった。自分でもお見事としか言いようがない条件反射っぷりだ。
そうして動けないまま、その後ろ姿を見つめる。
なにもない、ただ広いだけの場所に立ち尽くすのは……。
「……ヒバリさん」
後ろ姿でも、それが誰かはすぐにわかる。
風に揺れる学ランの左袖には『風紀』の腕章。風紀委員の象徴である学ランを袖を通さず羽織っているのは、一人だけだから。
それに。
華奢といっていいほど細いのに、存在感のある背中の持ち主も、この学校には一人しかいないから。
けれど。
「お待たせしてすみません、10代目」
「よお、ツナ。早く飯食おうぜ」
いきなり声をかけられて、綱吉の金縛りがとけた。
慌てて外に出ていた足をひっこめて振り返かえる。
獄寺と山本がいままさに階段をのぼりきるところだった。
よりによって、山本の肩にはリボーンがちょこんと座っている。
「なんでおまえまでいるんだよ、リボーン」
「今日は山本の弁当の相伴にあずかるんだぞ。山本の親父が作る飯は、ママンの作る家庭の味とはまた違う旨さがあるからな」
「はは。誉めてくれてサンキューな。親父も、小僧は赤ん坊のくせに味がわかるって言ってたぜ」
「そうなんだ……」
「ところで、10代目。こんなところでどうされたんですか?」
「え? あ!」
獄寺の不思議そうな顔を見て我に返った綱吉は、鉄製のドアを背にひきつった笑顔を浮かべた。
「き、今日はやっぱり教室で食べない?」
「は?」
「屋上は、いまちょっと、使えないみたいだから」
「なんだよ、工事でもしてんのか?」
「んなわけあるか、この野球バカ! 音がしてねえだろが」
山本の言葉には突っかからずには気がすまないらしい獄寺のおかげで、綱吉はなんとか言い訳をひねりだした。
「え、えーと、あの、そう! 女の子が、泣いてるみたい、で、さ」
とっさの思いつきでしどろもどろになっただけなのだが、親友たちはそれに真実味を感じてくれたらしい。
「そりゃあ……」
「お互い気まずいっすよね」
「でしょ」
「じゃあ、教室に戻りますか」
「うん」
「だな」
二人の素直さに内心胸を撫でおろした。
そのとき。
「待て」
素直では一人が、声をあげた。
「な、なんだよ、リボーン」
「ドアを開けてみろ」
「ええっ!? ダメだよ、そんな!」
「そうですよ、リボーンさん。やめといたほうがいいっすよ」
「そうだぞ、小僧」
「いいから、開けやがれ、このダメツナ!」
山本の肩から華麗にジャンプしたリボーンのつま先が、綱吉のこめかみにヒットする。
「いてっ! やめろよ、リボーン! 騒いだら気づかれちゃうだろ!」
「だったらさっさと開けやがれ」
「あー、もう」
言いだしたら聞かないことはわかっているから、しぶしぶドアを開ける。
ほんのわずかの隙間から、リボーンはするりと外へ出ていった。
「おい、リボーン!」
幸い、中学生男子にとって泣いている女の子はハードルが高いのか、獄寺と山本は後に続くことなくリボーンの動向を窺っている。
「よし。今日は教室で食うぞ」
思いのほか早くもどってきたリボーンは、そう言うと綱吉の肩に飛びのった。
「もう! 何しに行ったんだよ」
「まあまあ。いいじゃねえか。それより早く教室戻ろうぜ」
「そうですよ、10代目。昼休み終わっちまいます」
「あ! そうだね。行こう」
獄寺と山本の後について階段をおりた綱吉は、踊り場で一度、振りかえった。
「──あれは、気にすんな」
「リボーン?」
「オレたちじゃどうしようもねえ」
「でも、ヒバリさん、なんか様子がいつもと違うっていうか……だって、オレたちに気づかないの、あの人らしくないし」
本当なら、いまごろ確実に咬み殺されていて、昼ご飯どころではなくなっているはずなのだ。
それに。
「女の子が泣いてるとは、よく言ったな」
「いや! あれはとっさにさ……」
泣いているとまでは、思わなかった。
でも、それくらい淋しそうにみえた。
弱さも頼りなさも感じさせない、常に強くあろうとするいつも通りの後ろ姿だったから、なおさら。
「なんか、そっとしておいたほうがいいと思ったから獄寺くんたちに嘘ついちゃったけど、本当によかったのかな」
「ああ。ツナにしてはいい判断だったぞ。まあ、そう心配すんな。どうせそろそろ特効薬が来るころだ」
「特効薬? って、やっぱりヒバリさんどっか悪いのっ!?」
「……そんなんだから、未だに京子をものにできねえんだぞ、バカツナ」
「はあ? なんだよ、それ!」
「ツナー?」
「10代目、どうかされましたか?」
階段をおりきった獄寺と山本が、心配そうに見あげている。
「とにかく、いまは昼飯食っとけ」
「わかったよ……なあ、さっきの特効薬って本当に来るんだろうな?」
「ああ。ヒバリ専用だぞ」
「そうなんだ……なんかよくわかんないけど、すごそう」
「まあ、基本はおまえと同じでへなちょこだけどな」
「はあ? なんだよ、それ。どういうこと?」
混乱してきた綱吉を放りだして、リボーンはまた山本の肩に飛びうつった。
「よし。飯にするぞ」
「おう」
「あー! ちょっと待ったリボーン、おまえは教室に入るなよ!」
「いまさらなに水臭いこと言ってんだ」
「そうだぜ、ツナ。飯は大人数で食ったほうがうまいだろ」
「山本はリボーンに甘すぎ!」
「……10代目、こればっかりはオレもいまさらだと思います」
「獄寺くんまでーっ!」
いつものように騒ぎながら──余計な騒ぎが起きるのを阻止しようとしながら──A組の教室へ戻る綱吉は、いまもきっと一人で屋上に佇む人の姿を想像する。
そして、願った。
なるべく早く特効薬がきますように。
「でも、リボーンの言うことだからなー」
「うるせえぞ、ダメツナ」